流星痕

サヤ

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転の流星

修行の成果

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 強く、もっと強く……!
 水の王国サーペンの首都ルーハク辺境にある、小高い丘手前に広がる小さな森。
 静かな森の中から聞こえるのは、風を斬って唸る鈍い音。
 その音を出しているグラフィアスは、身の丈程もある大剣を片手に、黙々と素振りを続ける。
 あいつを倒すには、まだ足りない!
 素振りを続けながら思い浮かべるのは、ボレアリスの姿。
 先日、彼女が発した大気を震わすような気迫は、思わずたじろいでしまう程凄まじい物だった。
 それこそ、あの蒼竜と対峙した時のような迫力だ。
 一体、どれほどの死線をくぐり抜けたらあんな風になれるんだ?俺は、まだまだ弱い。もっと、力が欲しい!
 ただそれだけを心に、一心不乱に剣を振る。
「いち、万!」
 素振りの目標回数まで終え、一息入れようと大剣を地面に突き刺し、そこに体重を預ける。
「ふう……。ん?」
 手首の緊張を解していると、木立の中からこちらを値踏みするような、異様な視線を感じた。
 囲まれたか。数は……三か。
 置いたばかりの柄に手をやり冷静に状況を把握していると、周りを囲んでいた存在が姿を現した。
 斜め後方に、雪と同化するほどの白い毛並みを持つホワイトウルフが二体。
 そして正面に、それをも凌ぐ白銀の毛並み、ホワイトウルフの浅黄色の瞳とは別の、鮮紅の瞳を持つビーストウルフが構える。
「ふん。ちょうど準備運動が終わった所だ。相手してやるぜ」
 不敵に笑い、大剣を引き抜いた直後、ホワイトウルフが二体同時に飛びかかってきた。
立ち登る火柱カラム ライズ
 後ろを振り向く事なく唱えると、グラフィアスの後方に横一直線に大きな火柱が立ち並ぶ。
 熱に触れ急激に溶け出す雪の水蒸気と、突然上がった火にホワイトウルフは怯む。
 グラフィアスはそこを見逃さず、火柱ごと横一直線に薙ぎ払う。
 それだけでホワイトウルフ達はあっけなく絶命した。
 ラスト一匹!
 遠心力で再び正面に向き直ると、ビーストウルフは既にグラフィアスの目の前まで迫ってきていた。
 最初から、ホワイトウルフ達は囮だったようだ。
「くっ」
 咄嗟に炎を帯びたままの大剣で牙を受けるが、ビーストウルフには炎が効かないのか、構わず刃に食らいついてくる。
 しかし、何度も鍛え上げたグラフィアスの大剣には敵わなかったようで、逆に牙が欠けた。
「らぁ!」
 そのまま乱暴に振り払うと、ビーストウルフの牙は完全に折れ、吹き飛ばされて木に激突した。
 やったか?
 倒れて動かなくなったのを見て仕留めたと思ったが、ビーストウルフは雪の上を転がるようにして体に着いた火を消し、背を向けて走り去った。
「逃がすか」
 すぐさま後を追うが、雪に足をとられて追いつけそうにない。
 足跡を追えば見失う事は無いが、敵が向かった先がどうも気にかかる。
 遠吠えまでしてやがる。また仲間を集める気か。それにこの先、あいつがいる場所じゃねーか。
 ビーストウルフが逃げ込もうとしている先には、ルクバットが一人修行をしている洞窟がある。
「ちっ」
 彼の実力がどんなものかはよく知らないが、自分の不始末で誰かが襲われるのは気分が悪い。
 グラフィアスは道を阻む雪を溶かしながら、全速力でビーストウルフを追った。


