243 / 252
第七章 魔法学園ヴァルフェミオン
243 異世界転移装置
しおりを挟むネルソンとエステルは、気がついたら学園の中庭にいた。サリアの策略にまんまと嵌った二人は、地上に転移されたことに気づく。
そこをたまたまディオンが発見し、再度思わぬ形での合流を果たすのだった。
「ハッハッハッ、そりゃまた災難だったもんだな」
ネルソンとエステルから話を聞いたディオンが、愉快そうに笑い声を上げる。
「まぁ、相手が悪かったと思うしかないだろ」
「笑いごとじゃねぇぜ、ったくよぉ!」
「僕としたことが……してやられてしまいましたね」
苛立ちと悔しさを隠そうともしない二人の気持ちは、ディオンもそれとなく分かる気はしていた。
すぐにでも地下に駆け戻りたい――恐らくそう思っていることだろう。
しかしそれは不可能であることも事実であった。
「まさか地下への入り口が存在しないとはなぁ」
「転移魔法でしか行けないとは……ここの理事も随分と徹底されてたんですね」
ネルソンに続いて、エステルもあからさまに肩を落とす。いいところまで攻め込んでおきながら、一発で振り出しに戻されてしまったようなものだ。
相手は卑怯な手を使ったわけでもない。用心していれば躱せた可能性は、十分にあり得ることだった。
全ては、自分たちの浅はかさが招いたこと――二人はそう思っていた。
「なぁ。転移魔法具かなんかで、地下に戻ることはできねぇのかよ?」
「そうさせてやりたいが、恐らく無理だな」
ネルソンに尋ねられたディオンは、ポケットから小型の転移魔法具を取り出す。それを作動させてみたが、何も反応が起きなかった。
「何故か今は、小型の転移魔法具が使えない状態となっている。原因は不明だ」
「……恐らくですが、神竜が影響しているんでしょう」
エステルが俯きながら推測を話す。
「地下で魔物使いの少年と一緒に、大暴れしてるみたいですからね」
「魔物使い――マキト君か!」
ディオンは驚き、そして表情を輝かせる。
「そうかそうか。彼は遂に神竜とも心を通わせたのか。こりゃとんでもないな」
「いや、とんでもないどころじゃねぇだろうよ」
いきなり子供じみた笑みを浮かべる昔馴染みにドン引きしつつ、ネルソンは深いため息をついた。
「神竜と協力し合うなんざ、これまでの歴史を遡っても、恐らく一度たりともあり得なかったことだぞ?」
「ある意味、人知れず伝説的なことをやっているカンジですかね」
「言い得て妙だな」
肩をすくめるエステルにディオンも頷く。
(もっとも彼の場合、前々から似たようなことはしていたがな)
マキトは未だに【色無し】として扱われている。それ故、冒険者になることさえできない。本人もそれを全くと言っていいほど気にしていないため、問題視されるようなことにもなっていない。
これまでマキトは、様々な出来事に巻き込まれ、それを乗り越えてきた。
今回もまさにその類であると、ディオンは思っていた。
(あれだけ凄いことをしているのに評価されない――それでもマキト君はどこ吹く風を貫いている。いや、そもそも自覚していない可能性が高そうだな)
そう考えていたディオンは、自然と笑みを零す。全くもって彼らしいと、そう思えてならないのだった。
(ある意味、余計なことはしなくていいのかもしれないな。全ては風の吹くまま、事の成り行きに任せるのが一番なのだろう)
そう心の中で結論付け、ディオンはスッキリとした表情を浮かべる。
「――それはそうと、二人とも。これから一緒に学園長室へ来てもらおうか」
ディオンがネルソンたちにそう告げる。目を丸くする二人に、ディオンはニッコリと笑顔を向けた。
「地下で騒ぎが起きていることは、学園長も既に把握しているからな。お前たちのことも話してあるし、少しでも情報があれば提供してほしい」
「分かりました。見たことを全て話しましょう」
「つーか、何か言われたりしないだろうな? モグリだってのは確かだしよ」
面倒だと言わんばかりに頭を掻き毟るネルソンに、ディオンが苦笑する。
「それについては、俺のほうから見過ごしてもらえるよう話してみるよ。モグリで言えば、俺も同じようなモノだからな」
「ヒューッ♪ 流石ディオン、そりゃ助かるってもんだぜ」
「ネルソン、調子に乗り過ぎですよ」
「かてぇこと言うなって」
三人は自然と立ち上がり、そして歩き出す。そこに迷いも恐れもなかった。
どれだけの立場を得ようとも、三人の絆は変わっていない――それが今の彼らの姿となって、如実に表れていたのだった。
(しかし妙な予感がしてならないな……少し出られる準備もしておくか)
学園長室へ向かいながら、ディオンはそんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
(随分とタイムロスしちゃったわ。急がないと、本当に手遅れになっちゃう!)
サリアは地下通路を走る。目指す場所はすぐそこであった。
(やっと完成した『異世界転移装置』――それを使う時が来たんだから!)
