駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ

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第三章 追放令嬢リュドミラ

第六十八話 復讐は終わりました

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 ミナヅキたちが魔物との戦いに決着をつけた頃、レギーナは王宮に来ていた。
 戦いの真っ最中故に、兵士たちが右往左往しているそのドサクサに紛れ、難なく彼女は王宮に入ることができてしまった。そして勝手知ったる場所と言わんばかりにスタスタと歩き、ロディオンがいるであろう彼の部屋へ向かう。
 レギーナはこの後訪れるであろう展開に、頬が緩みっぱなしであった。
 今朝はきっと、リュドミラのせいで機嫌が悪かっただけだ。今頃は頭を冷やして落ち着きを取り戻しているに違いない。
 さぞかし後悔しているだろう。気が動転するあまり、婚約者である自分の手を振り払ってしまったことを。そして今頃彼は、どうやって自分に対して謝るか、必死に策を練っているに違いない。

(そこに私が赴き、全てを許す心の広さを、あの方に見せつけてやるの!)

 レギーナの中で、バラ色のシナリオが展開されていた。
 王子様と結ばれるヒロインとして、最高のエンディングが待っている。後はそこに突っ走っていくだけだと。
 そして遂に、レギーナはロディオンの部屋に到着した。
 彼はちょうど目覚めたところだったらしく、まだ形式上は婚約者のままであるレギーナの面会は、すんなり通された。
 意気揚々と扉を開けたレギーナに待っていたのは――地獄だった。

「キサマぁ! よくもノコノコと俺様の前に姿を晒してくれたもんだなぁ!!」

 ロディオンはレギーナの顔を見た瞬間、怒り狂い暴れ出した。
 手あたり次第に物を投げつけ、怯える彼女の手を掴み、ベッドに放り投げる。そして自らもベッドにダイブ――レギーナの上にドサッと馬乗り状態となり、赤黒く染まった表情で、拳を思いっきり叩きつける。
 レギーナは反応ができなかった。
 一体彼はどうしたのか、何故そんなに怒っているのか、どうして自分に激しく乱暴してくるのか。
 怖いとか逃げるとか、そういう感情をもはや通り越してしまっていた。
 意味が分からない――ただそれだけの言葉が、レギーナの頭の中をグルグルと駆け巡っている。
 打たれる感触、切られる感触、そして引き裂かれる感触――その全てが、彼女を更なる混乱の渦へと導く。

「ロ、ディオ……さ……や、やめて……」

 虚ろな目で見上げるレギーナ。その目の前には、瞳孔が開いた笑みとともに、両手を掲げ、魔力を生み出している彼がいた。

「――沈め」

 その一言とともに、部屋の中で凄まじい爆発音が響き渡る。
 部屋の前にいた見張りも飛び込んできたが、咄嗟に反応したロディオンが、魔法で見張りを思いっきり吹き飛ばす。このままでは太刀打ちできない――見張りはそう判断しつつ、応援を呼ぶべく駆け出した。
 時間にして数分――恐らく五分も満たない時間だった。
 しかしそれは、レギーナを奈落の底へ徹底的に叩き落とすには、十分過ぎるほどの時間であった。
 見張りが他の兵士たちを連れて戻って来たそこには、ボロボロの状態で痙攣しているレギーナの姿があった。そして――

「あぁん? んだよ……テメェらもブチのめされてぇってのかぁ?」

 ギラッとした鋭い視線が飛び込んできた。兵士たちは戦慄する。これがあの、優しくて勇敢だと言われているロディオン王子なのかと。
 ロディオンは再び魔法を放つべく、両手に魔力を宿し始めた。しかしまだ完全に回復しきれていなかったため、魔力切れを起こしてその場に倒れてしまう。
 なんとか危機は脱した。しかしダメージは色々な意味で大きかった。
 メイドを呼び、レギーナに傷の手当てを施す。その間も、ブツブツと呪文の如く小声で何かを呟いており、メイドは涙目で恐怖を味わいながら、震える手で必死に包帯を巻いていた。
 そして粗方治療を終えた瞬間――

「やはり、あの女の存在が、全ての元凶……ヒヒッ」

 正常とは程遠い笑い声をあげたかと思いきや、レギーナはスッと立ち上がり、そして勢いよく部屋を飛び出していった。
 メイドはすぐに動けなかった。恐怖で張り詰めた中、突然過ぎる行動を起こされたことにより、全く反応ができなかったのだ。
 ――ようやく恐怖から解放された。
 その気持ちがなかったと言えば、それはウソになるだろう。

「ヒヒヒヒヒ――」

 レギーナは不気味な笑い声を出しながら、王宮の中を走っていた。
 幸か不幸か、近くを兵士たちが通りかかることもなく、どう見ても異常としか思えない彼女を捕らえようとする者は、誰一人としていなかった。

(あの女の気配がする……間違いなく近くにいるわ!)

