駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ

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第三章 追放令嬢リュドミラ

第六十話 港に集う

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 夜明けの太陽は一段と眩しい。そして一気に目を覚まさせてくれる。まさに一日の始まりを告げる象徴だ。
 中心街は既に、学生たちの姿で賑わっている。ざっと見渡しただけでも、明らかに冒険者よりも多いくらいであった。

(もはや学院が治めている国って感じだな……まさに魔法学院都市ってヤツか)

 港に向かう道を歩きながら、ミナヅキはしみじみと思った。
 魔法学院がメドヴィー王国の代名詞である以上、この考えは決して間違っていないだろうと。
 振り返ってみると、大きな学院の建物がよく見える。
 フレッド王都にも学校は存在しているが、メドヴィー王都の魔法学院ほどの大きさはない。むしろ魔法学院が大きすぎるといっても過言ではないのだが。

(まぁ、そんなことよりも――)

 ミナヅキは考えを切り替えつつ、ポケットに入れていたメモを取り出す。

『僕も同行していると、面倒なことになりかねないからここでお別れ。説明するなりなんなりお好きなようにどーぞ。――ラトヴィッジ』

 そこにはそう書かれていた。目が覚めたら姿を消しており、テーブルの上にこれが置かれていたのである。
 宿賃は二人分を前払いしてくれていたため、ミナヅキは問題なく宿を出れた。
 まだどこかにいるかもと一瞬考えたが、彼の神出鬼没さを思い出し、探したところで時間を浪費するだけだという結論に至った。

(礼の一つくらいは、改めてちゃんと言いたかったな)

 助けてくれたことに加えて、服と宿の世話にまでなってしまった。なのに何も伝えずに別れるのは、流石に忍びなく思える。
 もっともこれはこれで、ラトヴィッジらしいとは思えていたが。

(まぁ、いいや。今度どっかで会ったときにでも言おう)

 当然ながら、会える保証なんてどこにもない。しかし今回のように、奇跡的な再会を果たすこともあり得るのだ。
 しかしあくまで、彼とは住んでいる世界が違うのも確かだ。
 今度会ったときは敵同士――その可能性は大いにあり得るだろう。そうなったらなったで仕方がないと、気持ちも割り切っている。
 だがそれでも、ミナヅキは思う。

(久々にアイツと話したの、なんか結構楽しかったな)

 何だかんだで腐れ縁は断ち切れない。たとえどれだけ色々な意味で離れてしまったとしても、決して切れないモノもあるのではないか。
 本当になんとなくではあるが、ミナヅキはそう感じてならなかった。

「お、港が見えてきたな」

 ――ボオオオォォーーーッ!!
 大きな汽笛が鳴り響く。ちょうど船が港に入ってくるところであった。
 それは間違いなく直行便であった。フレッド王都の港で、何回か見たことがある形をしていたため、その正体はすぐに分かった。
 船着き場に停まった船から、次々と乗客が降りてくる。その中でミナヅキは、探していた二人を見つけた。

「おーい。アヤメー、リュドミラー!」

 ミナヅキは思いっきり手を振りながら、大声で呼びかける。それに気づいた二人は驚きのあまり、思わず階段形式のタラップから転げ落ちそうになった。
 やがて二人は急いで船から降り、ミナヅキの元へ駆けよる。

「ミ、ミナヅキっ!? アンタ、どうして……」

 アヤメが動揺しながら手を伸ばしかけたその瞬間、突如表情を引き締め――

「むぅ?」
「あ、あのぉ、アヤメ……さん?」

 訝しげにジロジロとあらゆる方向からミナヅキを見定め始める。それが数秒ほど無言のまま続き、ミナヅキは居心地の悪さを覚え、リュドミラはアヤメの突然過ぎる行動にポカンと口を開けていた。

「うーん、見たところ本物っぽいわね。でも信じるにはまだ早いか……」

 じいぃっとミナヅキの顔を真正面から見上げながら、アヤメは小声で呟く。突如自分の目の前に現れた旦那が、実は偽物ではないかと疑っているのだ。
 再会していきなりかと思うかもしれないが、彼が消えた経緯と事情を知らないことを踏まえれば、そう思うのも無理はないと言えるだろう。

