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転の流星
茶番
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ひんやりと冷たい夜風が吹く中、グラフィアスは目の前で燃え上がる炎をじっと見つめていた。
その炎が十分な熱を発している事を確認し、傍らに置いてある大剣を手に取り、その刀身を炎の中へとくべる。
数秒程経つと、刀身から蒸発音と鉄の匂いが立ち込める。
それをじっと眺めていると、後ろから脳天気な声が聞こえた。
「グラン兄、何やってんの?」
ルクバットだ。
グラフィアスは特に返事することなく、黙ったまま作業を続行していると、ルクバットはすぐ側までやってきて炎を覗き込むように身をかがめた。
「武器直してるの?」
「血糊を取ってるんだ。さっきの戦闘で少し曲がったから、微調整も兼ねてな」
蒸発音がしなくなったのを確認した後、刀身を炎の中から抜き出しながら答える。
するとルクバットの輝かんばかりの声が返ってくる。
「へぇー、すごいね!ね、俺のもやってよ。すぐ取ってくるからちょっと待ってて」
言うが早いか、返事をする前に宿舎へと駆け戻る。
騒がしい奴だ。とそれを見送り、熱が冷め切らないうちに刀身の歪みを直し始める。
そして数分もしないうちに、ルクバットが武器の円月輪を抱えてやってきた。
「はい!持ってきたよ」
「やりたきゃ自分でやれ。俺は自分ので忙しいんだ」
「そんな事言われたって、やり方分かんないし。ね、お願い!」
ぱん、と両手を合わせてねだるルクバットに対し、グラフィアスは手を休めずに面倒くさ気に言う。
「炙れば血糊は落ちる」
「おっけ~。ほいっ」
掛け声の直後、ぼふっという重めな音と共に、大量の火の粉が周りに飛び散った。
「うぁっち!」
武器を炎に放り込んだ張本人が慌てふためき、飛び散る火の粉を払いのける。
グラフィアスもその被害を被ったが、慌てる事なく、落ち着いて衣服に付いた灰を落とす。
「おい。誰が放り投げろと言った?」
「あはは、ごめん。この方が早く終わるかと思ってさ」
「そんなんで、どうやってそこから取り出す気だ?水でも掛ける気か?」
「あ~、それは、そのー……」
言葉は続かず、笑って誤魔化す。
「……ったく」
舌打ちと共に、グラフィアスは直し終えたばかりの大剣の切っ先だけを炎の中に入れ、円月輪の輪っか内部に通して取り出した。
その武器はあちこち刃こぼれしており、熱された事により炭化し、ボロボロの部分が目立つ。
「酷い状態だな。ちゃんと手入れしてこなかっただろ?素材も悪い。もっと上質な鉄を使ったらどうだ?」
「手入れは俺がやらなかったから仕方ないけど、鉄って高いんでしょ?」
頬を指でぽりぽりと掻きながら言うルクバットに、思わず眉をひそめる。
「確かに安くはないが、金を渋るような女じゃないだろ?」
今までずっと少し離れた場所から二人を見ていたので、実際にどのような生活をしていたかは詳しくは分からない。
それでもボレアリスはバスターであり、幾度となく邪竜や凶悪な魔物を討伐しているので、それなりの蓄えはある筈だ。
その証拠に彼女と初めて対峙した時、ルクバットが壊した店の修理費を易々と支払っているのを覚えている。
ところがルクバットは目を丸くして「知らないの?」と続ける。
「アリスはそんなにお金を使わないよ。国を建て直すのに必要だからって、仕事で貰った分の殆どは取ってあるんだよ」
国の建て直し。確かに、実際にやろうとすれば、莫大な費用が掛かるのだろう。
しかし……。
「あいつは、本気で国を取り戻すつもりなのか?」
何気なく発した言葉はルクバットを硬直させ、同時に驚愕させた。
「当たり前だよ!そのための旅だもん。いきなり何言い出すのさ?」
ルクバットは巡礼が成功すれば風の王国は蘇ると信じ切っているようだ。
しかし、ボレアリスの方はどうなのだろう。
本当に、国を取り戻せると、信じ切っているのだろうか?
グラフィアスには、そうは思えなかった。
自分からすればこの旅は、ボレアリスの自己満足にしかすぎず、ルクバットは叶いもしない夢に踊らされている、哀れな被害者にしか見えない。
「……こんなナマクラなら、新しいのを用意した方が良い。部分的に鉄を抜いて、俺の余った奴と合わせてやる」
哀れみの気持ちから、話を戻して出た言葉に嘘は無く、ルクバットの武器の特徴を見直す。
「え、俺の武器新しくしてくれるの?」
「鉄を持ち歩くのも面倒だからな。ただし、俺の鉄は重い。お前が扱える保証は無いけどな」
「やったぁ!絶対使いこなしてみせるよ。ありがと、グラン兄」
嬉しそうにはしゃぐルクバットに一つ、鋭い忠告を飛ばす。
「ただし、手入れを怠ってると分かったら即ぶっ壊すからな」
「承知!……あ、アリス。おかえり~」
彼が手を振る先を見ると、ボレアリスが一人、湯浴みから戻ってきていた。
グラフィアスは軽く一瞥した後、武器の手入れに戻る。
「聞いてよアリス。グラン兄がね、俺の武器を新しく作ってくれるんだって」
「武器を?へー、良かったじゃないか。それならこれからは、もう少し厳しい修行が出来そうだ」
「え~。それはちょっとかんべん」
「ふふ。そろそろシェアトも出てくる頃だろうから、そしたら入っておいで」
「うん、分かった。じゃあグラン兄、カッコイイやつお願いね!」
ルクバットはそのまま宿舎に戻ったようで、しばらくしてからボレアリスが声をかけてきた。
「あの子の面倒まで見る必要は無いんだぞ?」
「別に。ただ哀れに思っただけだ」
武器の手入れを終えボレアリスを見ると、その表情は、何を言っているのか分からないといった感じで、それが癪に触った。
「お前がやっている事はただの茶番だ!国の復活なんて叶う筈が無い。一度無くした物は戻らないんだよ。なのに、何も知らないあいつを見てると、余計にお前を殺したくなる!」
言っている事は正論であり、同時に当て付けでもあった。
それを看破されたのか、彼女は不敵に笑う。
「ふ、ふふふ。何を言い出すかと思ったら。それは私では無く、自分自身の事なんじゃないのか?」
「何だと!?」
「まあ、そんな事はどうでもいいか。確かにルクバットはまだまだ無知だ。けど、私の夢が叶わないという点に関しては異論がある」
盲信者が……!
「叶わないんだよ!国の三原則も知らないのか?グルミウム王家は崩壊、最後の王女も死んだ。神の血が途絶えた今、グルミウムの基礎となり得る者は存在しない!」
目の前の愚者に、現実を突きつけたかった。
それなのに彼女は毅然とした態度のまま、静かに告げる。
「それくらい知ってるさ。けど私は、希望を持って旅をしている」
「希望?……まさか、この前の二人組が、本当に王女だと思ってるのか?」
「まさか。あの二人は偽物さ。私が持ってる希望は、水の王国の女王がより強固な物にしてくれた。これで諦める理由が何処にも無い。そんなに気に入らないなら、これが茶番に終わるかどうか、その目で確かめたら良いだろ」
そう笑って、ボレアリスはグラフィアスの横を通り過ぎ、宿舎へと戻っていった。
「……上等じゃねぇか」
拳を強く握り締め、炎を見つめて吐き捨てる。
お前のその自信に満ちた顔が、絶望に染まる日を、楽しみにしてやるよ。
†
宿舎で一夜を過ごした一行は、各々出発の準備を進めていた。
「腕の良い義肢職人を探してるんだけど、誰か心当たりは無いだろうか?」
宿舎の兵士にそう尋ねると「そうですね」と兵士は顎に手をやり思案する。
「カメロパダリスには腕の良い職人はごまんといますから、相性の良い職人を見つけるのが一番だと思いますよ。能力だけで言うなら、アクィラェ兄弟が飛び抜けて優秀ですね」
「アクィラェ兄弟……」
繰り返し名前を呟くと、兵士は更に続ける。
