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転の流星
天子 ネージュ
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水の王国に住まう人々の朝は、基本的に除雪作業から始まる。
この国は一年の内の半数以上が雪に覆われており、今が一番積雪量の多い時期。
シェアトも朝早くから厚着をし、家から大通りへ至る道を作る為に、シャベルを片手に外へ出た。
「ん……」
雪はまだちらついているが、今にも止みそうで、珍しく雲の隙間から朝日の筋が延びていて、思わず目を細める。
今日は晴れそうね。
だからと言って雪が溶けるわけでもなく、早めに済ませようとシャベルを握りしめ雪掻きを始めようとしたその時、
「まあシェアト。あなた何やってるの?」
家の中から、驚きに満ちた母の声が聞こえてきた。
「母さん。何って、雪掻きを……」
「そんなのは母さんがやるから良いわよ。今日はお城へ行くんでしょう?」
「そうだけど平気よ。いつもやってるんだし」
「いいから。あなたは早く準備をしなさい」
有無を言わさずシャベルを取り上げられ、シェアトは家の中へと押し戻されてしまう。
まったく、いつもこうなんだから。
母の言いつけに素直に従いながらも、思わず苦笑する。
父がいないせいなのか、元々世話焼きではあったが、シェアトが国の上層部と関わりを持つようになってからは、それが更に顕著になった。
温かい部屋で学生服に着替えていると、再び母の声が呼ぶ。
「シェアトー!村長さんがルーハクまで一緒に乗せていってくれるって」
「はーい!すぐ行きまーす」
世話を焼いてくれるのは、母さんだけじゃないわね。
この村に住む多くの高齢者は、国の未来を担うかもしれないと、村の誇りとしてシェアトにとても良くしてくれる。
交通機関があまり整っていないこの村から首都ルーハクに行くには輓犬で一時間以上掛かるが、何かと理由を付けて村長や輓犬馭者が連れて行ってくれた。
それはとても有り難く嬉しい事であり、同時に重くのし掛かる重圧でもあった。
それを思うとたまに潰れそうになるが、勉強は元々好きなので、皆の期待にどこまで応えられるかは分からないが、今は自分に出来る事を精一杯やろうと、日々を送っている。
「お待たせしました。村長さん、今日もよろしくお願いします。それじゃ母さん。行ってくるね」
「行ってらっしゃい。エニフ様や天子様に、くれぐれも失礼のないようにね?」
そう強く釘を刺す母に頷き、シェアトは村長と共にルーハクへ向かった。
†
「おはようございます」
「やあ。おはよう、シェアト君」
大学舎に入学して以来、ちょくちょく出入りするようになった、サーペンの宮殿。
今では門兵とは顔馴染みで、何の手続きも無く宮殿内へと歩を進める。
この門をくぐる瞬間、シェアトはいつも別世界に来たのではないかという錯覚を覚える。
外の極寒を吹き飛ばすように身を包み込んでくれる暖かい温もり、どこからともなく漂う瑞々しいローズの香り……。
この城に通い始めの頃は緊張もあって、何度も倒れそうになったのよね。
今ではすっかり慣れたこの香りを今は楽しむ余裕も出来たが、この宮殿で驚いた事はもう一つある。
宮殿内で働く、女性の割合だ。
ここでは、右を見ても左を見ても、目に映るのは女性ばかり。
男性が働いていないというわけではない。
先程会った門兵は男性だし、宮殿外では逆に男性ばかりが目に入る。
全ては現当主の計らいで、宮殿内は女が、宮殿外は男が守る、という至って簡単な構造となっている。
従って、宮殿内で働く男性はいない。
ただ一人を除いては……。
「おはようございます、シェアト」
玉座の間の傍らに佇む、宮殿内にいる唯一の男性、宰相エニフ。
何故エニフだけが宮殿内で働いているのか、それはシェアトには分からないが、彼の穏やかな笑みを見ると心から安心する。
「おはようございます、エニフ様」
