流星痕

サヤ

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転の流星

修行

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 宰相エニフの押しに負けたとはいえ、彼の提案を受け入れたのは、どうやら正解だったようだ。
 巡礼を終えて城下町で宿を取ったアウラは、疲れが一気に出たのか、一日中死んだように眠りについていた。
 巡礼の間は氷点下の中で体温を維持する為にずっと高温の風を身に纏い、時に襲い来る魔物とも戦っていたのだから、無理は無い。
 自然と目が覚めてからも何もする気が起きず、しばらく横になっていると、アウラの中に宿る主語聖霊、ノトスが語りかけてきた。
「お前を見ていると、若き日のヴァーユを思い出す」
「ふふ……。それはそうでしょう。親子なのですから」
「しかし運の良さは、母親似だな」
「母様は、蒼龍に愛されたような方でしたからね」
 アウラが一人になった時にだけ語りかけてくる、ノトスとの他愛ない時間。
 しかし、次のノトスの言葉には、少しだけ真剣味が加わる。
「アウラ。何度も言うが、決して無茶だけはするな。私にも限界はある」
「無茶なんてしてませんよ。私の旅は、まだ始まったばかりなんですから」
「……全く、お前はそればかりだな」
 飄々としたアウラの態度に、ノトスは若干諦めたように押し黙る。
 そんな彼の重いため息を聞いたアウラは、こっそりと微笑み身体を起こす。
「そんな事より、ルクバットの様子が気になります。あれからもう四日が経ちますが、一体どうなっていることやら」
 そう。今ここにルクバットはいない。
 アウラがサーペンの巡礼を受けている間、彼は首都ルーハクの郊外にある洞窟で、一人修行に励んでいる。
 その目的は、グルミウム出身者であれば出来て当たり前の、鳥類と心を通わせる事。
「フム。確かに、彼が内に秘めている力は素晴らしい。だが、祖国ではない風の修行は、まだ早かろう」
 ノトスがルクバットをそう評価するように、アウラも彼の強さを認めている。
 アウラの師であり、近衛師団の長を勤めたエラルドの息子であり、幼い頃より共に世界を巡ってきたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「そうですね。ここの鳥達は、気紛れが多かった。からかわれて癇癪を起こしていないと良いんですけど」
 ルクバットに与えた修行は、洞窟内を飛び交う鳥を三羽捕まえること。
 魔法と武器の使用は許可したが、決して傷付けてはいけないと、一つだけ決まり事をした。


「傷付いた鳥は飛ぶ事が出来ず、死を待つだけの存在だ」
 そう釘を刺しておいたから、もしかしたらルクバットは、魔法も武器も使わず、素手で鳥を捕まえようとしているかもしれない。
 ……いや、絶対そうしてるだろうな。
 自分でそう言った手前、本当にそうなっていたら修行の意味がないので、様子を見る為にも身支度を整え、ルクバットのいる洞窟へと向かう事にした。


     †


「はあ、はあ……くっそ~」
 狭い洞窟内にこだまする、自分の荒い声。
 ここへ来た当時は寒くて仕方がなかったのに、今では全身が火照り、額からは大粒の汗が浮かび、顎を伝って落ちてくる。
 ルクバットは息を整えながら、自分がこんな目に合っている原因を作った者達をきっと睨み付ける。
 それは、自分が空でも飛べない限り触れる事の出来ない場所を、これ見よがしに優雅に飛び交う鳥達。
 時折、バカにするかのように地鳴きし、ひどい者はフンを飛ばしてくる。
「ひきょーだぞ、そんなとこから!ちゃんと降りてきて正々堂々と戦えー!」
 両拳を突き上げ、膨れっ面をして叫ぶと、鳥達の地鳴きがぴた、と止んだ。
「……?」
 そして、一言二言鳴き合ったかと思った次の瞬間、ルクバット目掛けて一斉に急降下してきた。
「うわぁっ!?」
 いきなりの襲撃に逃げる事が出来ず、まともに攻撃を喰らった。
「いて、いててっ」
 一羽一羽の攻撃は大した事ないが、一斉にこられると流石に応える。
 手で振り払おうとすると、その隙間を縫って顔を狙ってくる者もいるので、ただじっと耐える事しか出来ない。
「……いってぇ」
 攻撃が止み、身体中に出来た真新しい引っ掻き傷を確認し、鳥達を見やると、やはりルクバットの手の届かない所で意気揚々と歌っている。
 この修行を始めてからずっと、同じようないたちごっこが続いている。
「いい加減に……」
 ルクバットの怒りもだいぶ積もり、魔法で仕返ししようとするが、その度にボレアリスと交わした約束が、脳裏を過る。


『―飛べなくなった鳥は、死を待つだけの存在だ』


「……っ」
 その言葉を思い出すと、どんなに腹が立とうとも、何も出来なくなる。
「あー、もう!止めだ止め」
 行き場を無くした怒りは大きなため息となり、ルクバットはその場で大の字に寝転がる。
 天井にいる鳥達は、こちらをきょとんした様子で見ている。
「こんなの、絶対無理だよ」
 四日経っても触れる事すら出来ていないのに、捕まえられるわけがない。
 このままふて寝でもしようかと目を閉じた、その時。


「無理だよ。じゃないだろ?」
 とても馴染み深い、落ち着いた声が降ってきた。
「え?……アリス!」
 名前を呼ぶのと同時に、がばっと身体を起こす。
「サボったりしてないよな?」
 いたずらっぽく笑うボレアリスに、ルクバットは口を尖らせる。
「してないよー。今はちょっと、休憩しようとしてただけ」
 そう報告すると、鳥が一羽降りてきて、ボレアリスが差し出した指に止まって穏やかに鳴いた。
 オレには、あんな風に鳴いた事ないのに。
「……うん。本当みたいだね。けど、まだ一羽も捕まえられないなんてな」
「だって、あんな所に行かれたらムリじゃんか」
 残念そうに言うボレアリスに対し、天井を指してそう抗議すると、彼女も上を見上げ、
「別に無理では無いけど……」
 と呟き、傍らに置いてあるルクバットの武器を一瞥した。
「私は、武器や魔法は禁止してないけど?」
「う。それは……」
 言葉につまり、ルクバットも自分の武器を見る。
 自分の顔よりも一回り大きい円月輪。
 向日葵のような形状で、取手以外の表面全てに刃が付いた、投擲武器。
 ルクバットはこれに回転を加えて空に投げ、魔法で操る。
 しかしそのコントロールはまだ荒削りで、このように狭い洞窟内で、相手を傷付けずに、なんて芸当はまず無理な話だ。
 しょぼんとうなだれるルクバットから何かを読み取ったのか、ボレアリスが一つの提案をした。
「そんなに武器を使うのが嫌なら、彼等と仲良くなるしかないな」
「どうやって?」
 グルミウムの民は鳥類と心を通わせられれば半人前、空を自在に飛べれば一人前と言われる。
 十三にもなってそのどちらも出来ていないルクバットは、まだまだ未熟者だ。
 そしてボレアリスはいつも確信的な事は教えず、自分で学べとしか言わないが、今回は大きなヒントをくれた。
「まずは、その敵意を消すんだ」
「敵意?」
 繰り返すと、ボレアリスは軽く頷く。
「さっきのは殺気も混じってた。あれじゃ、逃げられて当たり前。実際にやってみようか?」
「うっ!」
 直後、ボレアリスの雰囲気が一変した。
 今までの穏やかさは瞬時に鳴りを潜め、無言でただそこに立っているだけなのに、寒気が走る。
 彼女の指に止まっていた鳥や、天井にいた鳥達もかなりのパニック状態だ。
「……まあ、簡単に言えばこういう事」
 そう言う彼女は、最初と同じ、穏やかな雰囲気に戻った。
「驚かせてごめん」と謝ると、鳥達も徐々に落ち着きを取り戻してきた。
「今のはだいぶ大袈裟にしたけど、お前が彼らに向けているものと同じだ。こっちが心を開かない限り、彼らは心を開いてくれない」
「そっか。別に無理やり捕まえる必要はないんだね」
 今までは捕まえなくてはと躍起になっていたが、向こうからきてもらえば、この修行は成功といえる。
「大変だぞ。一度警戒心を持った野生動物は、そう簡単に心を開いてはくれない」
「そうだね。でもオレ、頑張るよ。アリスの役に立ちたいし、早く空も飛びたいからね」
 頭の後ろで両手を組み、にししと笑うと、ボレアリスも微笑む。
「次に私が来た時にここを発つから、それまでにクリアしておけよ?」
「了解!アリスも頑張ってね」
 とルクバットもボレアリスを励まし、彼女を見送る。
「よーし。頑張るぞー!」
 気合いを入れ直し、ルクバットは再び修行に取り組んだ。


     †


 やっぱり、来て正解だったな。
 洞窟から抜け、安堵のため息をつく。
 あれだけ言っておけば大丈夫だろう。あとは……。
 洞窟を抜けてすぐに足を止め、近くの木の枝に座っている人物を見る。
「お前はそこで何をしているんだ?」
 その人物は何を言うでもなく、木の葉を揺らして下へ降りてきた。
 グラフィアスだ。
「何をしようが、俺の勝手だろう」
 ボレアリスを父の仇と言いながら、蒼竜との一件以来、一度も刃を向ける事はなく、一定の距離を保ったまま付きまとってくる。
「何でもいいが、あの子の邪魔だけはするなよ?」
「何だ?あの小僧をやれば、お前は俺に本気になってくれるのか?」
「死が望みなら、今ここで叶えてやるけど?」
 グラフィアスの挑発に挑発で返すボレアリス。
 数秒ほど、二人の間に殺気立った時間が流れるが、先にグラフィアスがそれを消した。
「安心しろ。自分より弱い奴には興味無い。次にお前に刃を向けるのは、一度だけだ。……覚悟しておけ」
 そう告げて、彼は林の中へと戻っていく。
 ボレアリスは、その背中が見えなくなるまで見届けた後、自分の宿へと戻った。
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