「どちらも天才的な科学技術者ですが、かなりクセがありましてね。それと、兄の方がとりわけ優秀なのですが、数年前から行方知れずでして……。弟も研究所に籠もりきりで、会えるかどうか。一応地図を描きましょう」
と兵士は簡単な地図を書き渡してくれた。
「ありがとう。訪ねてみるよ」
「いえ。道中お気をつけて」
互いに会釈をして宿舎を出ると、ルクバットが満面の笑みで飛び出してきた。
「アリス!見て見て、俺の新しい武器。恰好いいでしょ?」
彼の右手には、見た事の無い真新しい武器が握られている。
形状は、柄の先端に輪がついた飛標に似ている。
刃渡りは、ボレアリスが持つ腰刀よりも長い。
「短剣になったのか?戦闘スタイルが変わるな」
「そう思うでしょ?でも違うんだよ~」
イタズラっぽく笑った後、ルクバットは輪っか内部を持ち、ひゅっと手首を捻った。
すると輪っか周りに刃が並び、元の円月輪と同じ形状になった。
「どう、すごいでしょ?前のよりちょっと重いけど、持ち運びが楽になったんだ」
「へぇ。随分と変わった武器だな」
そう感想を述べると、ルクバットは嬉しそうに笑う。
「けどそれだと、ちゃんと使いこなせるようになるまで少し時間がかかりそうだね」
「何で?」
怪訝そうに言うルクバットに「しっかり持ってろよ」と伝えて腰刀を抜く。
そして一つの気合いと共に円月輪に打ち付けると、それは丸い形を失い、だらりと刃が垂れ下がる飛標となった。
「あ……」
「ね?形が変わる武器は、扱いが難しいんだ。慣れれば近接戦も出来るようになるから、私の腕が直ったら、手合わせでもしてみよう」
そう微笑むと、ルクバットは何とも言えない苦笑いを浮かべる。
「うへー、アリスと手合わせかぁ。気合い入れて練習しとかないと」
「楽しみにしてるよ。さ、もう行こう。天気も怪しいし、急いだ方が良さそうだ」
淀んだ空を見上げ言うと、シェアトも同意してきた。
「そうだね。この辺りの春雨は一度降ったらなかなか止まないし、けっこう勢いも強いから」
などと呑気な会話をしながら出発したのも束の間、一行はあっという間に雨に降られる事となる。
†
「おい!あそこに建物が見えるぞ」
強風を伴った豪雨に降られて、先行く道も霞む森の中で、グラフィアスが指差し大声で叫ぶ。
後に続く三人は何を言うでもなく、その建物目掛けて一目散に走り、難を逃れた所でようやく一息着いた。
「た、助かった……」
「ここ、もしかしてアリスが探してる研究所じゃない?」
シェアトが顔に纏わりつく髪を払いながら建物を見上げるのに対し、ボレアリスも頬を伝う雨水を拭いながら答える。
「さあ、どうだろう?一応その方向に向かったつもりだけど、地図はもう読めないし、この雨で、どこをどう走ったかも分からないから」
「何でもいいから、今はとりあえず中に入れてもらおう」
二人の会話に割って入り、グラフィアスが重厚な扉を叩いた。
しばらくすると、扉の上側から機械じみた無機質な声が聞こえてきた。
「ドチラ様カナ?」
ボレアリスは声がした上を見上げて答える。
「突然の来訪申し訳ない。旅の者ですが、急な雨に降られてしまって。もしよろしければこちらで雨を凌がせていただけないでしょうか?」
「……雨?アア、ソレハ災難ダッタネ。ドウゾ中ヘ。鍵ハ開イテイルヨ」
「ありがとうございます」
家人の許可を得て安堵し、グラフィアスが取手を掴むが、
「ん?開かないぞ」
その扉は押しても引いてもビクともしない。
「おい、開けてくれ!」
乱暴に扉を叩いてみるが、中からの返事は無い。
「どうしたんだろう?やっぱりダメって事?」
「けど、ここ以外に行ける所が無い。何とか入れてもらわないと」
ボレアリスが再び声をかけようと上を見上げたところ、
「ねえ、あそこ何かへこんでない?」
下をじっと見ていたルクバットがしゃがみ込み、扉の下にある凹みに手をやると、
シャアアアアッ―
見た目とは相反するほど軽い音を立てて、扉は上へと吸い込まれた。