シェアトも自然と笑顔で挨拶を返すと、彼より更に後方から、別の声がした。
「これシェアト。そやつよりも、まずは妾に挨拶するのが先ではないのか?」
エニフが立つ先に、数段の階段と豪奢な帳があり、傍らに侍女が二人控えているが、声の主は彼女達ではない。
二人が同時に、静かに帳を引くと、その向こうには人が立っていた。
「あ……」
薄い水色を基調に、白いレースが彩られたカクテルドレス。
胸元から覗く肌は粉雪のように白く小さな顔の中で一際赤く映える唇は一輪の薔薇のように輝き、少しだけつり上がった黒曜の瞳に、結い上げられた艶やかな緑の黒髪は、まさに国の宝。
息をするのも忘れる美しさとは、この方の為にあるのだと、何度思ったことか。
サーペン王国の女王、ネージュ。
ただ玉座に腰を掛けるという単純な所作ですら魅入ってしまう。
そして、女王と目が会ってようやく、シェアトは我に返り、急いで階下に歩みより、深々と一礼した。
「お、おはようございます!天子様。本日も大変麗しく……」
「やれやれ。相変わらず堅いな、お前は。もっと気楽におし」
声も顔もとても優しいが、やはり女王。
気楽になんて出来る筈がない。
「い、いえ……!私のような平民が、こうして天子様と会話をするだけでもおこがましい事なのに、そんな滅相もございません」
両手を突き出してぶんぶんと被りを振ると、ネージュは「つれないのぅ」と寂しそうに口を尖らせる。
そしてややあって、傍らに控えていたエニフが恭しく一礼する。
「おはようございます、陛下。こんなに早く起床なさるとは珍しいですね。せっかくの天気でしたが、今夜は吹雪ですかな?」
エニフがこのような軽口を叩くのは珍しいが、二人の間ではこれが常なようで、ネージュもさして怒る事なく言い返す。
「やかましい。妾とて、客人が来る時くらい起きておるわ」
「おや、そうですか。いつも縁談相手を安眠妨害と言って門前払いされる方が良くおっしゃいますね」
「あれは客人ではない。その程度で帰るような軟弱者など、妾の夫には相応しくなかろう?」
「やれやれ。そのような調子で、お世継ぎをどうなさるおつもりなのか」
エニフは心底呆れた様子だが、ネージュはあまり気にしていない様子でからからと笑う。
「その時は、サーペンもまた滅ぶか?……そうじゃシェアト。そなた、妾の娘にならんか?」
「え?」
突然名前を呼ばれ、思考が停止するが、その間も女王の勧誘は続く。
「そなたのように慎ましく聡明な子ならいつでも大歓迎じゃ。どうじゃ?この国の、次の女王にならんか?」
「え。いや、あの……その」
「陛下」
どう答えて良いものか困り狼狽していると、エニフの強めの口調が割入ってきた。
「不謹慎な言葉はお控え下さい。女王ともあろうお方が、国の三大原則をお忘れになったのですか?シェアトも困っています」
「いちいち五月蝿いやつじゃのう。そんな事は分かっておる。ただの戯れよ。……エニフ。貴様少し、調子に乗ってはおらんか?お前はもうただの宰相。妾の夫ではないのだぞ」
え……?夫?
「勿論、心得ていますよ。私は宰相として、国を想う立場として進言させていただいているだけです」
え、ええ?
「ちょ、ちょっと待って下さい」
二人の会話の中にどうしても引っ掛かる単語あり、止めずにはいられなかった。
シェアトは気持ちを落ち着け、慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「お二人はその……ご結婚、なさっている、んですか?」
「何じゃ、知らなんだか?」
「正確には、していた、ですけどね」
おずおずと尋ねた割には、二人の反応はとても軽い。
「で、ですが、天子様の婚礼話なんて、聞いた事ないですよ?」
「それはそうであろう。こやつと夫婦となったのは、妾が産まれたのと同時であったからな。婚礼の儀は、妾の成人の儀に合わせて執り行う筈だったが、妾が拒否した」
「ど、どうしてですか?」
もしかして天子様は、エニフ様がお嫌いなの?
