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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

243 異世界転移装置

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 ネルソンとエステルは、気がついたら学園の中庭にいた。サリアの策略にまんまと嵌った二人は、地上に転移されたことに気づく。
 そこをたまたまディオンが発見し、再度思わぬ形での合流を果たすのだった。

「ハッハッハッ、そりゃまた災難だったもんだな」

 ネルソンとエステルから話を聞いたディオンが、愉快そうに笑い声を上げる。

「まぁ、相手が悪かったと思うしかないだろ」
「笑いごとじゃねぇぜ、ったくよぉ!」
「僕としたことが……してやられてしまいましたね」

 苛立ちと悔しさを隠そうともしない二人の気持ちは、ディオンもそれとなく分かる気はしていた。
 すぐにでも地下に駆け戻りたい――恐らくそう思っていることだろう。
 しかしそれは不可能であることも事実であった。

「まさか地下への入り口が存在しないとはなぁ」
「転移魔法でしか行けないとは……ここの理事も随分と徹底されてたんですね」

 ネルソンに続いて、エステルもあからさまに肩を落とす。いいところまで攻め込んでおきながら、一発で振り出しに戻されてしまったようなものだ。
 相手は卑怯な手を使ったわけでもない。用心していれば躱せた可能性は、十分にあり得ることだった。
 全ては、自分たちの浅はかさが招いたこと――二人はそう思っていた。

「なぁ。転移魔法具かなんかで、地下に戻ることはできねぇのかよ?」
「そうさせてやりたいが、恐らく無理だな」

 ネルソンに尋ねられたディオンは、ポケットから小型の転移魔法具を取り出す。それを作動させてみたが、何も反応が起きなかった。

「何故か今は、小型の転移魔法具が使えない状態となっている。原因は不明だ」
「……恐らくですが、神竜が影響しているんでしょう」

 エステルが俯きながら推測を話す。

「地下で魔物使いの少年と一緒に、大暴れしてるみたいですからね」
「魔物使い――マキト君か!」

 ディオンは驚き、そして表情を輝かせる。

「そうかそうか。彼は遂に神竜とも心を通わせたのか。こりゃとんでもないな」
「いや、とんでもないどころじゃねぇだろうよ」

 いきなり子供じみた笑みを浮かべる昔馴染みにドン引きしつつ、ネルソンは深いため息をついた。

「神竜と協力し合うなんざ、これまでの歴史を遡っても、恐らく一度たりともあり得なかったことだぞ?」
「ある意味、人知れず伝説的なことをやっているカンジですかね」
「言い得て妙だな」

 肩をすくめるエステルにディオンも頷く。

(もっとも彼の場合、前々から似たようなことはしていたがな)

 マキトは未だに【色無し】として扱われている。それ故、冒険者になることさえできない。本人もそれを全くと言っていいほど気にしていないため、問題視されるようなことにもなっていない。
 これまでマキトは、様々な出来事に巻き込まれ、それを乗り越えてきた。
 今回もまさにその類であると、ディオンは思っていた。

(あれだけ凄いことをしているのに評価されない――それでもマキト君はどこ吹く風を貫いている。いや、そもそも自覚していない可能性が高そうだな)

 そう考えていたディオンは、自然と笑みを零す。全くもって彼らしいと、そう思えてならないのだった。

(ある意味、余計なことはしなくていいのかもしれないな。全ては風の吹くまま、事の成り行きに任せるのが一番なのだろう)

 そう心の中で結論付け、ディオンはスッキリとした表情を浮かべる。

「――それはそうと、二人とも。これから一緒に学園長室へ来てもらおうか」

 ディオンがネルソンたちにそう告げる。目を丸くする二人に、ディオンはニッコリと笑顔を向けた。

「地下で騒ぎが起きていることは、学園長も既に把握しているからな。お前たちのことも話してあるし、少しでも情報があれば提供してほしい」
「分かりました。見たことを全て話しましょう」
「つーか、何か言われたりしないだろうな? モグリだってのは確かだしよ」

 面倒だと言わんばかりに頭を掻き毟るネルソンに、ディオンが苦笑する。

「それについては、俺のほうから見過ごしてもらえるよう話してみるよ。モグリで言えば、俺も同じようなモノだからな」
「ヒューッ♪ 流石ディオン、そりゃ助かるってもんだぜ」
「ネルソン、調子に乗り過ぎですよ」
「かてぇこと言うなって」

 三人は自然と立ち上がり、そして歩き出す。そこに迷いも恐れもなかった。
 どれだけの立場を得ようとも、三人の絆は変わっていない――それが今の彼らの姿となって、如実に表れていたのだった。

(しかし妙な予感がしてならないな……少し出られる準備もしておくか)

 学園長室へ向かいながら、ディオンはそんなことを考えていた。


 ◇ ◇ ◇


(随分とタイムロスしちゃったわ。急がないと、本当に手遅れになっちゃう!)