 理屈がどうとかではない。どうしてそれが分かるのかも分からない。しかし間違いなくいる。忌まわしき姉だった女が、この王宮のどこかにいる。
 レギーナはそう確信していた。同時に再び、恨みの気持ちがこみ上げてくる。

(ロディオン様がお怒りになられたのも、私がこんな目にあったのも、全てはあのリュドミラのせいよ! あの女がここにいるから、ロディオン様は正常を保っていられないんだわ! そうよ、そうに違いない!)

 見事な逆恨みを募らせつつ、レギーナは走り続ける。そしてたまたま、兵士たちが話している言葉を聞いてしまったのだった。
 ――リュドミラのお嬢が、裏庭で魔物と戦い、国の危機を救ったらしい。
 ――凄いな。自分勝手すぎるレギーナの嬢ちゃんとは、段違いってもんだぜ。
 楽しそうに話ながら兵士たちが歩いていく。物陰に潜んでいたレギーナは、無意識に歯をギリッと噛み締めていた。

「なんであの女が……ヒロインはこの私だというのに……やはりこのバグは、私自身で綺麗に修正してやる必要があるわ!」

 レギーナは再び走り出した。目指すは裏庭。何度もお忍びで王宮に来たことがあるため、建物の構造は全て彼女の頭にしっかりと入っていた。
 その目的は、いついかなる時でも、ロディオンに会うためというのは、もはや言うまでもないだろう。
 そして――今に至る。
 邪魔な外野を拘束魔法で抑え、レギーナはリュドミラと対峙していた。

「この私自らの手で、お姉さまを葬って差し上げますわ♪」

 両手に膨大な魔力を宿すレギーナに、リュドミラは戦慄する。もはや穏便に済ませるのは不可能だと思いながら。


 ◇ ◇ ◇


「くそぉっ、全然動けん!」

 がんじがらめ状態のミナヅキは、試しに体を動かそうとしてみる。しかし辛うじて手首と足首が動く程度で、倒れた体を起き上がらせるのは不可能に等しい。
 それは、アヤメもラスカーも同じくであった。

「私たちを拘束したのも、復讐の邪魔をさせないため……かしらね?」
「恐らくは」

 アヤメの言葉に、顔をしかめながら答えるラスカー。彼もまた、なんとか脱出を試みているが、文字どおり手も足も出せない状態であった。

「全く持って不覚です。あそこまで魔力の気配を消した上で、これほどの強力な魔法を放つとは……」
「つまり、レギーナの実力もまた、相当なレベルだったってことになるわね」

 アヤメの言うことは正しい。目の前で膨大な魔力を披露しているレギーナの姿を見れば、嫌でもそれが理解できてしまう。
 ミナヅキは焦りを募らせた表情で、リュドミラに視線を向ける。

「こりゃあ、ちょっとヤバいんじゃないか? さっきもここで戦ったばかりだ。リュドミラの魔力も、まだ全然回復しきれてないだろ?」
「えぇ。もっともレギーナもレギーナで、万全の状態とは思えないけど」
「……言い得て妙だな」

 アヤメの言葉にミナヅキは納得する。いずれにしても、こうして身動きが全く取れない以上、自分たちにできることは何もない。
 頼むからなんとか乗り切ってくれ――そう願うミナヅキに、リュドミラがチラリと視線を向ける。
 そして――ニッと強気に笑い、そのまま再びレギーナに視線を戻す。

「レギーナ。もうアンタには、何を言ってもムダみたいだね」
「私のすることはたった一つだけです。それ以外に考えることはありませんわ」

 淡々とやり取りをする姉妹に、一筋の風が吹く。二人の間に一枚の枯葉が通り過ぎた瞬間――二人は同時に地を蹴った。

「――ふっ!」

 繰り出される魔弾を躱し、リュドミラは魔力を宿した拳で迫る。しかしレギーナは涼しげな笑みのまま、それを堂々と真正面から迎え撃つ。そう来ると思っていたと言わんばかりに。

「はぁっ!」

 リュドミラはレギーナの顔面を目掛けて、思いっきり拳を叩きつける。しかしその拳は、見えない壁のような何かに阻まれてしまった。
 すぐに距離を取りつつ、リュドミラはそれが何なのかを察する。