そんな不安を抱えながら尋ねると、ネージュは愚問だと言わんばかりに目を丸めた。
「窮屈だからに決まっておろう。妾の意思に反し、生まれながらに女王という足枷を付けられ、更に夫などという鎖に繋がれてみよ。妾の自由はどこにある?籠の鳥など、妾は嫌じゃ」
最後にふん、と鼻を鳴らすネージュ。
その仕草はまるで子供のようだ。
「あの時の陛下の駄々っ子ぶりときたら……『夫婦関係を解消しないなら死んでやる』と言って一週間以上も姿を眩ませて。女王となられた現在もこのような感じで、私の悩みの種です」
エニフの大げさな溜め息に、ネージュが「貴様の悩みなぞ知ったことか」と冷たく突き放す。
……どうやら、お互いに嫌っているわけじゃないみたいね。
二人のやり取りを見てそう安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。
もし、本当にネージュがエニフを嫌っているとしたら、彼はここにはいないだろう。
「どうしたシェアト?何を笑っておる」
「いえ。何でもないです」
思わず緩んだ頬にネージュが首を傾げるが、まあよいと前方を見据えた。
「それにしても、客人はまだ来ぬのか?」
ネージュが待っている客人とは、先日巡礼を済ませたバスター、ボレアリスの事だ。
シェアトも良い機会だからとエニフに呼ばれ、この場にいる。
ボレアリスさん。一体、どんな願い事をするんだろう。
巡礼を行う者は、最終的にエルタニンの天帝に願いを叶えてもらうのだが、残る四ヶ国の王達からの支持も得なければならない。
従って、常軌を逸した願いが叶う事はない。
あの人からは、とても強い意志を感じた。それが何なのか……。そういえば。
「あの、今から謁見に来られるバスター、ボレアリスさんは、風の王国の方、ですよね?」
シェアトの確認に近い質問に、エニフは頷く。
「よく気づきましたね。彼女はグルミウムの、それも王都の出身らしいですよ」
「身に付けている物にシンボルカラーは無かったですが、髪や瞳の色がそれでしたし、彼女から風を感じたんです」
そう説明すると、なるほどとエニフは納得した。
それとは別に、ネージュは玉座の上で頬杖を付き、思案げに呟いた。
「ふむ。件の出身か……。難儀なものよ」
「そうですね。内容によっては、彼女の願いは、早々に果てるでしょう」
ネージュの憂いに、エニフも同意する。
「……」
シェアトもまた、同じように沈黙した。
同盟国だった事もあり、サーペンにはグルミウムの出身者が少なからず住んでいる。
本国が滅んだ後は、何人ものグルミウム出身者が巡礼に挑んだ。
仇敵、ポエニーキスに報復する為に……。
勿論、そのような願いが叶うはずも無く、全ては儚い夢と散った。
もし、彼女が今までの人達と同じ願いを持っていたとしたら……。
そんな憂いを抱いた刹那、玉座の間の扉が開かれ、一人の兵士が入ってきた。
「申し上げます。本日、天子様との謁見を申し立てておりましたバスター、ボレアリスがお着きです」
……きた!
瞬間、シェアトの心臓がどきんと跳ねた。
ネージュも、今までの私的な感情を捨て、女王として発言する。
「来たか。通すがよい」
この国は一年の内の半数以上が雪に覆われており、今が一番積雪量の多い時期。
シェアトも朝早くから厚着をし、家から大通りへ至る道を作る為に、シャベルを片手に外へ出た。
「ん……」
雪はまだちらついているが、今にも止みそうで、珍しく雲の隙間から朝日の筋が延びていて、思わず目を細める。
今日は晴れそうね。
だからと言って雪が溶けるわけでもなく、早めに済ませようとシャベルを握りしめ雪掻きを始めようとしたその時、
「まあシェアト。あなた何やってるの?」
家の中から、驚きに満ちた母の声が聞こえてきた。
「母さん。何って、雪掻きを……」
「そんなのは母さんがやるから良いわよ。今日はお城へ行くんでしょう?」
「そうだけど平気よ。いつもやってるんだし」
「いいから。あなたは早く準備をしなさい」
有無を言わさずシャベルを取り上げられ、シェアトは家の中へと押し戻されてしまう。
まったく、いつもこうなんだから。
母の言いつけに素直に従いながらも、思わず苦笑する。
父がいないせいなのか、元々世話焼きではあったが、シェアトが国の上層部と関わりを持つようになってからは、それが更に顕著になった。
温かい部屋で学生服に着替えていると、再び母の声が呼ぶ。
「シェアトー!村長さんがルーハクまで一緒に乗せていってくれるって」
「はーい!すぐ行きまーす」
世話を焼いてくれるのは、母さんだけじゃないわね。
この村に住む多くの高齢者は、国の未来を担うかもしれないと、村の誇りとしてシェアトにとても良くしてくれる。
交通機関があまり整っていないこの村から首都ルーハクに行くには輓犬で一時間以上掛かるが、何かと理由を付けて村長や輓犬馭者が連れて行ってくれた。
