流星痕

サヤ

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転の流星

森の罠

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「ねえ。隣、座っていい?」


 ボレアリス達が雷の帝国カメロパダリスを目指し、水の王国サーペンを出発してから数日が経ったある夜。
 少し離れた場所で、独り暖をとっていたグラフィアスの元に、一人の女性が歩み寄ってきた。
 水の王国サーペンからボレアリスの旅に同行するようになったらしいが、どう見ても戦闘向きではない線の細い女だ。
 彼女は両手にカップを持っており、中からは湯気が立っている。
 グラフィアスが何も言わずにいると、女は確認するかのように、ゆっくりと隣に腰かけた。
「良かったら、あなたも飲む?」
 す、と差し出されたカップの中には、白い液体がなみなみと注がれていた。
 仄かにただよってくる香りから察するに、ホットミルクだろう。
 グラフィアスは何も言わずに顔を背けて拒否をする。
 カップは暫く空中にあったが、やがてグラフィアスの横に静かに置かれた。
「私、シェアトっていうの。知ってると思うけど、水の王国サーペンからアリスの巡礼の旅に同行するようになったの。あなたは、グラフィアスよね?」
 そう女は一人で話しだす。
「グラフィアス……野心を秘めた穏やかさ、か。火の帝国ポエニーキスの男性には、ぴったりの名前ね」
 グラフィアスの、フェディックス語での意味を呟き、くすりと笑う。
「何故、俺に構う?」
 ようやくグラフィアスは口を開く。
「お前は、あいつに付いてきてるんだろ?俺に構う必要なんて無いはずだ」
 シェアトの顔は見ず、火を見つめたまま問う。
 この女の真意が分からない。何かあいつに言われて来たのか?
「いや、構いたくもなるでしょ、普通」
 訝しんでいると、シェアトはそう苦笑した。
「最初は何とも言えない微妙な距離で付いてくるからちょっと怖かったけど、聞けばアリスの追っかけだって言うんだもん」
 追っかけ?……あの小僧か。ったく、変な言い方しやがって。
「あいつは、親父の仇だ」
「……そう」
 吐き捨てるように言うと、シェアトのトーンが落ちた。
 しかし、決して動揺したわけではなく、言葉を選ぶように言う。
「でもバスターは、邪竜を倒すのが仕事だから……」
「親父は邪竜になんかなってねーよ!」
 その言葉でかっと頭に血が昇り、思わず声を荒らげてしまった。
 突然の事でシェアトは驚き、声も出せずに固まってしまう。
 気まずくなったグラフィアスは、どこを見て良いかも分からず、燃え盛る炎を苦々しげに睨みながら唸った。
「……親父は、バスター承認試験で、あいつに殺されたんだ」
「試験で?でもそれって、事故か何かでしょ?」
「事故なんかじゃない。親父はあいつと戦って、そして死んだ。知ってるだろ?バスター承認試験の合格率は、毎回半数以下。これは試験の難易度を言ってるんじゃない。試験内容の一つに、受験者同士の殺し合いが含まれているからさ」
 そこまで一気に打ち明けると、シェアトの双眸は、溢れんばかりに見開かれていた。
「じゃあ、バスターはみんな、本当に人殺しをしてるって事?……でも待って。どうしてあなたは、試験の内容を知っているの?あれは他言無用の筈なのに」
「帝国の兵士が教えてくれた。あの女を問いただしても、肝心な事は言わないが、親父は昔から、女子供には甘かったからな。じゃなきゃあんなヤツに……風の王国グルミウムなんかに、負ける筈無い」
 歯ぎしりしながら言うと、シェアトは考え込むようにしばし黙り込む。
 そして、溜め息と共に、意外な言葉を口にした。
「……だとしたら、私のお父さんも、もう死んでるかも」
「お前の?」
 シェアトを見ると、彼女はホットミルクが入ったカップを両手で弄びながら答える。
「私のお父さんもね、バスターになるって、何年も前に家を飛び出して行ったきりなの。ずっと家に帰ってこないのは、家族に被害が及ばないようにする為だと思ってた。でも、試験の話が本当なら、お父さんはきっと、そこまでだと思う」
 親父がバスターに……。ただの脳天気な女だと思ったが、色々と事情があるんだな。
 グラフィアスは特に何を言うでも無く、二人の間にほんの少しの沈黙が降りたあと、シェアトが「さて」と言って腰を上げた。
「そろそろ向こうに戻るね。話せて良かったよ。それ、あげるから飲んじゃって」
 グラフィアスの横にあるカップを指差し、じゃあねと身体の向きを変えるが、
「あ、そだ」
 何かを思い出したようで、くるりとこちらに向き直る。
「嫌じゃなかったら、たまには一緒にご飯とか食べようね。待ってるから」
 にこ、と笑って、ボレアリス達の元へと戻っていった。


