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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン
226 サリア~失って思い出すもの
しおりを挟む山奥の魔力スポット――そこが最初のターニングポイントだった。
同郷者たちとの小競り合いを経て、神獣カーバンクルが重傷を負ってしまい、その治療のために封印せざるを得なくなってしまった。
「他に……何か他に方法はないの!?」
大粒の涙をボロボロと零しながら、サリアが叫ぶ。彼女の腕の中には、息も絶え絶えとなったカーバンクルが、ぐったりと身を預けていた。
早くしないと、本当に手遅れになってしまう。
それは誰が見ても明らかであった。
「……ない」
重々しい声でリオは答える。心の中では分かっていた。しかし、どうしても納得することができず、サリアは険しい表情で見上げる。
「リオ! そんな薄情なことを――」
「ないものはない! むしろ方法があるだけ、まだマシなほうだろうが!!」
力いっぱい放たれた怒鳴り声が、山奥に響き渡る。周りにいる魔物たちも、そしてサリアも涙を流したまま、感情を吹き飛ばされたかのように呆ける。
しん、と静まり返ったその場の時間は、まるで止まってしまったかのようだ。
無論それはまかやしだ。
一分一秒が惜しい時であることに間違いはない。
それはリオも痛いほどよく分かっていた。故にすぐさま怒りを鎮め、申し訳なさそうな表情でサリアに顔を近づける。
「カーバンクルを助けるには、この魔力スポットのある場所で封印するしかない。とても時間はかかるが、ほぼ確実に助けることができるんだ」
「分かってる。それは分かってるけど……」
「離れるのが寂しい、か?」
サリアは俯きながらコクリと頷いた。彼女の過去を、リオは殆ど知らない。無理に問いただすつもりがない、という気持ちも確かにあるのだが、一番の理由は興味がないからだ。
このあたりは流石、後のマキトの父親と言ったところだろうか。
「無論、探せば他に方法もあるんだろう。けど、今の俺たちにはこれしか手を打つことはできない。だから……な?」
優しい口調でリオが説得すると、サリアも納得したらしく、頷いた。
「――ありがとう。早速、知り合いに頼んで封印の儀式を行おう。さっきは大きな声を出して驚かせてしまったな。済まなかった」
優しく頭を撫でられ、サリアは体を震わせる。ポタポタと雫が零れ落ちる中、吹き付ける風の音が山の音をざぁっ、と大きく鳴らすのだった。
そして――カーバンクルは封印された。
もう話しかけてくることも、あの小生意気な笑顔も、見ることはできない。
振り向いたらそこにいるのではと、何度も何度も思った。しかし、封印の祠を見る度に思わされる。全ては無慈悲な現実なのだと。
「ゴメンね……」
サリアは祠の前で跪き、肩を震わせながら、大粒の涙を零す。
「こうすることしかできなくて……本当にゴメンね、っ……!」
自分の弱さが恨めしくて仕方がない。こうして泣くことしかできない自分が、どれほど惨めなのかが、痛いほど思い知らされる。
サリアはしばらく泣き続けた。
後ろからリオに優しく抱きしめられながら、ひたすら涙を零し続けた――
◇ ◇ ◇
――どこまで無慈悲な運命に翻弄されなければならないのだろうか?