 サリアは地下通路を走る。目指す場所はすぐそこであった。

(やっと完成した『異世界転移装置』――それを使う時が来たんだから!)

 そう。それこそがサリアの急ぐ目的であった。
 この十年で研究に研究を重ね、ようやく外見とシステムは仕上がった。しかしそれを動かすためには、異世界召喚儀式と同等の魔力を必要とする。それ故にどうしても魔力不足という理由から、使用することができなかった。
 そこでサリアは、最後の手段に出た。
 神竜の魔力を使うことを決意したのだった。
 ヴァルフェミオンの地下に封印されている『神』を、人工的に呼び起こす――それがどのような影響を及ぼすか、想像してもしきれないことぐらい、サリアも分かり切ってはいた。
 それでも他に方法がなく、やむを得ないと思った。
 世界への影響よりも、元の世界へ帰還するほうが大事だと思ったのだ。

(神竜は目覚めた。そして魔力も落ち着いている今なら、あの装置を動かせる。人ひとりなら、問題なく時空を越えられるハズ!)

 元の世界へ帰る――そのチャンスは今しかない。サリアの頭の中にあるのはそれだけだった。
 一直線に廊下を走り、やがて『そこ』に出た。

「はぁ、はぁ……」

 息を切らせながらサリアはそれを見る。大広間の中央に存在する、まるで小さなステージのような巨大装置。神竜の魔力に影響され、何もしてないのに淡い光を纏わせていた。

「思ったとおりだわ。これなら間違いなく装置を動かせる。そうすれば、やっと地球に帰ることができるんだ!」

 サリアは今、かつてないほどのワクワクした気持ちに駆られていた。
 どれほどこの時を待ちわびたことか。
 この十年――その前から含めると約十五年にもなるその願いを、ずっと諦めることはなかった。
 その甲斐があったとサリアは胸がこみ上げてくる。

(待っててねお父さん、お母さん。サリアは今からそっちに帰ります!)

 いざ、ステージの形をした装置に入るべく、一歩を踏み出したその時だった。

 ――どおおおおぉぉぉーーーーんっ!!

 近くの壁から光線のような何かが解き放たれ、それが装置を包み込む。やがてそれは装置そのものを大爆発させ、凄まじい爆音と爆風が生まれた。

「きゃああぁーーっ!?」

 サリアは訳も分からないまま、後方へ吹き飛ばされる。そして起き上がると、異世界転移装置が黒焦げの残骸と化していた。
 ぷすぷす、という音が聞こえており、もはや本来の役割を果たせそうにない。

「な、なんで……」

 頭の中がグチャグチャにかき混ぜられるような感覚であった。ほんの数秒前までは立派な装置がそこにあったのだ。
 自分は今、夢を見ているのではないか。異世界転移装置は、自分の願望が映し出した幻だったのではないか――サリアは割と本気でそんなことを考える。
 気が動転しているが故の現実逃避であることを、彼女はまだ自覚していない。

「――おっ、見てみろよ。やっとなんか広い場所に出てきたぞ!」

 明るいマイペースな少年の声が聞こえた。呆然とした表情のまま、サリアがゆっくりと視線を向けてみた瞬間、彼女は目を見開く。

(あ、あれは……!)

 かつて、見たことがある光景であった。
 大きな獣に乗り、霊獣を従え、なおかつ頭にバンダナを巻いた少年の姿。そしてその後ろに、抱き着くようにして載っている小さな少女。
 過去の自分たちを――昔のリオと自分の姿ではないかと、サリアは思った。
 無論、少年はともかく、少女とは似ても似つかない外見であったが、そこまで考える余裕は今のサリアにはなかった。

「……マスター、あそこに誰かいるのです!」
「えっ? あ、ホントだ」

 小さな妖精が指をさし、マスターと呼ばれたバンダナの少年もそれに気づく。

「敵なのかな?」
「ん。そうは見えない。敵意がまるで感じられない」
「むしろビックリしているのです」

 少年に後ろから抱き着いている少女と妖精が、まじまじとサリアを見つめる。それでもサリアは反応を示さず、ただ茫然とするばかりであった。
 すると――

「ん? なんだなんだぁ?」

 酷く懐かしい声が聞こえてきた。その声は、サリアの心を揺さぶらせ、虚ろな瞳を活性化させてゆく。
 やがて少年の肩から、小さな生物がニュッと顔を出した。
 その瞬間、生物は目を見開く。

「サ、サリア……」
「えっ?」

 生物の呟きに、少年が反応を示しつつ、生物とサリアを交互に見比べる。
 待ちわびていた再会の瞬間は、唐突に訪れたのだった――

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