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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

248 それぞれの帰還

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 クラーレとユグラシアが、それぞれ帰還することとなった。
 そのためには転送魔法の設定が必要であり、それを扱えるメイベルの協力が現時点では必要不可欠となっていた。それを聞いたメイベルは快く引き受け、母親を見送る意味で、アリシアも同席させてもらっていた。
 人払いを済ませた演習場の中心に、仕上げられた二つの魔法陣が展開される。

「――できました。いつでもお二人を転移させることができます」
「うむ。ご苦労であった。突然こんなことを申しつけて済まなかった」
「いえいえ」

 学園長の言葉にメイベルは手をパタパタと振る。

「今回ばかりは、無暗に人には言えないことだらけですから。ましてやユグラシア様が来ているとなれば、大騒ぎになっちゃいますよ」
「……理解が早くて助かる」

 重々しい表情で学園長は頷く。その傍らでは、付き添いで来ていたアリシアが、ユグラシアとの別れの挨拶をしていた。

「それじゃあお母さん。また今度の長期休暇には帰ってくるから」
「新しい研究室でも頑張りなさいね。応援しているわ」

 母娘二人が静かに抱き合う。その姿をクラーレは微笑ましそうに見守り、やがて視線を学園長に向ける。

「では、そろそろワシらはお暇させてもらうよ」
「――はい」

 学園長は背筋を正し、そして真剣な表情とともに頭を下げる。

「クラーレ殿、そしてユグラシア殿。此度は我が身内の騒動に巻き込んでしまい、本当に申し訳ございません」
「お気になさらないでください。娘たちもこうして無事だったのですから」
「そのとおりじゃ。ワシらへの謝罪はもう十分。それよりも、学園のことをしっかり考えていくほうが大事じゃろうて」
「……ありがとうございます」

 学園長は改めて深々と頭を下げた。

「今回の一件で、理事という存在が失われました。そのことについては、我が生徒たちにも通達されており、数日間の臨時休校という形にしました」
「その間に、地下の研究所をどうにかすると?」
「えぇ」

 問いかけたユグラシアに、学園長はしっかりと頷く。

「あれだけの研究室を閉鎖するのは、流石に勿体ない。新たなヴァルフェミオンを築き上げる上でも、立派に有効活用するべきだと私は思っております」
「それはワシも納得できるが、そのためには地下にいた者たちをどうにかせねばならんじゃろう?」
「そこもちゃんと考えております。実は既に教頭に指示を出し、秘密裏に動かさせているところなのですよ」
「ホッホ、これはまた仕事が早いのう」
「学園長として、当然のことをしているまでです」

 胸を張って堂々と言い切ってこそいるが、内心ではかなりの緊張が走っていた。
 クラーレは知らないことだが、宮廷魔導師として名を馳せていた彼を、学園長は途轍もなく尊敬している。ともすればユグラシアよりも、雲の上的な存在として見なしているとすら言えるほどだ。
 そんな人物を学園の騒ぎに巻き込んでしまった。申し訳ないを通り越して恐れ多いという気持ちを、なんとか抑え込みながら話しているのだった。

「無論、新たな理事もすぐに迎える所存です。今回のような出来事は、二度と起こさないよう心がけていきますよ」
「――その言葉が真実であることを、願っておるよ」
「娘の母として、私からもお願いしますわ」

 クラーレとユグラシアから、揃って頭を下げられる。学園長は内心で思った。これは本当に有言実行をしなければならないと。
 今度つまらないミスをしようものなら、どうなるか分からないと。
 それほどまでの強いプレッシャーを感じながら、学園長は姿勢を正す。

「必ずや、貴方がたのご期待に応えてみせましょう!」

 そしてユグラシアとクラーレは、それぞれセッティングされた魔法陣に乗り、転移魔法によって帰還していく。
 アリシアとメイベルが手を振って見送るその後ろで、学園長がホッと胸を撫で下ろしていたのは、誰も知らないことであった。