「魔力による防御壁……あらかじめ仕掛けてたんだ?」
「えぇ。この私が何の策もなしに、お姉さまの攻撃を受け止めるとでも?」
「まさか!」

 明らかに挑発を交えていたレギーナの言葉に、リュドミラはどこか楽しそうに笑いながら、短剣を抜きつつ駆け出した。
 リュドミラの魔法剣とレギーナの魔法が交錯する。凄まじい爆発でリュドミラが吹き飛ばされ、その着地点に魔法が撃ち込まれた。
 しかしリュドミラはそれを慌てることなく、軽やかな動きで躱し、そのまま勢いよく前方へ駆けだしていった。そしてレギーナもまた、冷静な笑みを保ったまま駆け出していく。
 二人の動きは止まらない。戸惑いもなければ、下手な駆け引きも一切ない。
 皮肉にも二人が姉妹だからだろう。特に考えなくとも、互いが互いにどんな魔法を使い、どんな動きをするのかが分かってしまう。
 レギーナは忌々しく思うあまり、いつかは倒す相手として見なしていた。そしてリュドミラもまた、追いかけてくる妹に脅威を覚え、いつかは対立するライバルと思っていたこともあった。
 これも、互いが互いに心の中でひっそりと思っていたことに過ぎない。
 だから二人とも、そのような考えが互いに秘められていることを全く知らない。
 それは恐らく一生変わらないのだろう。この戦いにおいても、二人は互いに相手のことを理解しようとする気持ちは、全くないのだから。
 忌々しいからこの手で倒す。挑まれたからには本気で倒す。たったそれだけのことでしかない。

「くっ! 相変わらず忌々しいですわね! けれど……これならっ!!」

 レギーナは瞬時に発動する魔法を切り替える。魔弾ではなく地面に大きな魔法陣を生み出した。
 リュドミラとアヤメは、それが何なのかを瞬時に悟る。レギーナの足元から飛び出した鎖が、立派な答えとなって出てきた。
 そして――

「えっ?」

 レギーナは思わず目を見開いた。なんとリュドミラも同じように、自身の足元に魔法陣を展開し始めたからだ。
 同じ魔法で対抗しようとしていることはよく分かる。しかしそれは悪手だ。明らかにレギーナのほうが先に発動しており、仮に同時に放ったとしても、その魔法の強度の差は明らかだ。

(勝ったわ!)

 そう確信したレギーナの表情は、みるみる笑みに切り替わっていく。

「オーッホッホッホッ! 捕らえてじわじわと痛めつけて差し上げますわ!」

 叫びながら勢いよく拘束魔法が放たれる。同時にリュドミラからも、拘束魔法が解き放たれた。
 拘束する鎖の多さは、圧倒的にレギーナのほうが上。このままでは間違いなくリュドミラの魔法が打ち破られると、殆どの者がそう思っていたが――

「なっ!?」

 リュドミラの鎖がレギーナの鎖を打ち破る。それもいとも簡単に。そしてそれはそのまま、レギーナの体に纏わりつき――締め上げられた。

「がはぁっ! ど、どうして私の魔法が……」

 がんじがらめにされて、地面に倒れ込むレギーナ。疑問に対する気持ちが強く、痛さを感じている場合ではなかった。
 そんな彼女に対し、リュドミラは小さく息を吐きながら言う。

「そう難しいことじゃないよ。これがあたしの実力だった。それだけの話だよ」

 確かにレギーナの魔法も見事ではあった。流石は魔法学院で、好成績を残しているだけのことはあると。
 だがそれでも、リュドミラには一歩及ばない。
 どれだけ勢いをつけても、彼女は常にその先に立っていた。そしてそれは、今でも変っていなかった。
 たった一歩。それがどれほどの絶望的な差なのか。それをレギーナは、改めて見せつけられてしまったのだった。

「うっ……!」

 リュドミラも流石に力を使い果たしたらしく、その場にドサッと座り込む。物陰に避難していた魔物が慌てて飛び出し、リュドミラの元へ向かう。

「きゅーっ!」
「あぁ、心配させてゴメン。大丈夫だからねー」

 力のない笑みで、リュドミラは魔物に語り掛ける。大丈夫とは言い難いことが分かるらしく、魔物は依然として、心配そうに見上げていた。

「――あ」

 ミナヅキは思わず声を上げる。自身を縛り付けている鎖が、粒子となって消えだしたからだ。

「拘束魔法の効力が切れようとしているわ。これでようやく終わりね」

 アヤメも安堵の息を漏らす。レギーナとの戦いに決着がついた――ミナヅキたちが本気でそう思っていた矢先のことだった。
 ――バリィンッ!!
 なんとレギーナを拘束していた鎖が、あっという間に破壊されてしまった。
 そして彼女の頭上に、魔力で生成された鋭い杭が出現する。