そう。それこそがサリアの急ぐ目的であった。
この十年で研究に研究を重ね、ようやく外見とシステムは仕上がった。しかしそれを動かすためには、異世界召喚儀式と同等の魔力を必要とする。それ故にどうしても魔力不足という理由から、使用することができなかった。
そこでサリアは、最後の手段に出た。
神竜の魔力を使うことを決意したのだった。
ヴァルフェミオンの地下に封印されている『神』を、人工的に呼び起こす――それがどのような影響を及ぼすか、想像してもしきれないことぐらい、サリアも分かり切ってはいた。
それでも他に方法がなく、やむを得ないと思った。
世界への影響よりも、元の世界へ帰還するほうが大事だと思ったのだ。
(神竜は目覚めた。そして魔力も落ち着いている今なら、あの装置を動かせる。人ひとりなら、問題なく時空を越えられるハズ!)
元の世界へ帰る――そのチャンスは今しかない。サリアの頭の中にあるのはそれだけだった。
一直線に廊下を走り、やがて『そこ』に出た。
「はぁ、はぁ……」
息を切らせながらサリアはそれを見る。大広間の中央に存在する、まるで小さなステージのような巨大装置。神竜の魔力に影響され、何もしてないのに淡い光を纏わせていた。
「思ったとおりだわ。これなら間違いなく装置を動かせる。そうすれば、やっと地球に帰ることができるんだ!」
サリアは今、かつてないほどのワクワクした気持ちに駆られていた。
どれほどこの時を待ちわびたことか。
この十年――その前から含めると約十五年にもなるその願いを、ずっと諦めることはなかった。
その甲斐があったとサリアは胸がこみ上げてくる。
(待っててねお父さん、お母さん。サリアは今からそっちに帰ります!)
いざ、ステージの形をした装置に入るべく、一歩を踏み出したその時だった。
――どおおおおぉぉぉーーーーんっ!!
近くの壁から光線のような何かが解き放たれ、それが装置を包み込む。やがてそれは装置そのものを大爆発させ、凄まじい爆音と爆風が生まれた。
「きゃああぁーーっ!?」
サリアは訳も分からないまま、後方へ吹き飛ばされる。そして起き上がると、異世界転移装置が黒焦げの残骸と化していた。
ぷすぷす、という音が聞こえており、もはや本来の役割を果たせそうにない。
「な、なんで……」
頭の中がグチャグチャにかき混ぜられるような感覚であった。ほんの数秒前までは立派な装置がそこにあったのだ。
自分は今、夢を見ているのではないか。異世界転移装置は、自分の願望が映し出した幻だったのではないか――サリアは割と本気でそんなことを考える。
気が動転しているが故の現実逃避であることを、彼女はまだ自覚していない。
「――おっ、見てみろよ。やっとなんか広い場所に出てきたぞ!」
明るいマイペースな少年の声が聞こえた。呆然とした表情のまま、サリアがゆっくりと視線を向けてみた瞬間、彼女は目を見開く。
(あ、あれは……!)
かつて、見たことがある光景であった。
大きな獣に乗り、霊獣を従え、なおかつ頭にバンダナを巻いた少年の姿。そしてその後ろに、抱き着くようにして載っている小さな少女。
過去の自分たちを――昔のリオと自分の姿ではないかと、サリアは思った。
無論、少年はともかく、少女とは似ても似つかない外見であったが、そこまで考える余裕は今のサリアにはなかった。
「……マスター、あそこに誰かいるのです!」
「えっ? あ、ホントだ」
小さな妖精が指をさし、マスターと呼ばれたバンダナの少年もそれに気づく。
「敵なのかな?」
「ん。そうは見えない。敵意がまるで感じられない」
「むしろビックリしているのです」
少年に後ろから抱き着いている少女と妖精が、まじまじとサリアを見つめる。それでもサリアは反応を示さず、ただ茫然とするばかりであった。
すると――
「ん? なんだなんだぁ?」
酷く懐かしい声が聞こえてきた。その声は、サリアの心を揺さぶらせ、虚ろな瞳を活性化させてゆく。
やがて少年の肩から、小さな生物がニュッと顔を出した。
その瞬間、生物は目を見開く。
「サ、サリア……」
「えっ?」
生物の呟きに、少年が反応を示しつつ、生物とサリアを交互に見比べる。
待ちわびていた再会の瞬間は、唐突に訪れたのだった――
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
めちゃくちゃ馬鹿にされたけど、スキル『飼育』と『組み合わせ』は最強中の最強でした【Return!】
Erily
ファンタジー
エレンはその日『飼育』と『組み合わせ』というスキルを与えられた。
その頃の飼育は牛や豚の飼育を指し、組み合わせも前例が無い。
エレンは散々みんなに馬鹿にされた挙句に、仲間はずれにされる。
村の掟に乗っ取って、村を出たエレン、そして、村の成人勇者組。
果たして、エレンに待ち受ける運命とは…!?
成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第七部開始】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる