流星痕

サヤ

文字の大きさ
上 下
39 / 114
転の流星

相互理解

しおりを挟む
 ローマー達との一件を終えた一行は、カメロパダリスの帝都を目指す為に、一度東へと戻っていた。
 その理由は、関所を通る為だ。
 どうやらローマーの地下要塞に閉じこめられている間に国境を渡ってしまっていたらしく、ボレアリス達は知らない間にカメロパダリスの国土領内に入り込んでしまっていたのだ。
 つまり、事故とはいえ、四人は図らずもとも不法入国をした事になる。
 それでもボレアリス自身は今までの経験から、帝都で事情を話せば問題ないと考え先を急ごうとしたのだが、シェアトがとんでもないと猛反発した為、しぶしぶ戻る事になった。
 案の定、関所では特にこれといった罰則などは無く諸注意だけで終わり、その頃には要塞から脱出して丸二日が経っていた。
 既に時刻は宵の口という事もあり、関所の宿舎を借り、疲れを癒やす為ボレアリスとシェアトは二人で湯浴み場へ向かった。


「やれやれ。とんだ無駄足だったな」
 湯に浸かるのと同時に、ボレアリスは息を吐きながらそうぼやく。
「無駄足って……。不法入国は立派な犯罪だよ?」
 彼女のその物言いが引っかかり、シェアトは窘めるように言う。
「でも何も問題無かったでしょ?私がいれば、関所なんてただの道と同じだよ」
「アリスがいたから注意だけで終わったんでしょ?いくらバスターでも規則は規則。カメロパダリスは情報の回りが早いから、あのまま帝都に向かってたらすぐに捕まってたよ」
 ボレアリスの飄々とした態度が気になり、思わず語気が荒くなる。
 ボレアリスはほんの少しだけ黙るが、すぐに静かに言葉を続けた。
「仮にそうだとしても、入国ルートを聞かれて終わりだったと思うよ。数日で釈放されただろうし、そっちの方が気楽で良かった」
「気楽?どういう意味?」
 シェアトが小首をかしげると、
「これだよ」
 と義手を持ち上げ見せた。
 普段は右腕を構築している義手だが、ローマーに捕まった際に壊れてしまい、今はただの飾りとなっている。
「私は今も昔も、右腕を主として戦ってきてる。だからこの二日、左腕だけで戦闘するのはすごく緊張した。時々、危ない面もあったし、邪竜と遭遇しなくてほっとしてる」
 そう語るボレアリスは、静かに目を閉じ、左手で右腕をきゅっと握り締めた。
「アリス……」
 確かに、ここまでくる間に魔物との戦闘は何度かあったが、まさか彼女がそのような想いを抱えていたとは、想像もつかなかった。
 確かに義手は壊れていたが、腰刀と魔法を駆使して、いつもより伸び伸びと戦っているように見えたくらいだ。
「なんか、ゴメンね。アリスは私達の事を考えてくれているのに、私は規則規則って堅い事ばかりで……」
 法律は守らなければならない世界のルール。
 そんな当たり前な事、アリスだって分かりきっている筈なのに……自分が恥ずかしい。
 そう反省していると、ボレアリスのかみ殺した笑いが聞こえてきた。
「……え?」
「いや、まさかそんなに堅く考えるとは思わなくてさ。でも、そこがシェアトの良いとこだよね。……ふふ」
 言いながらも笑い続ける彼女を見て、ようやく理解する。
「か、からかったの?」
「ちょっとだけね。シェアトが言った事は正論だし。まあ、あいつがいたから、かなり楽だったけどね。けど、緊張してたのは本当だよ?ただ私の苦労を、少しだけでも分かって欲しかっただけ」
 こうあからさまに言われてしまっては、怒るに怒れなくなる。
「何それ?もう……」
 アリスって基本的には優しいんだけど、時々意地悪なんだよね。……愛情の裏返し、なのかな?ちょっと天子様に似てるかも。
 そう思うと同時に、ある疑問が浮かんでくる。
「ね。グラフィアスとは随分前からあんな感じだったんだよね?今にして行動を共にしうと決めたのは、義手が壊れたからってわけじゃないよね?」
 ボレアリスは最初きょとんとした後、軽く笑う。
「シェアトは変にかんが良いね。確かに、あいつを近くに置いたのはそれだけじゃないよ。これはただのきっかけで、前々から考えてた事なんだ」