サリアは本気で神様にそう問いかけたくてならなかった。
カーバンクルを封印してから程なくして、その大きなきっかけとなる存在に、彼女たちは出会ったのだ。
「ふにゃあ、ふにゃあぁっ!!」
生まれて間もない赤子が泣き叫んでいる。それだけなら普通なのだが、問題は人里離れた山奥で、籠の中にくるまった状態で見つかったことだ。
どう考えても捨てられてしまったとしか思えない。
サリアたちは赤子を保護した。
すると赤子はすぐさま泣き止み、サリアとリオの顔を見て、キャッキャと楽しそうな笑顔を見せる。
心が鷲掴みにされそうな感触であった。
自分に向かって必死に手を伸ばしてくるその赤子から、目が離せなくなった。
「……俺たちで、この子を育てよう」
「うん!」
リオの提案にサリアは頷き、魔物たちもこぞって賛成の意を示した。これで方針が決まったと、リオも満足そうに頷いている。
「ならば、この子に名前を付けてやらないとな。さて、どんなのがいいか……」
「あ、それなら、私にいい名前が浮かんできてるんだけど」
「どんなの?」
首を傾げるリオに、サリアは自信満々な笑顔で言った。
「アリシア――この子の名前は、アリシアよ!」
「へぇ、なかなかいい名前じゃないか」
「でしょー♪」
かくしてアリシアと名づけられた赤子とともに、新たな生活が始まった。
無論、子供もいなかった二人に、いきなり赤子の面倒を見るなど、そう上手くできることではない。それでもアリシアを育てるという使命感が、サリアたちを一致団結させたことは確かであった。
大変ながらも充実した日々を送っていた。
これが母性というものなのかと、サリアは心の中で感動したこともあった。
しかし――そんな暖かく幸せな時間は、すぐに崩されてしまう。
「どうして? アリシアに一体何が起こっているの!?」
アリシアの体が、突如として不調に見舞われた。
旅をする中で疲労が溜まってしまったせいかと思われていたが、リオの知り合いである魔導師に診てもらった結果、アリシアの体に魔力が溜まり続けているということが発覚した。
「このままだと、その赤ちゃんは死んでしまいます。ですが、助けられる可能性がないワケではございません」
「――早くその方法を教えてちょうだい! 事は一刻を争うんだから!」
「分かってますよ。お気持ちは重々察しますから、少し落ち着いてくださいな」
魔導師の飄々とした笑みに、サリアは苛立ちを募らせる。
「アンタねぇ……娘が苦しんでいる時に、そんな呑気なことを――」
「よせ、サリア!」
「で、でも!」
リオに制され、サリアは不満を示す。しかしそんな彼女をスルーしつつ、リオはその魔導師に真剣な表情を向けた。
「済まないライザック。サリアには、後でよく言って聞かせておくから、どうかその助けられる可能性とやらを教えてくれないか? このとおりだ!」
そして深々と頭を下げる。愛する家族を守るためなら、こんな頭くらいいくらでもという気持ちの表れでもあった。
「――分かりました。友人であるリオに免じて、森の賢者を紹介します」
ライザックと呼ばれた魔導師は、笑顔で頷いた。サリアに対しても何かを言うことはなく、紹介するだけ紹介して姿を消した。
森の賢者ユグラシアにアリシアを託し、なんとか命を繋ぐことは成功した。
しかし代償もあった。
アリシアの体を年単位で眠らせる必要が出てきたのだ。
それはすなわち、カーバンクルと同じような措置であると、サリアは思った。しかし助けるためにはどうしようもなかった。
「ユグラシアさん。あの子を……アリシアをどうか、お願いしますっ!」
「えぇ。後のことは任せてちょうだい」
体を震わせながら頭を下げるサリアの肩に、ユグラシアが優しく手を乗せる。
誰も何も言わなかった。この短期間で、立て続けに大切な存在との別れを経験してしまったのだ。安易な言葉をかけられるようなものではない。
アリシアをユグラシアに託し、リオたちは森を去った。
しかしサリアの表情から、笑顔は消えていた。喋ることもなくなった。
涙は出ていない。枯れ果てたのだ。まるで感情を失った人形のようになってしまったサリアを、リオは必死に支えようとした。
――俺たちは絶対に、サリアの傍からいなくなったりしないからな!
彼女の肩を強くゆすりながら、リオは声をかけ続けていく。いつか届くことを信じながら。
しかしそれは、儚い願いでしかなかった。
「私……元の世界に帰りたい」
サリアは俯きながら言った。それを聞いたリオは悟ってしまった。彼女は限界を超えてしまったのだと。
実際、それは正しかった。
カーバンクル、そしてアリシア――どちらもかけがえのない『家族』だった。
それを立て続けに失ったことにより、彼女の中でトラウマが蘇った。
大好きだった両親が離婚し、賑やかだった家が静かになった。その薄暗い家の中が怖くて仕方がなく、ストレスで体調を崩した日々が、十年以上の時を経て脳裏に再び鮮明に浮かんできたのだった。
「お父さんとお母さんに会いたいよ……あの頃みたいに一緒に暮らしたい」
忘れかけていた気持ちが、ここに来て火山の如く爆発した。もうアリシアの想いを止めることは、誰にもできない状態だった。
それを悟ったリオは、神妙な表情でサリアに呼びかけるのだった。
「探そう――サリアが元の世界に帰れる方法を!」
サリアはそれを聞いて目を見開いた。まさかそんなことを言ってくれるとは、思ってもみなかったからだ。
リオの表情は真剣そのものだった。
心から愛しているからこそ、彼女のために動こうとしていた。
「探してみなければ、分かるモノも分からない。サリアが笑顔になれるなら、俺はなんでもするぞ!」
何もせずに彼女の心が離れていくことに比べれば、なんとしてでも彼女の心を繋ぎ止めるように動くことを選ぶ。
それがリオの決断だった。
たとえ――その先に待っているのが、破滅の運命だとしても。
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