     †


「あ~。腹へったなぁ」
 口に出した途端、それを物語るように、腹の虫も景気良く鳴り響く。
「上手い肉が食べたいなぁ。……いてっ!?」
 お腹を黙らせるようにさすってそう呟くと、何か堅い物が頭に降ってきた。
「て~。何だよ急に?」
 頭を押さえながら辺りを見回すと、近くに木の実がいくつか転がっている。
 上を見上げると、外に出ていたツグミが戻って来ている。
 最初は全く区別がつかなかったが、今ではそれぞれの特徴を把握出来るようになり、随分と仲良くなれた気もする。
「これ、俺にくれるの?」
 そう聞くと、ツグミはくぁっくぁっと鳴いた。
 どうやらイエスのようだ。
「わぁ、ありがとう!」
 ルクバットは素直にお礼を言い、木の実を眺める。
「本当は肉が食べたかったんだけどなぁ」
 でも俺の為に採ってきてくれたんだし……そうだ。肉だと思って食べれば案外イケるかも?
 そうだそうだと自分に言い聞かせ、堅い外側を割って、中の果肉に思いっきりかぶりついた。
「……うぇ」
 見た目は甘く、柔らそうに見えたが、想像以上に堅く、独特の苦味がある。
 これを肉だと思うと、だいぶ腐っている。
 きっとツグミ達にとっては美食なのだろうが、ルクバットの口には合いそうにない。
「うーん、ちょっとこれは、俺には無理かな」
 渋い顔をして、木の実を置くと、ツグミ達がけたたましい声をあげ始めた。
「わっ。そんな怒んなくてもいーじゃん。ごめん、謝るからさ」
 慌ててそう謝るが、ツグミ達の騒ぎは収まるどころか、どんどん酷くなっていく。
 どうも様子がおかしい。
 ……怯えてる?
 何匹かのツグミは外へと出て行ったが、殆どは洞窟の奥へと逃げ、忙しなく飛び回っている。
「何だよ、何か来るのか?」
 ただ事では無い彼等の様子を見、もしもの時の為に、傍らに置いておいた武器を手に取った。
 でも、もし魔物が来てもこんな狭い所じゃ戦えないし、どうしよう?
 ルクバットの戦闘スタイルは直線的で、細かいコントロールは苦手だ。
「この直線上だけなら、なんとかなる、かな?」
 自分の立ち位置から洞窟の出入り口を直線にし、気持ちを落ち着けていると、ツグミ達が一層騒ぎ出し、同時に獣の唸り声が聞こえてきた。
「げっ」
 魔物の姿を確認した瞬間、そう硬い声が漏れる。
 入り口を塞ぐように現れたのは、毛並みが焦げてボロボロになったビーストウルフ。
 それを筆頭に、どれだけいるか分からない程のホワイトウルフの群れだった。
 先頭のビーストウルフはやけに興奮しており、今にも飛びかかってきそうだ。
「皆が怯えていたのはお前たちのせいか。好きにはさせないぞ!」
 威勢良く武器を構えると、ホワイトウルフ二体が飛びかかってくる。
「それ!」
 勢い良く円月輪を投げつけると、一体に見事命中するが、武器は弧を描く事なく、真っ直ぐに洞窟から外へ飛んで行こうとする。
「ヤバ、戻れ戻れ!」
 急いで戻そうとするが間に合う筈もなく、もう一体のホワイトウルフに襲われる。
「うわっ!?いって~。早く戻って来いったら」
 ホワイトウルフの爪を避けきれず、左足を負傷し、痛みに耐えながら未だに手元に戻らない武器を見る。
 が、だいぶ遠くにあった筈の円月輪が急加速し、目の前のホワイトウルフを引き裂き、地面に突き刺さってきた。
「え?」
 何が起きたのか理解出来ずにいると、洞窟の外から聞き覚えのある声が響いてきた。
「おい!生きてるか?」
「……グラン兄!」
 ぱっと心に光が差した気分だ。
 グラフィアスは、ボレアリスとは仲が良いとは言えないが、自分にとってはぶっきらぼうな兄のような存在だ。
「大丈夫だよ!」
 大きな声で返事をすると、グラフィアスはとんでもない指示を飛ばしてきた。
「そうか。ならそこの壁をぶっ壊して、今すぐ外へ出ろ!」
「壁って……」
 辺りをきょろきょろと見回し、それが可能そうな場所を探す。
 左右の壁は分厚く、壊せたとしても洞窟全体が崩壊しかねない。
 となれば残るはたった一つ。
「壁って、この奥のこと?でもこの先は崖だったよね?俺、まだ空は飛べないんだ!」
「そこにいたらお前も丸焼きにするぞ。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとやれ!死にたくなけりゃな!」
 グラフィアスの姿は見えないが、魔物の叫び声や斬激音が絶え間なく響いてくる。
 敵は相当な数のようで、彼も早く決着をつけたいのだろう。