「ちょっと質問させてもらうわよ?」
「あ、あぁ……」

 ミナヅキは戸惑いながら頷く。するとアヤメは、人差し指をピッと立てた。

「アンタが私と初めて会った場所はどこ?」
「例の公園だな」

 ちなみに例の公園とは、彼らが高校を卒業した当日に会って話した、あの公園のことである。
 それだけ二人にとってあの公園は、とても思い出深い場所でもあるのだった。

「私がその時来ていた服は?」
「パーティドレスだな。確か家のパーティが嫌で逃げたんだったか」
「そのとおりよ。そこで私、アンタになんて言ったかしら?」
「えっと……なんだったかなぁ?」

 ミナヅキが後ろ頭をポリポリと掻く仕草を見せると、アヤメは半目になりながら不満そうな口調で言う。

「何よ? アンタそんなことも覚えてないの?」
「だってもう大分前の話じゃないか。確かあれは小二の時だったから……もう十年くらい前になるのか」
「えぇ、確かにそれくらいになるわね。ホント懐かしいわ」

 アヤメも思わず笑顔を見せる。疑いをかけて質問していたハズなのに、いつの間にか二人の思い出話と化してしまっていることに、果たして当の本人たちは気づいているのだろうか。
 少なくとも、未だ隣でポカンと呆けた状態を続けているリュドミラの存在を完全に忘れていることは確かであったが。

「思い出した! わたしをつれてにげて――だろ?」
「そうそう。覚えてるじゃない」
「いや、正直今の今まで忘れてたよ。そっか、そんなこと言われたっけかな」

 つまりその時既に、アヤメから駆け落ちしたいと言われていたも同然だったということになる。それが十年越しに実現された形にもなるため、ミナヅキはどうにも不思議な気持ちに駆られるのだった。
 するとここで――

「あのぉ、ところでミナヅキさんは本物ってことで良いんでしょーか?」
『――あっ!』

 恐る恐る手を挙げながら問いかけるリュドミラに、ミナヅキとアヤメは声を揃えながら気づく。
 そしてアヤメは、改めて彼を見上げながらニコッと笑みを浮かべた。

「どうやら間違いなく本物みたいね。無事で良かったわ――んっ」

 あまりにも自然な動きで、アヤメがミナヅキと唇を重ねる。一瞬、何が起きたのか理解できなかったリュドミラだが、やがてその行為の正体に気づいて――

「はわぁっ! こ、これが大人……夫婦の……はうぅっ!!」

 顔を真っ赤にして狼狽えるのだった。
 正直、今のミナヅキたちはかなり目立っていたが、既に港にいた乗客たちは町に向かっていて人気が少なくなっていたため、それほど見ている者もいなかったのは幸いなところであろう。

「――はぁっ。この感触……やっぱり最高の回復魔法ね♪」

 唇を離しながら、アヤメは満足そうに頷く。チロッと舌を出して唇を舐める、そんな艶めかしい彼女の反応に、ミナヅキは思わず苦笑を浮かべた。

「お前なぁ……いくらなんでもいきなり過ぎるだろ」
「むしろこんなのは序の口よ。こっちは物凄く心配してたんだからね?」
「あぁ。それはホント悪かったと思ってるって」

 目を逸らしながらむくれるアヤメを、なんとか宥めようとするミナヅキ。そんな二人の顔は、流石に少し赤く染まっていたのだった。
 するとここでミナヅキは、ようやくあることに気づいた。

「ところで、ラスカーさんは? お前たちと一緒に来たんじゃないのか?」
『――へっ?』

 ミナヅキの問いかけに、顔を赤くしていたアヤメとリュドミラが、揃ってマヌケっぽい声を出す。そして二人で振り向きながら周囲を見渡すも、確かにラスカーらしき人物は、どこにも見当たらなかった。