「ふ、ふふ……あらかじめ魔法具を仕込んでいて正解だったわ」

 地面に生えずるような恰好のまま、レギーナは歪んだ笑みを浮かべる。それに対してリュドミラも、悔しそうにギリッと歯を鳴らした。

「やられた。最後の最後で、一本取られた!」

 そう、レギーナは予測していたのだ。リュドミラが未だ、自分の一歩先を行っているであろうことを。
 だから保険をかけておいた。同じ拘束魔法で勝負し負けた場合、本来なら数分は解けることがない魔法を数秒で解除されてしまう――そんな魔法具を、あらかじめ仕込んでいたのだ。
 流石のリュドミラも、こればかりは予測できていなかった。
 レギーナの溢れんばかりの執念深さを、最後の最後で読み外してしまった。

「この……ぐぅっ!!」

 立ち上がろうとしたリュドミラ。しかし一気に体中が悲鳴を上げ、その場に再び倒れ込んでしまった。
 やはり彼女は限界を超えていたのだ。もう回復するまでは体を動せない。
 しかし、今動かなければどうにもならない。だから動かそうとするが、体は全くいうことを聞いてくれなかった。
 そしてそれを、レギーナもしっかりと察していた。

「うふふ♪ サヨウナラ、お姉さま♪」

 レギーナが指を前方に伸ばした瞬間、杭は勢いよく飛び出す。

「リュドミラーっ!!」

 アヤメが叫ぶと同時に、ミナヅキたちの拘束も完全に解かれた。リュドミラを助けるべく、無我夢中で飛び出そうとするミナヅキとアヤメ。
 しかしその時――ミナヅキの視界に、脇から素早く飛び出した影が見えた。

「……えっ?」

 ズブッ――貫く音が聞こえた。
 そしてリュドミラの目の前には、杭に体を貫かれたラスカーの姿があった。

「お、お嬢様……ご無事で……ごぼっ!」

 魔力の杭が消滅し、ラスカーは大量の血を吐き出しながら倒れる。まさかの展開にレギーナは表情を歪ませた。

「ぐぅっ、またしても邪魔が! 次の一発で今度こそ……っ!!」

 再び魔力の杭を生成しようとした瞬間、レギーナの視界が揺らいだ。今の一発で魔力を使い果たしてしまったのだ。
 レギーナはそのまま、地面に倒れて気を失ってしまう。

「じ、爺や……何で……」

 リュドミラは声を震わせる。目の前で血が水たまりの如く、どんどん広がっていくのが見えていた。

「お嬢様……ご無事で、なによりです」
「いいから喋るな! 待ってろ! 早く手当てを……」

 慌てて駆け寄りながら、ミナヅキが叫ぶ。しかしラスカーは、ミナヅキに対して弱弱しく、ゆっくりと首を左右に振った。
 そしてラスカーは、再びリュドミラに視線を向ける。

「お嬢様……私の復讐は、終わりました。最後にこうして……お嬢様をお守りすることができて本当に……良かった」

 ラスカーは笑っていた。もう心残りは何一つないと言わんばかりに。

「あなたはもう、大丈夫です。私のような……爺やが、いなくとも……」

 そしてリュドミラに向けて手を伸ばし、彼女の頬に触れる。溢れ出るリュドミラの涙を、すくいあげるように。

「この私が自信を持って、保証いたし……ますぞ……」

 パタッ――と、触れていた手が地面に落ちた。ラスカーは目を閉じ、実に穏やかな笑顔を浮かべていた。

「爺や……いやぁ、爺やぁ……」

 大粒の涙を零しながら、リュドミラは呼びかける。しかしもう、彼が目覚めることは永遠にない。
 ミナヅキも悔しそうに目を閉じ、アヤメも口元を手で抑えながら嗚咽する。魔物はよく分かっていないのか、不安そうな表情を浮かべつつ、ミナヅキたちの表情を交互に見渡していた。

「こんな……こんなことって、アリなの?」

 震えながら問いかけるリュドミラに、答える声は出てこなかった。
 冷たい風が吹きつけ、落ち葉の転がる音と木の葉の揺れる音が、やけに強く聞こえた気がした。


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