流星痕

サヤ

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転の流星

天子への謁見

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 城の門前で、入城許可が降りるのを待っていると、門番の横に据えられてある、水の入った釜に変化が起きた。
 今まで何の変哲の無かった水が青く染まり、ポコポコと泡立ち始めた。
 それを確認した門番が穏やかな口調で言う。
「入城許可が降りたようです。失礼ですが、お手持ちの武具はこちらで預からせていただきます」
 ボレアリスは素直に従い、腰刀をホルダーから外して手渡した。
「その羽織もよろしいですか?色々と物を隠せますからね」
 その台詞に僅かに躊躇するが、変な誤解を持たれても困るので、気付かれないよう腕を生成し、マントを外した。
 瞬間、剥き出しの肌が外気に曝され身震いするが、巡礼で味わった身を裂かれるような寒さと比べたら何てことはない。
「ありがとうございます。それでは中へどうぞ」
 こちらが丸腰である事を確認し、ようやく扉が開かれる。
「ようこそ。陛下の元までご案内致します。こちらへ」
 中で待機していた女兵士の誘導に従い、どんどん奥へと進んでいく。
 巡礼の際に一度来ているが、その時とは違う場所を歩いているのにも関わらず、すれ違う人はやはり女性ばかり。
 それは見るからに武闘派であったり、全くの逆であったりと、種類は様々。
 変わった政治をしているんだな。
 あまり詮索する気はないが、やはり少し気になる。
 そうこうしているうちに、玉座の間へと繋がる扉の前までやってきた。
 両脇には、線が細いながらも締まりのある女兵士がその扉を守っている。
 通路脇には珊瑚を象ったオブジェが置いてあり、その下は水が張られた側溝が延びている。
 珊瑚の周りの空気が冷たい。……材質は氷か。空気中の水分を凍らせて、溶けた水を城中に巡らせてるのか。
 ぼんやりとそんな事を考えていると、ここまで案内してくれた兵士が、扉を開けてこちらに振り向いた。
「どうぞ中へ。天子様がお待ちです。くれぐれも、失礼の無いよう、お願い致します」
 そう釘を刺され、ボレアリスは軽く一礼し、玉座の間へと足を踏み入れた。
 中には、五人の人物がいた。
 階上の玉座にいるのが、サーペン王国の女王ネージュ。
 そのやや後方、開かれた帳の脇に静かに佇む二人の侍女。
 階下の左脇には国の宰相エニフ。
 そして、彼の教え子であるというシェアトがいた。
 再び出会うとは思っていなかったので多少なりとも驚いたが、それだけ重宝されているという事なのだろう。
 彼女の強張った顔を見ると、緊張しているのが良く分かる。
 一瞬目が合ったが、すぐに視線を前へと戻し、階下近くで跪いた。
「お初にお目にかかります、天子様。今は亡き風の王国、グルミウムより参りました、バスターボレアリスと申します」
 そのままの姿勢で挨拶すると、頭上から天子の声が降ってくる。
「よくぞ参られたボレアリスよ。此度の巡礼、実に見事であったと聞く。苦労であったな」
「畏れいります」
「そのままでは辛かろう。立って面を上げよ」
 ボレアリス自身はさして苦痛だとは思わなかったが、天子の言葉に別の意図を感じ取り、素直に従う事にする。
 立ち上がり顔をあげると、天子の鋭い視線とぶつかった。
 彼女はボレアリスの目、身体に走る傷痕と、あらゆる場所を不躾に観察する。
 値踏みするような冷たい視線だが、決して彼女から目を逸らさず見続ける。
 やがて彼女の瞳に温もりが宿り、満足そうに微笑んだ。
「……良い目じゃな。肝も座っておる。その若さで、数々の苦難を乗り越えてきただけはある」
 呟くような天子の言葉からは、ボレアリスについて、大抵の調べがついている事が伺える。
「さて、さっそく本題に入りたいが、そこの娘をこのまま同席させても構わぬか?」
 天子が指差す先にはシェアトがいた。
「あの者はまだ学生故、本来この場にはいない存在なのだが、将来の国の柱として見ておってな。せっかくの機会であるからこのまま参加させてやりたいのだが、そなたが拒むのであれば、退席させよう」
「いえ。このままで構いません」
 天子の、選択肢を与えるという寛大な心に感心しつつも、そう即答する。
 聞かれてやましいことなど、何一つない。
「そうか。ならば申すが良い。そなたはこの巡礼の果てに、何を望むのだ?」
 天子の、その質問に、心臓が大きく高鳴る。
 ボレアリスは一度呼吸を整え、己が願いをはっきりと述べた。
「私の願いは唯一つ。我が故郷、風の王国の復活です」
 そう述べた途端、天子の目が細められ、「王国の復活、とな」という呟きが漏れ出た。
 そして、天子は暫く沈黙し、諭すような声色で言う。
「かの国が滅びて以降、そなたの同胞が何人も巡礼に挑んできたが、そやつらの願いは、殆どが仇敵への報復で、そなたと同じ願いを持つ者は希有であった。何故だか分かるか?」
 その言葉は遠回しに、お前の願いは叶わないと言っているようだが、気にする事なくその答えを述べた。
「国が成り立つ為の三原則、ですか?」
 遥か昔の先祖達が、人として生きる事を決めた際に立てた三つの約束。


