透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

文字の大きさ
上 下
225 / 252
第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

225 サリア~異世界生活が始まったとき

しおりを挟む


 父がいて、母がいて、そして娘の自分がいる家。
 そんなありふれた環境というのが、サリアにとっては羨ましいものだった。
 幼い頃に両親が離婚して以来、ずっと母親と二人で暮らしてきた。離婚の理由はなんとなく聞いていたが、本人の記憶には残っていない。

(確か、中学一年の終わり頃だったかな……両親が再婚するって決まったのは)

 何がきっかけでそうなったのかは分からない。聞いても笑顔とともに軽くはぐらかされるばかりだった。
 しかし、サリアは大いに喜んだ。
 これでまた、お父さんとお母さんと一緒に暮らせるんだと、まるで小さな子供のように小躍りしてはしゃいだものだった。
 実際に籍を入れるのは、サリアが中学を卒業した直後という形になった。
 苗字が変わる影響を最小限に抑えたいという理由を聞かされて、両親の優しさに改めて感激したのは、今でも鮮明に思い出せるほどだ。

(そして私は、ガムシャラに勉強を頑張ったんだっけか……)

 折角また一緒に家族三人で暮らせるというのに、自分が悪い成績を出すなんて申し訳がなさ過ぎる。
 当時の娘なりの恩返しの気持ちもあった。
 ここまでしてくれたのだから、両親の愛に応えなければならないと、サリアはスイッチが入ったかの如く、気持ちがガラリと切り替わった。
 周りが驚きを通り越すほど、サリアの中学時代の成績は飛躍的に上がった。
 喜び、そして両親に対する想いという名の力が、県内屈指の難関公立高校への受験を乗り越えさせた。
 再婚前のプチパーティーを兼ねて、父親にホテルの高級レストランに連れて行ってもらった際、合格通知を両親に見せつけた。
 その時の両親の表情もまた、サリアにとっては忘れられない一ページである。

(無事に難関高校に合格を果たし、両親も再婚して、新しいお家を買って、三人でそこに引っ越した……思えばあの頃が、一番楽しかったなぁ)

 小さな一軒家ではあるが、三人で暮らすには十分な広さだった。両親ともに仕事があるため、日中は家を空けることが基本だったが、それでも夜になれば家族三人が必ず揃ってくれる。
 これこそが自分の望んだ光景だと、サリアは心の中で感激したものだった。
 高校に入学するまでの春休みの数日間は、本当に幸せだった。
 特に旅行に行ったり、一緒に買い物に行ったりすることもなかったが、それでも満ち溢れていたと断言できる。
 家族で遊びに行けなくて駄々を捏ねる子供に対して、そう喚けること自体が幸せなんだよと、そう言いたくなるほどに。

(そして私は、いよいよ高校生活という新たな一歩を踏み出した。けど――)

 ぎゅうぎゅう詰めのバス通学も、クラスメートに初めて話しかける緊張感も、あちこちで声をかけてくる部活や委員会の勧誘も、何もかもが懐かしい。
 そんな時間もあっという間に過ぎ去り、ようやく少しは落ち着いてきたかと思われたある日――それは起きた。

(あの時、教室に忘れ物さえしていなければ、あんなことには……)

 宿題のノートを、うっかり机の中に忘れて帰ろうとした。バス停前で気づき、慌てて教室へ戻ってきた際、残ってお喋りしていたクラスメートたちもいた。
 喋ってないで早く帰ればいいのに――そう思いながら、サリアが机の中のノートを取り出そうとしたその瞬間、教室が光に包まれた。
 そして気がついたら、サリアとそのクラスメートたちは、異世界にいた。
 正確に言えば、シュトル王宮の片隅に作られた儀式の場である。

(まさか異世界に飛ばされるだなんて、夢でも見てるのかと思ったよ)

 他のクラスメートたちは『ラノベ展開キター!』とか叫んでいたが、サリアはただただ混乱していた。
 そして我に返ったときには、裏口から追い出されていた。

(いくらなんでもアレはないでしょうにねぇ……お爺さんみたいな人から、お金を少しもらえたけど)

 今にして思えば、それが精いっぱいのフォローだったのだろう。しかしそれでも恨む気持ちに変わりはない。
 踏んだり蹴ったりとはこのことかと、サリアは今でも強く思えてならない。
 自分が一体何をしたというのか。どうして役立たずと言われ、身一つで放り出されなければならないのか。
 神様は何か自分に恨みでもあるというのか。
 ただ、両親と楽しく暮らし始めた――本当にそれだけだったというのに。

(最初は本当に、絶望感だけの放浪だったっけかな……)

 夢じゃないということは、嫌でも理解せざるを得なかった。元の世界に帰れる気配もない。ならばどこで朽ち果てても変わらない。
 そんな自暴自棄な彼女を救った人物がいた。
 正確には一人の青年と魔物たちだ。
 リオと名乗る彼の目に、サリアは妙に引き付けられた。綺麗とかではなく、何故か目が離せない。そんな不思議さが込められていた。

(それで気がついたら私は、彼に洗いざらい喋っちゃってたんだっけ)

 帰るところがないなら、俺と一緒に来なよ――彼はそう言ってくれた。魔物たちも笑顔で賛成した。
 差し伸べてくれた手が大きく見えた。
 思わずポロポロと涙がこぼれた。
 ずっと、突き放されてばかりだったせいだろうか。自分を受け入れてくれる人が出てくるなんて、もう期待すらできていなかったのかもしれない。
 ありがとう――涙声とともに、サリアはリオに抱き着いた。
 色々と限界だったのだ。自分でどうにかするという考えすら浮かばなかった。
 人の温もりがこんなにも心地よいものだったなんてと、感動していた。
 満たされるということがどれほど幸せなことか。それをサリアは、ここに来てようやく思い出せたのだった。

(そして私は、リオや魔物たちと一緒に世界を旅して回った)

 楽しかった。元の世界では見ることのなかった様々な光景を目の当たりにした。
 サリアの特殊能力が、リオとの旅を経て真価を発揮していった。
 シュトル王宮では役立たずだと言われたその能力は、魔物使いであるリオの力と合わさることで、唯一無二となった。

(様々な大陸を渡り歩き、たくさんの霊獣たちと仲良くなった。荒んだ心が、みるみる癒されていく感じがしたっけ)

 ヒトと魔物、そして霊獣が心で結びつく――それは世界広しと言えど、サリアにしかできないことなのだと、リオから笑顔で言われた。
 正直、嬉しかった。
 役立たずだと言われていた能力が、こんなふうに認められる日が来るなんて、思ってもみなかった。

(ホント……あの時は良かったなぁ)

 リオとも男女の関係になった。魔物たちを除けば二人っきり――互いが惹かれ合うのはむしろ自然だろう。
 それから更に、毎日が充実していった。
 旅をする上で辛いこともたくさんあったが、リオや魔物たちが一緒ならば、なんでも乗り越えられると思っていた。
 幸せだった。
 こんな日がずっと続けばいいのにと、異世界に来て初めて心から思った。


 しかし――そんな幸せな時間は、一年も続くことはなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

処理中です...