「すげー!開いた」
「……開いたな」
「うん。開いたね……」
「……」
その仕掛けに無駄な体力を奪われた一行は、しばらく中に入る事を忘れてそこに呆然と突っ立っていた。
その炎が十分な熱を発している事を確認し、傍らに置いてある大剣を手に取り、その刀身を炎の中へとくべる。
数秒程経つと、刀身から蒸発音と鉄の匂いが立ち込める。
それをじっと眺めていると、後ろから脳天気な声が聞こえた。
「グラン兄、何やってんの?」
ルクバットだ。
グラフィアスは特に返事することなく、黙ったまま作業を続行していると、ルクバットはすぐ側までやってきて炎を覗き込むように身をかがめた。
「武器直してるの?」
「血糊を取ってるんだ。さっきの戦闘で少し曲がったから、微調整も兼ねてな」
蒸発音がしなくなったのを確認した後、刀身を炎の中から抜き出しながら答える。
するとルクバットの輝かんばかりの声が返ってくる。
「へぇー、すごいね!ね、俺のもやってよ。すぐ取ってくるからちょっと待ってて」
言うが早いか、返事をする前に宿舎へと駆け戻る。
騒がしい奴だ。とそれを見送り、熱が冷め切らないうちに刀身の歪みを直し始める。
そして数分もしないうちに、ルクバットが武器の円月輪を抱えてやってきた。
「はい!持ってきたよ」
「やりたきゃ自分でやれ。俺は自分ので忙しいんだ」
「そんな事言われたって、やり方分かんないし。ね、お願い!」
ぱん、と両手を合わせてねだるルクバットに対し、グラフィアスは手を休めずに面倒くさ気に言う。
「炙れば血糊は落ちる」
「おっけ~。ほいっ」
掛け声の直後、ぼふっという重めな音と共に、大量の火の粉が周りに飛び散った。
「うぁっち!」
武器を炎に放り込んだ張本人が慌てふためき、飛び散る火の粉を払いのける。
グラフィアスもその被害を被ったが、慌てる事なく、落ち着いて衣服に付いた灰を落とす。
「おい。誰が放り投げろと言った?」
「あはは、ごめん。この方が早く終わるかと思ってさ」
「そんなんで、どうやってそこから取り出す気だ?水でも掛ける気か?」
「あ~、それは、そのー……」
言葉は続かず、笑って誤魔化す。
「……ったく」
舌打ちと共に、グラフィアスは直し終えたばかりの大剣の切っ先だけを炎の中に入れ、円月輪の輪っか内部に通して取り出した。
その武器はあちこち刃こぼれしており、熱された事により炭化し、ボロボロの部分が目立つ。
「酷い状態だな。ちゃんと手入れしてこなかっただろ?素材も悪い。もっと上質な鉄を使ったらどうだ?」
「手入れは俺がやらなかったから仕方ないけど、鉄って高いんでしょ?」
頬を指でぽりぽりと掻きながら言うルクバットに、思わず眉をひそめる。
「確かに安くはないが、金を渋るような女じゃないだろ?」
今までずっと少し離れた場所から二人を見ていたので、実際にどのような生活をしていたかは詳しくは分からない。
それでもボレアリスはバスターであり、幾度となく邪竜や凶悪な魔物を討伐しているので、それなりの蓄えはある筈だ。
その証拠に彼女と初めて対峙した時、ルクバットが壊した店の修理費を易々と支払っているのを覚えている。
ところがルクバットは目を丸くして「知らないの?」と続ける。
「アリスはそんなにお金を使わないよ。国を建て直すのに必要だからって、仕事で貰った分の殆どは取ってあるんだよ」
国の建て直し。確かに、実際にやろうとすれば、莫大な費用が掛かるのだろう。
しかし……。
「あいつは、本気で国を取り戻すつもりなのか?」
何気なく発した言葉はルクバットを硬直させ、同時に驚愕させた。
「当たり前だよ!そのための旅だもん。いきなり何言い出すのさ?」
ルクバットは巡礼が成功すれば風の王国は蘇ると信じ切っているようだ。
しかし、ボレアリスの方はどうなのだろう。
本当に、国を取り戻せると、信じ切っているのだろうか?
