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39 聖女は捨てられ、そして暴走する

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 やがて聖なる魔力のオーラが収まり、ミッシェルはやり遂げたと言わんばかりに清々しい笑みを浮かべた。

「――ふぅ。これで大成功っと♪」
「何が『大成功』だ! この大バカ聖女がっ!!」

 しかしセオドリックの怒鳴り声によって、晴れやかな気持ちが一瞬にして吹き飛んでしまう。
 ミッシェルが戸惑いながらゆっくりと振り向くと、これまで見たことがないような怒りの形相で、彼はまっすぐ近づいてくる。
 そして思いっきり、彼女の胸ぐらを掴み上げてきたのだった。

「よりにもよって、敵まで回復させるヤツがどこにいるっ! 折角の有利な状況が振り出しに戻ったではないか!」
「え、えぇっ?」

 大きな声で怒鳴り散らすセオドリックに、ミッシェルはどう反応すればいいのか分からない。
 まごまごしている間にも、彼の表情は段々と怒りで歪んでくる。
 それがなんとも恐ろしく見えてしまい、恐怖から目に涙が浮かんできた。

「でもでも、わたしは一生懸命頑張って――」
「バカモノおぉっ! 頑張ればいいってもんじゃないだろうが!」
「ひぃっ!」

 再び怒鳴り散らされ、ミッシェルは委縮してしまう。しかしセオドリックは、彼女を介抱する素振りを見せない。むしろ掴む手をより強めてきていた。

「やはりお前みたいなお花畑女を泳がせていたのは、大きな失敗だったな」
「え? お、おはな……えっ?」
「もう私はお前のことなど知らん! 今すぐどこへでも失せてしまえ! 足手まといを守ってやる余裕は、一ミリもないのだからな!」

 ビシッと人差し指を突きつけながらセオドリックが宣言する。現在も戦いの真っ最中なのだが、彼の異常なる空気にやられ、双方ともに手と足を止めた状態で、呆然と見守っている状態であった。
 気づいていないのは、当の本人たちだけである。

「そんな……ひ、酷いですっ!」

 ミッシェルは杖を抱きしめつつ、目に涙を浮かべた。

「ちょっと失敗したくらいで、そんなに怒ることなんて……」
「どこが『ちょっと』だ! 少しは現実を見ろ! お前のせいで、全てが悪い方向にひっくり返った! 責任も取れないくせして私に馴れ馴れしくするなっ!」
「セ、セオドリック様……」
「所詮は魔法具を使わなければ、まともに聖なる魔法も使えない程度だ。この戦いが終わったら、父上に進言してお前を聖女の役目から外す。もう二度と帝国の敷居を跨げないと思っておけ」

 ミッシェルの言葉など聞く価値もない――そう言わんばかりに、セオドリックは一方的に告げるだけ告げ、低い声で傍にいる兵士に「おい」と呼びかける。

「この女を連れて引っ込ませておけ」
「はぁ……しかし、大人しくするでしょうか?」
「多少の手荒は私が許す。死なせさえしなければな。武士の情けというヤツだ」
「――はっ! さぁ、そーゆーワケだ。こっちに来てもらおうか!」

 兵士が敬礼し、早速ミッシェルを連れて行こうと腕を掴む。しかし彼女は、俯いたまま微動だにしなかった。

「ウソよ……こんなの絶対にウソ、あり得ないよ」
「ん? 何をブツブツ言っているんだ? いいから早くこっちに……」
「放してっ!」

 ぱしぃん、と景気のいい音が鳴り響く。まんまと手を振り払われた兵士は、素直に驚きを隠せなかった。聖女にこんな力があったのかと。
 しかし当のミッシェルは、俯いたままブツブツと呟いていた。

「これはきっと悪い夢。あんなに優しいセオドリック様が怒鳴るなんて、夢を見ているに違いない。だったら……早く目覚めなくっちゃ!」

 そして顔を上げ、両手で杖を高らかに掲げるのだった。

「聖なる魔力よ――この悪い夢を、全部ぜぇーんぶ、綺麗に吹き飛ばしちゃえ!」

 杖に仕込まれたオーブが、彼女の腕に装着された魔法具が、彼女の体内に元から存在している魔力に大きく共鳴していく。それがわずかに残った聖なる魔力を扱う力に溶け込んでいった。
 完全に開き直ったからなのか、それとも彼女の頭の中が、完全に空っぽになったからなのか。
 ミッシェルは膨大な聖なる魔力を巻き起こしていた。
 しかしそれは、まるで台風の如く激しい風の渦を巻き起こしている。とてもじゃないが聖女で来ているようには見えなかった。

「バカ! ミッシェル止めろ! 味方も吹き飛んでいるじゃないか!」
「あははははっ、悪い夢もしつこいなぁ♪ もっともぉーっと、聖なる魔力をたくさん出さないとだねぇ。それそれそれそれそれええぇっ!」

 彼女の笑い声に応えるかの如く、聖なる魔力の風は更に威力を増していく。
 もう何も考えられない。ただ流れに身を任せているだけとなっていた。そしてそれが皮肉にも、聖なる魔力を呼び覚ます力と化していた。
 自身の中にあるリミッターが解除された今、彼女はコントロールを制御する術を全く持っていない。
 だからこそ聖なる魔力が、ここにきて膨大な量を巻き起こせているのだ。
 もっとも、誰も望んでいない形ではあるが。

「や、止めろおおおぉぉーーーっ!!」
「あははははははは、あーっははははははははっ♪」

 セオドリックは渾身の叫びを放つも、聖女の愉快そうな笑い声に、見事かき消されてしまうのだった。

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