「おかしいわね……さっきまで後ろにいたと思ってたんだけど……」
「忘れ物でも取りに行ってるのかな?」

 リュドミラも首を傾げる。しかし数分経っても姿を見せず――

「乗客は全て船から降りたことを確認しました。これより船内清掃に入ります!」
「了解!」

 とうとうラスカーが降りてこないまま、船員は次の行動に移ってしまう。そのまま少し待ってみるが、やはり誰かが追加で降りてくる様子はない。

「ラスカーさん、どこへ行っちゃったのかしら……ちょっと探してみる?」

 心配そうに周囲を見渡すアヤメ。しかし――

「いや、それは置いておこう。言っちゃあなんだが、むしろ都合がいい」

 ミナヅキはしれっとそう言ってのけた。それを聞いたアヤメは、訝しげな表情を浮かべつつ振り返る。

「どうしたのよミナヅキ? それってどーゆー……」
「確かにそうだね。あたしも同感だよ」
「ちょっとちょっと! リュドミラまでどうしちゃったの!?」

 まさかリュドミラまで頷くとは思わず、アヤメは戸惑いを覚える。その気持ちも当然だとは思っているため、ミナヅキは軽く苦笑した。

「とりあえず、そこも含めてちょっと話そうぜ」

 ミナヅキは二人に移動を促す。指をさした先は港の片隅――そこは大きな倉庫が壁となっていて、目立たない場所となっていた。既に周りに人が少なくなっているとはいえ、流石に広場のど真ん中で話すというのは気が引ける。
 二人もそれを悟り、三人で港の端に向けて歩き出した。
 ここでアヤメが即座にミナヅキの隣へ移動し、彼の着ているマントをギュッと両手で掴み出す。

「ねぇ。ところでアンタ、本当になんともなかったの? てっきりどこかに閉じ込められてるモノだと思ってたけど……」

 心配そうに見上げるアヤメに、ミナヅキは軽く笑いながら頷いた。

「あぁ。たまたま近くに知り合いがいてな。ソイツに助けてもらったんだ」
「そうだったの。また凄い偶然があったのねぇ」

 ひとまず納得してくれたアヤメの様子に、ミナヅキは安堵する。
 流石にラトヴィッジの名前を出すことはできなかった。
 リュドミラはともかく、アヤメは数ヶ月前の一件について把握している。いきなりここで黒幕的存在と一緒だったことを話せば、まず間違いなく混乱したり酷く疑いを持ったりすることは避けられない。
 故に誰から、という点は意図的にボカしたのだ。それについて問い詰められなくて本当に良かったと、ミナヅキは安心していたのだが――

(その知り合いって誰なのかしら? 明らかに伏せている感じもするし……)

 アヤメも心の中では、しっかりと感づいていたのだった。伊達に妻として一緒に暮らしてはいない。理屈抜きに分かってしまう部分も多いのである。

(まぁ、無事だったみたいだから良いわ。いつか改めて聞かせてもらうからね)

 そう心の中で呟きながら、アヤメはミナヅキのマントを持つ手を、更にギュッと強めるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「ふーん。じゃあ私たちが船に乗ったときには、もう助け出されてたのね」
「まぁ、そんな感じかな」

 港の片隅に移動し、倉庫の壁を背にして座りながら、ミナヅキは改めて連れ去られてからのことをアヤメたちに話した。
 無論、ラトヴィッジの名前は一切出さずに。

「……なんだか心配して損したわ」
「それはスマンかったな」
「でも良かったわ。何事もなかったのはなによりね」
「あぁ。心配かけちまったことは、本当に悪かったと思ってる」
「アンタは何も悪くないわよ。私たちだって、それこそ何もできなかったし」

 本当に不覚だった。アヤメの中に、まだ悔しい気持ちは残っている。ミナヅキが無事だと分かった今でも、それは全く薄れていなかった。

「それで? ミナヅキもこっちで、色々と探ってたみたいだけど?」
「あぁ、そのことについてなんだがな――」

 ミナヅキは昨日一日で調べた内容と考察を、二人に話した。ラスカーが今回の件を仕掛けた張本人ではないか、ということも含めて。
 それを聞いたアヤメは、ただ驚きの表情を浮かべていたのだが――

「うん。それはあたしも少し思ってたよ」

 リュドミラは冷静かつ神妙な表情で頷いていた。

「あの状況からして、あたしもそれが自然だと考えてた。だから船の中でも、何か動き出すんじゃないかと思って、注意して見ていたんだけど……」
「何もなかったか?」
「……うん。オマケにどっか行っちゃうし」