グラフィアスには、そうは思えなかった。
自分からすればこの旅は、ボレアリスの自己満足にしかすぎず、ルクバットは叶いもしない夢に踊らされている、哀れな被害者にしか見えない。
「……こんなナマクラなら、新しいのを用意した方が良い。部分的に鉄を抜いて、俺の余った奴と合わせてやる」
哀れみの気持ちから、話を戻して出た言葉に嘘は無く、ルクバットの武器の特徴を見直す。
「え、俺の武器新しくしてくれるの?」
「鉄を持ち歩くのも面倒だからな。ただし、俺の鉄は重い。お前が扱える保証は無いけどな」
「やったぁ!絶対使いこなしてみせるよ。ありがと、グラン兄」
嬉しそうにはしゃぐルクバットに一つ、鋭い忠告を飛ばす。
「ただし、手入れを怠ってると分かったら即ぶっ壊すからな」
「承知!……あ、アリス。おかえり~」
彼が手を振る先を見ると、ボレアリスが一人、湯浴みから戻ってきていた。
グラフィアスは軽く一瞥した後、武器の手入れに戻る。
「聞いてよアリス。グラン兄がね、俺の武器を新しく作ってくれるんだって」
「武器を?へー、良かったじゃないか。それならこれからは、もう少し厳しい修行が出来そうだ」
「え~。それはちょっとかんべん」
「ふふ。そろそろシェアトも出てくる頃だろうから、そしたら入っておいで」
「うん、分かった。じゃあグラン兄、カッコイイやつお願いね!」
ルクバットはそのまま宿舎に戻ったようで、しばらくしてからボレアリスが声をかけてきた。
「あの子の面倒まで見る必要は無いんだぞ?」
「別に。ただ哀れに思っただけだ」
武器の手入れを終えボレアリスを見ると、その表情は、何を言っているのか分からないといった感じで、それが癪に触った。
「お前がやっている事はただの茶番だ!国の復活なんて叶う筈が無い。一度無くした物は戻らないんだよ。なのに、何も知らないあいつを見てると、余計にお前を殺したくなる!」
言っている事は正論であり、同時に当て付けでもあった。
それを看破されたのか、彼女は不敵に笑う。
「ふ、ふふふ。何を言い出すかと思ったら。それは私では無く、自分自身の事なんじゃないのか?」
「何だと!?」
「まあ、そんな事はどうでもいいか。確かにルクバットはまだまだ無知だ。けど、私の夢が叶わないという点に関しては異論がある」
盲信者が……!
「叶わないんだよ!国の三原則も知らないのか?グルミウム王家は崩壊、最後の王女も死んだ。神の血が途絶えた今、グルミウムの基礎となり得る者は存在しない!」
目の前の愚者に、現実を突きつけたかった。
それなのに彼女は毅然とした態度のまま、静かに告げる。
「それくらい知ってるさ。けど私は、希望を持って旅をしている」
「希望?……まさか、この前の二人組が、本当に王女だと思ってるのか?」
「まさか。あの二人は偽物さ。私が持ってる希望は、水の王国の女王がより強固な物にしてくれた。これで諦める理由が何処にも無い。そんなに気に入らないなら、これが茶番に終わるかどうか、その目で確かめたら良いだろ」
そう笑って、ボレアリスはグラフィアスの横を通り過ぎ、宿舎へと戻っていった。
「……上等じゃねぇか」
拳を強く握り締め、炎を見つめて吐き捨てる。
お前のその自信に満ちた顔が、絶望に染まる日を、楽しみにしてやるよ。
†
宿舎で一夜を過ごした一行は、各々出発の準備を進めていた。
「腕の良い義肢職人を探してるんだけど、誰か心当たりは無いだろうか?」
宿舎の兵士にそう尋ねると「そうですね」と兵士は顎に手をやり思案する。
「カメロパダリスには腕の良い職人はごまんといますから、相性の良い職人を見つけるのが一番だと思いますよ。能力だけで言うなら、アクィラェ兄弟が飛び抜けて優秀ですね」
「アクィラェ兄弟……」
繰り返し名前を呟くと、兵士は更に続ける。
「どちらも天才的な科学技術者ですが、かなりクセがありましてね。それと、兄の方がとりわけ優秀なのですが、数年前から行方知れずでして……。弟も研究所に籠もりきりで、会えるかどうか。一応地図を描きましょう」
と兵士は簡単な地図を書き渡してくれた。
「ありがとう。訪ねてみるよ」
「いえ。道中お気をつけて」
互いに会釈をして宿舎を出ると、ルクバットが満面の笑みで飛び出してきた。
「アリス!見て見て、俺の新しい武器。恰好いいでしょ?」
彼の右手には、見た事の無い真新しい武器が握られている。
形状は、柄の先端に輪がついた飛標に似ている。
刃渡りは、ボレアリスが持つ腰刀よりも長い。
「短剣になったのか?戦闘スタイルが変わるな」
「そう思うでしょ?でも違うんだよ~」
イタズラっぽく笑った後、ルクバットは輪っか内部を持ち、ひゅっと手首を捻った。
すると輪っか周りに刃が並び、元の円月輪と同じ形状になった。
「どう、すごいでしょ?前のよりちょっと重いけど、持ち運びが楽になったんだ」
「へぇ。随分と変わった武器だな」
そう感想を述べると、ルクバットは嬉しそうに笑う。
「けどそれだと、ちゃんと使いこなせるようになるまで少し時間がかかりそうだね」
「何で?」
怪訝そうに言うルクバットに「しっかり持ってろよ」と伝えて腰刀を抜く。
そして一つの気合いと共に円月輪に打ち付けると、それは丸い形を失い、だらりと刃が垂れ下がる飛標となった。
「あ……」
「ね?形が変わる武器は、扱いが難しいんだ。慣れれば近接戦も出来るようになるから、私の腕が直ったら、手合わせでもしてみよう」
そう微笑むと、ルクバットは何とも言えない苦笑いを浮かべる。
「うへー、アリスと手合わせかぁ。気合い入れて練習しとかないと」
「楽しみにしてるよ。さ、もう行こう。天気も怪しいし、急いだ方が良さそうだ」
淀んだ空を見上げ言うと、シェアトも同意してきた。
「そうだね。この辺りの春雨は一度降ったらなかなか止まないし、けっこう勢いも強いから」
などと呑気な会話をしながら出発したのも束の間、一行はあっという間に雨に降られる事となる。
†
「おい!あそこに建物が見えるぞ」
強風を伴った豪雨に降られて、先行く道も霞む森の中で、グラフィアスが指差し大声で叫ぶ。
後に続く三人は何を言うでもなく、その建物目掛けて一目散に走り、難を逃れた所でようやく一息着いた。
「た、助かった……」
「ここ、もしかしてアリスが探してる研究所じゃない?」
シェアトが顔に纏わりつく髪を払いながら建物を見上げるのに対し、ボレアリスも頬を伝う雨水を拭いながら答える。
「さあ、どうだろう?一応その方向に向かったつもりだけど、地図はもう読めないし、この雨で、どこをどう走ったかも分からないから」
「何でもいいから、今はとりあえず中に入れてもらおう」
二人の会話に割って入り、グラフィアスが重厚な扉を叩いた。
しばらくすると、扉の上側から機械じみた無機質な声が聞こえてきた。
「ドチラ様カナ?」
ボレアリスは声がした上を見上げて答える。
「突然の来訪申し訳ない。旅の者ですが、急な雨に降られてしまって。もしよろしければこちらで雨を凌がせていただけないでしょうか?」
「……雨?アア、ソレハ災難ダッタネ。ドウゾ中ヘ。鍵ハ開イテイルヨ」
「ありがとうございます」
家人の許可を得て安堵し、グラフィアスが取手を掴むが、
「ん?開かないぞ」
その扉は押しても引いてもビクともしない。
「おい、開けてくれ!」
乱暴に扉を叩いてみるが、中からの返事は無い。
「どうしたんだろう?やっぱりダメって事?」
「けど、ここ以外に行ける所が無い。何とか入れてもらわないと」
ボレアリスが再び声をかけようと上を見上げたところ、
「ねえ、あそこ何かへこんでない?」
下をじっと見ていたルクバットがしゃがみ込み、扉の下にある凹みに手をやると、
シャアアアアッ―
見た目とは相反するほど軽い音を立てて、扉は上へと吸い込まれた。
「すげー!開いた」
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欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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