「やっぱり。でもどうして?彼はアリスを恨んでるんでしょ?恐くないの?」
「それはそうだけど、あいつにも色々あってね。簡単には私を殺せない割に、赦す事は出来ずに、いつも微妙な距離でついて来てるんだ。それがちょっと鬱陶しくてね。どうせなら近くにいてくれた方が気楽だと思ったんだ。ただそれだけの理由だよ。あいつの事情は、あいつに聞けばいいよ」
 くだらないでしょ?と肩をすくめるボレアリス。
 ……普通、くだらないとか、鬱陶しいからって自分の命を狙ってる人間を近くに置くかな?グラフィアスがアリスを殺せないっていう理由も気になるけど、よほど彼を信頼しているか、自分に自身が無いと出来ないよね。……たぶん、どっちもだろうな。
「くだらないかは分からないけど、アリスが自信家で、優しい人だって事は分かったよ」
「優しい?私が」
「うん。鬱陶しいとか何とかキツい言葉を使ってるけど、結局はグラフィアスの事を気にかけてるって事でしょ?二人の関係は敵同士に近いのに、彼の身を案じるのは、やっぱり優しいからだと思う」
 思った事を素直に口にすると、ボレアリスは再び笑う。
 しかしその笑みは、今までとは全く違うものだった。
「それはシェアトの見解であって、正解ではないね。確かに私は自信家ではあるけど、優しくはない。自分の利益にならない事はやらないからね。あいつを手元に置くのも、命を狙われるリスクよりも、戦力という利益の方があるからさ。それを知った上でも私を優しいと言うのなら、それは私じゃなくて、シェアトが優しいんだよ」
「……アリス?」
「ごめん。ちょっといじめすぎたね。もう上がるよ。シェアトも、のぼせないように程々にね」
「あ、うん……」
 呆気にとられていると、ボレアリスはそのまま、何も言わずに浴場から出て行った。
 さっきの表情は、一体何?まるで突き放すような、それでいて慈しむような……とても複雑な感情が入り混じった表情。
「……嫌な事、言っちゃったかな」
 私は、アリスの事をまだ全然理解出来てない。彼女はこれまで、どんな人生を歩んできたんだろう?
 シェアトは湯から上がるまでの間ずっと、口元まで浸かり、ぷくぷくと泡を出しながら考え続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】 転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた! 元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。 相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ! ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。 お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。 金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

モブによるモブの為の狂想曲(カプリッチョ)

えりんこ
恋愛
高等学院入学式直前私は思い出した この世界は前世で攻略していたゲームだという事 一つ分かっているのは私はヒロインや悪役令嬢ではなく立派なモブと言う立場に安堵したがしかし そんなに甘くは無かった。婚約者が攻略対象者だって事だ。私、婚約破棄されちゃうの? 巻き込まれモブがどこまでやれるのか取り敢えず保身に走って良いですか?

お嬢様と少年執事は死を招く

リオール
ホラー
金髪碧眼、まるで人形のような美少女リアナお嬢様。 そして彼女に従うは少年執事のリュート。 彼女達と出会う人々は、必ず何かしらの理不尽に苦しんでいた。 そんな人々を二人は救うのか。それとも… 二人は天使なのか悪魔なのか。 どこから来たのか、いつから存在するのか。 それは誰にも分からない。 今日も彼女達は、理不尽への復讐を願う者の元を訪れる…… ※オムニバス形式です

処理中です...