 リュドミラはため息をつきながら、改めて船のほうを見る。やはりラスカーらしき姿は、どこにも見当たらないままであった。

「でも、あたしが王家の血を引いてるって言うのは、ちょっと信じられないな」
「やっぱ知らなかったか」
「まぁね。あの父が知らなかったってのは、なんか納得できたけど。もしそれを知ってたんだとしたら、あたしを切り捨てるハズがないもんね」
「だよなぁ」

 肩をすくめながらもサラッと言い放つリュドミラに、ミナヅキも特に興味なさげな様子で頷く。そこに関して確認こそしたいとは思っていたが、二人とも本気で興味がないことも確かであった。
 そしてそこは、アヤメも同じであり、さっさと次の疑問を投げかける。

「でも、それならどうしてラスカーさんは、リュドミラを狙ってたのかしら?」
「あくまでこれも、俺の推測に過ぎないんだが――」

 ミナヅキは前置きした上で言った。

「ラスカーさんは恐らく、前の王家の血を引いてる人物だ」
「――えっ!?」

 アヤメが驚きながら振り向く。リュドミラも声こそ出していなかったが、どこかで想像はしていたらしく、顔をしかめていた。

「家族だった先々代国王の無念……それを晴らそうとしているのかもしれん。最後の直系であるリュドミラを、正式な王家にすることでな」
「でもそれなら、ラスカーさんが自分で――あ、もしかして傍系?」

 疑問に思っていたアヤメは、話しながら一つの可能性に辿り着いた。王家の血といっても、あくまで遠い親族というだけに過ぎなかったとしたら。

「本当は自分の手で王座を取り返したいけど、傍系の自分よりも直系のリュドミラのほうがふさわしい……みたいな?」

 アヤメが恐る恐る問いかけると、ミナヅキが小さく笑った。

「あのラスカーさんなら、それくらい考えそうだと、俺は思うんだがね」
「うん。あたしもそう思ってた」

 リュドミラも迷いなく同意する。堂々かつ淡々と続ける二人に、アヤメは疲労を込めたため息をついた。

「……なんかすっごい話が立て続けに出てきて、ちょっと混乱してきたわね」
「そうか? 割と分かりやすく話したつもりなんだが」
「そーゆー問題じゃないわよ。まぁ、とにかく……」

 軽くツッコミを入れつつ、アヤメは話を要約することにした。

「ラスカーさんが自分の復讐に、リュドミラを利用するつもりだった……そーゆーことでいいのよね?」
「あぁ、簡単に言えばな」

 言い方はあまり良くないかもしれないが、ミナヅキからすれば、特に訂正の必要性はないと思った。
 そもそも自分も巻き込まれているクチであるため、援護する気は全くない。

「そう考えてみると、ラスカーさんがアレクサンドロフ家の執事になったのも、その計画の一つだったのかもしれんな」
「全てはあたしが狙いだったってことね。あたしの専属世話係も含めて」
「恐らくな」

 たとえどんなに痕跡を消しても、王家の直系であるという事実を完全に消し去ることは不可能。伝手を使って少し調べれば、すぐに分かることだろう。リュドミラとその実母に辿り着くのも、何ら不思議なことではない。

「どちらにせよ、張本人に直接聞いて、確かめてみるしかないわね」
「そうだな。推測ばかり並べてても仕方ないし……そろそろ動いてみるか?」
「えぇ」

 ミナヅキの言葉に、アヤメが強気な笑顔を見せる。そして二人が勢いよく立ち上がったその時――

「ゴメン。その前にちょっといい?」

 リュドミラがゆっくりと立ち上がりながら、待ったをかけた。そして船着き場の方角に視線を向ける。

「いい加減隠れてないで、そろそろ出てきたらどうなの?」

 強めの口調でリュドミラが呼びかけると、角から一人の青年が姿を見せる。とても質の良い服装に装飾品は、どう見ても平民や冒険者ではない。
 そしてなにより青年の顔立ちは、ミナヅキとアヤメも見覚えがあった。
 ――つい先日、新聞記事で見たばかりという意味で。

「随分とお久しぶりですねぇ――ロディオン王子?」

 リュドミラが冷たい声でそう呼びかけると、青年ことロディオンは、厳しい表情で睨むように見据えてきた。


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