 最終的に、五つ数えるまでに外に出なければ焼き殺すと脅され、ルクバットに洗濯の余地は無くなった。
 慌てて奥にいるツグミ達に退くよう指示し、円月輪を投げつけて、大穴を空けた。
 その後、ツグミ達はあっという間にそこから脱出していくが、ルクバットはそれに続く事が出来ず、縁から崖下を眺める。
「高い……」
 左足を怪我している状態では、命の保証も出来ない高さだが、グラフィアスは待ってくれなかった。
「行くぞ!―総てを呑み込み、焼き尽くせ。ロールフレア!」
「ちょ、まっ……うわぁああ!」
 振り返り制止しようとしたところ、バランスを崩し、背を下にそのまま転落してしまった。
「し、死ぬ!」
 いつくるとも知れない衝撃に耐えようと目を瞑る。
 すると『大丈夫』という囁きの後、身体が引っ張られるような衝撃が加わる。
「……え?お前ら!」
 恐る恐る目を開けると、飛び立っていったツグミ達が幾重にも重なってルクバットを支えていた。
「うわぁ。ありがとう、助かっ……てない?」
 てっきり、上に引き上げもらっていると思ったが、普通に下降していた。
 いや、落下しているといった方が正しい。
 一人で落ちている時よりは確かにゆっくりだが、それでもかなりの速度が出ている。
 ツグミ達の小さな体では、ルクバットの体重は支え切れないようだ。
「ちょ、もうちょっと頑張ってよ!」
 そう激を飛ばすが、かえって迷惑だったようで、ずるっと、ツグミから滑り落ちた。
「うわっ」
 地上まであと数メートルというところで落とされたルクバットは、そのままずっぽりと雪の中に埋まった。
「ぶはぁっ!いてぇ……さっむぅ」
 痛む傷口を押さえ、雪の寒さに身を震わせる。
「ルクバット!」
 なんとか雪から這い出ていると、ボレアリスがこちらに向かって飛んで来るのが見えた。
「アリス!痛っ」
 久しぶりの再会が嬉しくて立ち上がろうとしたが、足の怪我がそれを許さない。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと、魔物に襲われちゃって」
 心配そうに見てくるボレアリスを安心させたくて、笑顔で答える。
 すると、
「怪我をしたの?私に診せて」
 ボレアリスの後ろから、見知らぬ女性が現れ、ルクバットの脚を診始めた。
 え?誰?
「シェアトだ。今日から一緒に旅をする事になったから、仲良くしてやってくれ」
 きょとんとしていると、そうボレアリスが説明してくれる。
「てことは、巡礼が上手くいったんだね?おめでとう、アリス!」
「ありがとう」
 祝いの言葉を述べていると、シェアトだ。が「もう大丈夫だよ」と言ったので、恐る恐る立ち上がってみると、さっきまでの痛みが嘘のように引いていた。
「すげー!治った。ありがとう、お姉ちゃん。俺ルクバット。よろしく」
「私はシェアト。こちらこそよろしくね、ルクバット君」
 互いに挨拶を交わしていると、ボレアリスが再び質問してくる。
「ところで、どうしてこんなところにいるんだ?」
「あーそれが、洞窟の中で魔物に襲われてさ。グラン兄に言われて、あそこを壊して出てきたんだよ」
「あいつが?」
 ボレアリスは険しい顔を浮かべ、洞窟を睨み付ける。
 ルクバットも振り仰ぐと、大穴が開いた洞窟の縁に、グラフィアスが立ってこちらを見ていた。
 彼も無事だったようで、暫くしてからすっと姿を消した。
 ボレアリスをみると、まだ堅い表情で洞窟を睨み付けている。
「ねえ、アリス。次はどこへ行くの?」
 そう尋ねると、彼女はようやくそこから視線を外した。
「ああ。次は雷の帝国カメロパダリスに行くつもりだよ。……どうやら、修行も上手くいったみたいだね」
「え?うわっ」
 彼女が微笑んだ直後、ぱたぱたと一羽のツグミが頭に留まったかと思うと、次々とツグミ達が身体に留まってきた。
「それだけ触れ合えれば十分だね。おめでとう」
「へへ。ありがとう、師匠」
 まだ空も飛べない半人前だが、それでもとびきりの笑顔を見せる。
「修行はこれからどんどん厳しくなるけど、音を上げるなよ?」
「任せてよ。どんな修行だって、絶対乗り越えてみせるから」
 どんと胸を張って言うと「頼もしいな」とボレアリスは微笑む。
「さぁ、そろそろ行こう」
「うん!」
 ボレアリスの言葉を受け、ルクバットは元気に頷き、ボレアリスとシェアトの間に入って、次の目的地を目指す。
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