一、国を治めるは神々の血を引く五大聖獣也。
一、王位継承者は祖先の聖霊を守護神とする。
一、何人も、その身に宿る誇り高き輝きを忘れる事なかれ。


「それだけ理解しておきながら、何故そのような願いを望むのだ?」
 天子は理解出来ない、という風に顔を歪める。
 王国を復活させるには、三原則にも述べられている、蒼龍を身に宿す者が必要不可欠。
 最期の国王ヴァーユが邪に堕ち、一人娘である王女が処刑された今、グルミウム王国の復活は有り得ない。
 それが、世の中の常識。
「……何を笑っておる?」
 思わず漏れ出た笑いに、天子は眉をひそめた。
「ああ、失礼しました。天子様は「グルミウム王女生存説」を聞いた事はありませんか?」
 笑いを抑え、自分が王女である事は明かさず、そう質問した。
「否。何だそれは?」
 天子の疑問にはボレアリスではなく、脇に控えていたシェアトが答えてくれた。
「聞いた事があります。昨年ほどからよく耳にするようになったのですが、グルミウムの王女様は、今も生きている可能性があるらしいんです」
「王女が?あれほどの大衆の目前で、斬首されたというのにか?」
「はい。なんでも、死後、必ず残る遺品が見つかっていないのが何よりの証拠らしいのですが……」
 はっきりと答えられないのが申し訳ないのか、最後の方は声が萎んでいく。
 天子はふむ、と考えるように顎に手をやる。
「なるほどな。そなたは、その不確定要素を頼りに、国の復活を望むというのじゃな?」
「はい。可能性が零ではない限り、私は進みたいのです。どうか、お力添えいただけないでしょうか?」
 真意を持って答えると、今まで天子から感じていた呆れのようなものが消えた。
「……解った。だが、一つ聞きたい。そなたはここが初めての巡礼と聞くが、祖国へ行けぬ以上、旅の意味は無いぞ?」
「それは問題ありません。私は、国が滅んだ後も暫く、あそこに身を寄せていましたから」
「何?」
 天子の、驚きと疑いが混じった表情は予想の範囲内。
「あれが滅んだのは十年近くも前。であれば、そなたはまだ童の筈。そのような幼子が、どうやって生き残ったというのだ?」
「確かに、当時の私はまだ八つにもならない子供でしたが、事件当日、この目でヴァーユ王様の転生式を拝見しておりました。この命があるのは、母や近衛師団の兵士達、そして、聖なる祠に住まう聖霊達のおかげです」
 話をするにつれ、恩人達の顔が次々と浮かんでくる。
「その話、偽りではあるまいな?他に生存者はおるのか?」
「勿論、真実にございます。事件の生き残りは、私の知る限り、あと一人います。必要であれば、その者にも証言させましょうか?」
 努めて冷静に答えると、天子はすかさず切り返した。
「いや。それが真であるならば、そなたの旅に使者を同行させるとしよう」
「使者、ですか?」
「ああ。話が偽りで無いのであれば、いずれグルミウムへ入るのだろう?復活させるのであれば、元同盟国としても、現状を把握しておきたい。構わぬだろ?」
 つまりは監視だ。
 しかし、ここでゴネて機嫌を損なわれでもしたら元も子も無い。
「……承知致しました」
 渋々了解したものの、場合によってはやりづらい旅になる。
「ならば、善は急げじゃな。シェアト」
 天子の行動は予想に反して早く、何の戸惑いも無くそう名前を呼ぶ。
「今の使者の件、妾はお主に頼みたいと思うのだが、どうだ?引き受けてくれるか?」
「え、わ、私がですか?でも私は……」
「案ずるな。お前なら立派にやり遂げてくれると信じておるし、お前も、世界を回るまたとない機会じゃ。悪くはなかろう?」
「で、ですが……」
 嬉々として提案する天子に対して、シェアトは明らかに同様している。
 このままでは彼女の意志に関係なく押し通されてしまいそうだ。
「天子様。一つ、よろしいですか?」
 見かねたボレアリスが声をかけるが、天子は少し不満気に鼻を鳴らす。
「何じゃ?シェアトでは不満か?安心せい。この者は知識も豊富であるし、何より比喩術に長けておる。足手まといにはなるまいよ」
「いえ。私は誰でも構わないのですが、彼女には考える時間が必要かと思われます」
 そう助け船を出すと不服そうではあったが「それもそうじゃな」とようやく考えを改めてくれ、シェアトもほっと胸をなで下ろした。
「ならば、使者が立ち次第、そなたの元へと遣わそう。それまでしばし待たれよ。此度の謁見はこれまでじゃ」
 天子の号令によって、ボレアリスの初めての巡礼は終わりを告げた。
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