     †


 西に向かって何日か経ち、サーペンとカメロパダリスの境界近くにあるオカブの森に入ってから、天気がすっきりしなくなってきた。
「なんか天気悪いね」
「カメロパダリスの気候になってきてるのよ。機械のいじりすぎと言う人もいるけど、あそこは元々曇が多い国だから」
 木々の間から垣間見える淀んだ空を不満げに見上げるルクバットに、隣で歩いていたシェアトがそう説明する。
「あそこは秋を中心とした気候だから、比較的涼しくて住み心地は良いのよ。最近は科学がだいぶ進歩して、帝国付近は天気が良くなってるはずだし」
「へー。ねえアリス。出口はまだ?」
 帝国の新たな情報を得て、ルクバットはうずうずした様子で尋ねるが、対するボレアリスは渋い顔をしている。
「それがな、どうもおかしいんだ。もうとっくに森を出てもいいはずなんだけど……」
「どういう事?」
 小首を傾げるシェアトに、ボレアリスは辺りをきょろきょろと見渡しながら唸る。
「ここは前にも何度か通った事があるんだけど、抜けるのにこんなに時間は掛からなかったんだ。森が成長してるとしても、異常な速さだ。迷うような地形でも無いし……。ちょっと上から見てみるから、ルクバット、シェアトを頼む」
「あ、うん!」
 ルクバットの返事を背に受け、ボレアリスは地を蹴り空へと舞い上がる。
「……ん?」
 木々の間を抜ける際、枝がボレアリスの進行を塞ぐかのような動きをしたように感じたが、気にせずスピードを上げて森の外へと飛び出した。
「!これは……」
 眼下に広がる景色は、驚愕する物だった。
 自分達がいる場所は間違い無く森だ。
 しかしそれはオカブの森ではなく、今まで見たことも聞いたことも無い別物だ。
「木が……動いてる?」
 その表現が正しいのか今一判断しづらいが、森の端にある木々が地面に吸い込まれるようにして消えたと思ったら、そことは真逆の末端に消えた分の木々が生えてきていた。
 その動く不思議な森から数キロと離れていない場所には、本来のオカブの森が微動だにせず存在しており、ボレアリス達は知らず知らず、この森によってどこかへと誘導されていた。
「何なんだ、これは?」
 生きた森?いや、有り得ない。確かに草花にも意思はあるけど、動いたりはしない。でも、さっき私の動きを妨害したようにも見えた。……雷の帝国カメロパダリスが生んだ機械なのか?
 呆気に取られて空中で思案するが、これといった答えは浮かんでこない。
すると、