それはとても有り難く嬉しい事であり、同時に重くのし掛かる重圧でもあった。
それを思うとたまに潰れそうになるが、勉強は元々好きなので、皆の期待にどこまで応えられるかは分からないが、今は自分に出来る事を精一杯やろうと、日々を送っている。
「お待たせしました。村長さん、今日もよろしくお願いします。それじゃ母さん。行ってくるね」
「行ってらっしゃい。エニフ様や天子様に、くれぐれも失礼のないようにね?」
そう強く釘を刺す母に頷き、シェアトは村長と共にルーハクへ向かった。
†
「おはようございます」
「やあ。おはよう、シェアト君」
大学舎に入学して以来、ちょくちょく出入りするようになった、サーペンの宮殿。
今では門兵とは顔馴染みで、何の手続きも無く宮殿内へと歩を進める。
この門をくぐる瞬間、シェアトはいつも別世界に来たのではないかという錯覚を覚える。
外の極寒を吹き飛ばすように身を包み込んでくれる暖かい温もり、どこからともなく漂う瑞々しいローズの香り……。
この城に通い始めの頃は緊張もあって、何度も倒れそうになったのよね。
今ではすっかり慣れたこの香りを今は楽しむ余裕も出来たが、この宮殿で驚いた事はもう一つある。
宮殿内で働く、女性の割合だ。
ここでは、右を見ても左を見ても、目に映るのは女性ばかり。
男性が働いていないというわけではない。
先程会った門兵は男性だし、宮殿外では逆に男性ばかりが目に入る。
全ては現当主の計らいで、宮殿内は女が、宮殿外は男が守る、という至って簡単な構造となっている。
従って、宮殿内で働く男性はいない。
ただ一人を除いては……。
「おはようございます、シェアト」
玉座の間の傍らに佇む、宮殿内にいる唯一の男性、宰相エニフ。
何故エニフだけが宮殿内で働いているのか、それはシェアトには分からないが、彼の穏やかな笑みを見ると心から安心する。
「おはようございます、エニフ様」
シェアトも自然と笑顔で挨拶を返すと、彼より更に後方から、別の声がした。
「これシェアト。そやつよりも、まずは妾に挨拶するのが先ではないのか?」
エニフが立つ先に、数段の階段と豪奢な帳があり、傍らに侍女が二人控えているが、声の主は彼女達ではない。
二人が同時に、静かに帳を引くと、その向こうには人が立っていた。
「あ……」
薄い水色を基調に、白いレースが彩られたカクテルドレス。
胸元から覗く肌は粉雪のように白く小さな顔の中で一際赤く映える唇は一輪の薔薇のように輝き、少しだけつり上がった黒曜の瞳に、結い上げられた艶やかな緑の黒髪は、まさに国の宝。
息をするのも忘れる美しさとは、この方の為にあるのだと、何度思ったことか。
サーペン王国の女王、ネージュ。
ただ玉座に腰を掛けるという単純な所作ですら魅入ってしまう。
そして、女王と目が会ってようやく、シェアトは我に返り、急いで階下に歩みより、深々と一礼した。
「お、おはようございます!天子様。本日も大変麗しく……」
「やれやれ。相変わらず堅いな、お前は。もっと気楽におし」
声も顔もとても優しいが、やはり女王。
気楽になんて出来る筈がない。
「い、いえ……!私のような平民が、こうして天子様と会話をするだけでもおこがましい事なのに、そんな滅相もございません」
両手を突き出してぶんぶんと被りを振ると、ネージュは「つれないのぅ」と寂しそうに口を尖らせる。
そしてややあって、傍らに控えていたエニフが恭しく一礼する。
「おはようございます、陛下。こんなに早く起床なさるとは珍しいですね。せっかくの天気でしたが、今夜は吹雪ですかな?」
エニフがこのような軽口を叩くのは珍しいが、二人の間ではこれが常なようで、ネージュもさして怒る事なく言い返す。
「やかましい。妾とて、客人が来る時くらい起きておるわ」
「おや、そうですか。いつも縁談相手を安眠妨害と言って門前払いされる方が良くおっしゃいますね」
「あれは客人ではない。その程度で帰るような軟弱者など、妾の夫には相応しくなかろう?」
「やれやれ。そのような調子で、お世継ぎをどうなさるおつもりなのか」
エニフは心底呆れた様子だが、ネージュはあまり気にしていない様子でからからと笑う。
「その時は、サーペンもまた滅ぶか?……そうじゃシェアト。そなた、妾の娘にならんか?」
「え?」
突然名前を呼ばれ、思考が停止するが、その間も女王の勧誘は続く。
「そなたのように慎ましく聡明な子ならいつでも大歓迎じゃ。どうじゃ?この国の、次の女王にならんか?」
「え。いや、あの……その」
「陛下」
どう答えて良いものか困り狼狽していると、エニフの強めの口調が割入ってきた。
「不謹慎な言葉はお控え下さい。女王ともあろうお方が、国の三大原則をお忘れになったのですか?シェアトも困っています」
「いちいち五月蝿いやつじゃのう。そんな事は分かっておる。ただの戯れよ。……エニフ。貴様少し、調子に乗ってはおらんか?お前はもうただの宰相。妾の夫ではないのだぞ」
え……?夫?