 ◇ ◇ ◇


 一方、ここはシュトル王国――――
 ユグラシアたちよりも一足先に帰還したネルソンとエステルが、国王ジェフリーに報告をしていた。

「そうか……異世界召喚研究も、そしてサリアの姿も完全に消えたか」

 粗方聞いたところで、ジェフリーは満足そうに笑う。

「ご苦労だったな。誠に大義であったぞ」
「はっ! ありがたき幸せ」

 ネルソンが声を上げ、エステルとともに跪きながら頭を下げる。そんな二人に対して頷きながら、ジェフリーは言った。

「お前たちには特別報酬を与える。後で届けさせるから楽しみにしておくがよい」
「謹んでお受けいたします」

 落ち着いた声でエステルが答えた。しかし内心では、少しばかり驚いていた。

(まさか特別報酬をもらえるとは……予想外でしたねぇ)
(随分とまぁ、太っ腹なことしてくれちゃってんなぁ、国王サマはよぉ)

 いつもなら『ご苦労だった』と言うだけで、追加で何かくれたことなんて、今まで一度たりともなかった。恐らく今回も同じだろうと思いきや、まさかの展開に二人揃って戸惑わずにはいられない。
 これは何かの罠ではないか。追加報酬という名のミッションではないかと。
 しかしそれをここで直接問いただすのは、悪手もいいところだ。
 ジェフリーの言葉が言葉どおりであることを、ネルソンもエステルも、ただただ願うばかりであった。

「話は以上だ。下がりたまえ」
「はっ!」
「失礼いたします!」

 二人はサッと立ち上がり、直立不動の体制で声を張り上げる。そして颯爽と王の間を後にするのだった。
 大きな扉が重々しく閉じられ、国王一人だけの空間が出来上がった。
 その瞬間――

「フッ……ハハ、ハハハハハッ!」

 国王が抑えきれないと言わんばかりに笑い声を上げる。そして空を仰ぎながら、ネルソンたちよりも前に訪れていた『知人』との会話を思い出した。

「やはりライザックから聞いたとおりのようだな。サリアはこの世界から完全に消えたというのは……」

 十六年前の異世界召喚儀式が不完全であり、その魔力の効き目が切れて、サリアが異世界である地球に帰還した可能性が極めて高い。
 ジェフリーはライザックから、そう聞いていたのだった。
 それはすなわち、この世界から完全に姿を消したことを意味する。ネルソンたちはあくまで可能性の一つとして報告していたが、ジェフリーからすれば確証に変わった形であった。

(ライザックの言うことなら間違いあるまい。決して信頼はできないが、信用はできる男だからなぁ――ククッ♪)

 ジェフリーとライザックとの間に、何があったのか――それは当の本人たちにしか知り得ないことだ。
 少なくとも、彼はサリアがもうこの世界にいないことを信じ切っている。
 言えるとすればそれぐらいであった。

「遂に……遂に我が妻の無念が晴らせたか……フッ、フハハハハハ……!」

 大きな声で笑うジェフリー。周りに人がいないから大丈夫――という考えすら、もはやかなぐり捨てている状態であった。
 ちなみに、いくら大きな扉で閉ざされているとはいえ、防音が完璧であるという保証はどこにもない。
 扉の前で立ち止まる二人に聞こえていたとしても、何ら不思議ではないのだ。

「……なぁ、エステルよ?」
「なんでしょうかねぇ、ディオン?」

 表情を引きつらせながらも、二人の心の中には『哀れ』の二文字が浮かび上がってきていた。あの笑い声を聞いていると何故かそう思いたくなる――それが、二人の率直な感想であった。

「ありゃあ、止めたほうがいいのか?」
「いえ。そっとしておくのが一番だと思いますよ」
「そだな」

 未だ漏れ出てきている笑い声に対して、これ以上は聞かないふりをすることを決めつつ、ネルソンとエステルは肩を並べて立ち去っていくのだった。

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