「―きゃああああ!」
 森の中から叫び声が上がり、ボレアリスはようやく我に返った。
「シェアト!?」
 尋常ではない声にボレアリスは急降下するが、またもや木々が行く手を阻む。
「こいつらやっぱり!」
 舌打ち気味にそれらを睨み付ける。
 傷付けまいと右に左にと枝葉を避けていくが、彼らの妨害は強く執拗だ。
「この、邪魔をするな!」
 耐えかねて、右手を剣へと変形させ、地面まで一直線に切り落とす。
 辿り着いた場所は、ちょうどシェアトの目の前で、彼女は奇妙な連中に取り囲まれていた。
「何だこいつら?」
 それは、遠目から見れば間違い無く人間だ。
 しかしその者達は、所々明らかに人とは異なる形をしている。
 ある者には両手に鋭い鉤爪、ある者には頭部に鹿のような角、またある者は顔全体が駱駝のような、異形の集団。
「ルクバットは?」
 警戒態勢のまま辺りを見回すが、ルクバットの姿がどこにも無い。
 聞かれたシェアトは完全に動揺しており、狼狽した声が返ってくる。
「そ、それが、急に地面に吸い込まれて、木の中からこの人達が……」
「何だって!?」
 歯軋りと共に前方の敵を睨み付ける。
 地面に吸い込まれて木から出てきた?一体どういう仕組みなんだ?この森自体、こいつらのフィールドなのか……。だったら!
「わっ?」
 シェアトを空中に浮かべ、自分も空へと舞い上がる。
「地上にはいない方が良い。ちょっと待ってろ!」
 言うが早いか、ボレアリスはそのまま急加速し、正面にいる駱駝頭に斬りかかる。
 振り下ろしたハルピュイアを、敵は素手の腕で受け止めた。
「!?」
 その腕は、竜と同様の鱗に覆われており、邪竜と斬り合った時のような硬い衝撃が走る。
「蒼裂斬!」
 鍔迫り合いから即座に距離をとり、真空の刃を飛ばすと、敵は大きくブレスを吐き出し相殺する。
「風使い!?」
 驚いたのも束の間。
 今度はその隣にいた鹿の角を持つ者が火炎の塊を吐き出してきた。
「こいつらまさか」
 全ての魔法を使うのか!
「アリス!」
 炎を避けた直後、シェアトの悲鳴が飛ぶ。
 見るとシェアトに、もう一人の鋭い鉤爪が迫っていた。
「蒼裂斬!」
 避けたばかりの火炎に攻撃をして更に巨大化させ、シェアトを襲う敵へと軌道を修正しつつ詠唱する。
「砂塵よ。風と共に舞い踊れ。砂塵嵐ダストーム
 シェアトを覆っていた風を使って砂嵐を起こし、敵の視界を奪いつつ酸素を含んでたっぷりと膨らんだ火炎の塊をぶつける。
 途端、激しい爆風と爆発音が広がるが、それも長くは続かなかった。
 ざぁ、とどこからともなく豪雨が降り注ぎ、炎も砂嵐も程なく消える。
 今度は水……。やっぱり、ほぼ間違い無いな。
 砂埃が収まった時、シェアトを包む風だけが残り、彼女を襲っていた敵はもういない。
「荒っぽくてゴメンね。大丈夫?」
「う、うん。ありがとう」
 ボレアリスはすぐさまシェアトの元に駆け寄り、彼女が無傷なのを確認し、ひとまず胸を撫で下ろす。
 再び敵のリーダーと思われる駱駝頭に向き直るが、何故か相手の敵意が喪失していた。
 そして、相手が初めて口を開いた。
「オ前強イナ」
 フェディックス語?
 今では廃れてしまった古の言語。
 彼はそれを、標準語のように流暢に話す。
「我等ニ必要ナ力ダ。協力シロ。ソウスレバ、オ前ノ仲間ヲ助ケル」
 仲間……。ルクバットの事を言ってるのか。それともシェアトか。
「断ルト言ッタラ?」
 ボレアリスもフェディックス語で返事をすると、彼は一際大きく嘶いた。
「此処デ絶エロ」
 彼の咆哮の後、突如としてハルピュイアの形が保てなくなり掻き消え、ボレアリス達を包んでいた風も無くなり、二人は地上に落ちた。
 魔法が封じられた?
 とっさに腰刀を取り出すが、戦闘態勢を取るより早く、新手の敵が木の中から続々と現れ四方を囲まれる。
 ……流石に、無理か。
 ボレアリスは静かに腰刀を鞘に戻し、彼等に従った。
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