「勿論、心得ていますよ。私は宰相として、国を想う立場として進言させていただいているだけです」
え、ええ?
「ちょ、ちょっと待って下さい」
二人の会話の中にどうしても引っ掛かる単語あり、止めずにはいられなかった。
シェアトは気持ちを落ち着け、慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「お二人はその……ご結婚、なさっている、んですか?」
「何じゃ、知らなんだか?」
「正確には、していた、ですけどね」
おずおずと尋ねた割には、二人の反応はとても軽い。
「で、ですが、天子様の婚礼話なんて、聞いた事ないですよ?」
「それはそうであろう。こやつと夫婦となったのは、妾が産まれたのと同時であったからな。婚礼の儀は、妾の成人の儀に合わせて執り行う筈だったが、妾が拒否した」
「ど、どうしてですか?」
もしかして天子様は、エニフ様がお嫌いなの?
そんな不安を抱えながら尋ねると、ネージュは愚問だと言わんばかりに目を丸めた。
「窮屈だからに決まっておろう。妾の意思に反し、生まれながらに女王という足枷を付けられ、更に夫などという鎖に繋がれてみよ。妾の自由はどこにある?籠の鳥など、妾は嫌じゃ」
最後にふん、と鼻を鳴らすネージュ。
その仕草はまるで子供のようだ。
「あの時の陛下の駄々っ子ぶりときたら……『夫婦関係を解消しないなら死んでやる』と言って一週間以上も姿を眩ませて。女王となられた現在もこのような感じで、私の悩みの種です」
エニフの大げさな溜め息に、ネージュが「貴様の悩みなぞ知ったことか」と冷たく突き放す。
……どうやら、お互いに嫌っているわけじゃないみたいね。
二人のやり取りを見てそう安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。
もし、本当にネージュがエニフを嫌っているとしたら、彼はここにはいないだろう。
「どうしたシェアト?何を笑っておる」
「いえ。何でもないです」
思わず緩んだ頬にネージュが首を傾げるが、まあよいと前方を見据えた。
「それにしても、客人はまだ来ぬのか?」
ネージュが待っている客人とは、先日巡礼を済ませたバスター、ボレアリスの事だ。
シェアトも良い機会だからとエニフに呼ばれ、この場にいる。
ボレアリスさん。一体、どんな願い事をするんだろう。
巡礼を行う者は、最終的にエルタニンの天帝に願いを叶えてもらうのだが、残る四ヶ国の王達からの支持も得なければならない。
従って、常軌を逸した願いが叶う事はない。
あの人からは、とても強い意志を感じた。それが何なのか……。そういえば。
「あの、今から謁見に来られるバスター、ボレアリスさんは、風の王国の方、ですよね?」
シェアトの確認に近い質問に、エニフは頷く。
「よく気づきましたね。彼女はグルミウムの、それも王都の出身らしいですよ」
「身に付けている物にシンボルカラーは無かったですが、髪や瞳の色がそれでしたし、彼女から風を感じたんです」
そう説明すると、なるほどとエニフは納得した。
それとは別に、ネージュは玉座の上で頬杖を付き、思案げに呟いた。
「ふむ。件の出身か……。難儀なものよ」
「そうですね。内容によっては、彼女の願いは、早々に果てるでしょう」
ネージュの憂いに、エニフも同意する。
「……」
シェアトもまた、同じように沈黙した。
同盟国だった事もあり、サーペンにはグルミウムの出身者が少なからず住んでいる。
本国が滅んだ後は、何人ものグルミウム出身者が巡礼に挑んだ。
仇敵、ポエニーキスに報復する為に……。
勿論、そのような願いが叶うはずも無く、全ては儚い夢と散った。
もし、彼女が今までの人達と同じ願いを持っていたとしたら……。
そんな憂いを抱いた刹那、玉座の間の扉が開かれ、一人の兵士が入ってきた。
「申し上げます。本日、天子様との謁見を申し立てておりましたバスター、ボレアリスがお着きです」
……きた!
瞬間、シェアトの心臓がどきんと跳ねた。
ネージュも、今までの私的な感情を捨て、女王として発言する。
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