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第六章 神獣カーバンクル

187 ジャクレン、再び

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 翌朝、森から一体のドラゴンが飛び立った。
 マキトとノーラ、そしてラティとロップルを乗せたフォレオが、透き通るほどの青空を優雅に飛んでいる。
 ばっさばっさと羽ばたく音は、フォレオの気分を表しているようであった。

『うーん、おもいっきりとべるって、たーのしーい♪』
「フォレオってばご機嫌なのです」
「無理もないさ」

 またがっている大きな背中を撫でながら、マキトが笑う。

「いつもは森の上だけしか飛べていなかったからな。こんな広い平原のど真ん中を飛べるなんざ、フォレオにとっちゃ絶好のチャンスもいいところだろ」
「ん。やっぱり広々とした場所を飛ぶのは格別。フォレオの気持ちはよく分かる」
「だな」

 心地良さそうに深呼吸するノーラを見て、マキトも同じようにしてみる。やはりいつも味わっている森の空気とは、一味も二味も違う感じがした。
 数週間前にもたっぷりと堪能したはずなのに、何故か新鮮に思えてならない。

「――それにしてもさぁ」

 しかしその一方で、マキトは気になっていることもあった。

「なんでまたユグさんは、急にあんなことを言ってきたんだろうな?」

 山奥の魔力スポットにマキトたちだけで行く――それを他ならぬユグラシアが自ら提案してきたことが、どうにも腑に落ちないでいた。
 今朝も旅立つ際、神殿前の広場から笑顔で手を振って見送ってくれた。
 それ自体は嬉しいことだったが、やはり違和感は拭えなかった。

「ライザックが勧めてきた話ってだけで、最初は乗り気じゃなかったのにさ」
「ホントですよねぇ」

 ラティも同じ疑問を感じており、改めて首を傾げながら思い出す。

「なんだか魔力スポットの場所を見た時から、目の色が変わってたのです」
「うーん、やっぱり何かあるとしか思えないんだよなぁ……」

 マキトは少し考えてみるが、これといった答えが出てこない。するとノーラが、長い銀髪をなびかせながら振り向いてきた。

「行ってみれば分かる」
「え?」
「ここで悩んでても時間のムダ。そんなヒマがあるなら行ってみるべき」

 すました笑顔を向けてくるノーラに、マキトは呆気に取られる。これはこれで、いつものノーラとはどこか違うような気がした。
 しかし、言っていることはそのとおりだとも思えた。
 さっさと目的地に向かい、実際にその目で見てみる――それこそが、答えを得る最前の策であることは明らかだった。

「――そうだな。行ってみれば分かる話だよな」
「ん。だから余計なことを考えるのは、もうオシマイ」
「分かった。そうするよ」

 マキトは笑いかけながら、ノーラのサラサラな銀髪を撫でる。それがとても心地よいのか、ノーラは「んふー♪」と満足そうな笑みを浮かべるのだった。

『ねぇねぇ、ますたー! このさきにかわがみえるよー!』

 するとフォレオが、前方の少し遠くへ視線を向けながら声を上げる。

『おなかすいたし、ちょっとやすんでいこうよ』
「ん。確かにちょうどお昼どき」
「そういえばそうなのです」
「キュウッ」

 コクリと頷くノーラに、ラティとロップルも賛同する。かくいうマキトも、それに反対する理由は全くなかった。

「じゃあ、そこに下りて弁当でも食べようか」
『わーい♪』
「キュウキュウッ」

 ランチタイムが決まったことで、フォレオとロップルは大喜び。翼を大きく羽ばたかせ、休憩場所を一直線に目指すのだった。
 程なくして、マキトたちは川沿いに到着するのだが――

「おーい!」
「ワウッ、ワウッ!」

 とある人物が手を振ってきており、その隣では大きな狼の魔物が吠えている。どちらも敵対心は全くなく、ただ単に呼んでいるだけであった。
 自分たちもよく知っているその正体に、マキトたちは思わず顔をしかめる。

「……なんでジャクレンがあそこにいるんだろ?」
「まるで、わたしたちを待ち構えていたかのようなのです」
「ん。なんか怪しい」

 ノーラの言葉に、マキトたちは一斉に頷いた。昨日のライザックと、パターンが全く同じだからである。
 ジャクレンが悪い人物でないことは知っているのだが、それでも疑いの目を向けてしまうのは、致し方ないと言えるだろう。

『ねーねー、どうするのーますたー?』
「とりあえず下りてみよう。周りに変なモノとかもなさそうだし」
「ん。でも一応、警戒はしておく」
「ですねっ!」

 自然と気を引き締めながら、未だにこやかに手を振り続けるジャクレンの元へ、マキトたちはゆっくりと下りていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


「――なるほど、そういうことだったんですね」

 出迎えたジャクレンは、マキトたちが妙に警戒していることが気になった。しかしマキトから、昨日の出来事について説明を受け、全面的に納得する。

「まさかあの男も、全く同じことをしていたとは……なんとも趣味が悪いですね」
「ん。ジャクレンも人のこと言えない」
「おっと、これは手厳しいですね。ははっ」

 演技じみた驚きと笑い声を披露するジャクレン。やはりその姿は、昨日のライザックを思い出してしまう。
 怪しいという訴えを表情のみでぶつけるマキトたち。
 どうせ軽くはぐらかされて終わりだろう、という諦めも多分にあったが、やらずにはいられなかった。
 すると――

「ウォフッウォフッ! グルルルル――」

 キングウルフが吠えだした。それもジャクレンに向かって。
 その表情はあからさまに怒っていた。マキトたちをおちょくるな――まるでそう言っているかのように。

「……そうですね。余計なことをしてしまいました」

 ジャクレンは演技じみた態度を消し、真剣な表情をマキトたちに向ける。そして姿勢を正しつつ、頭を下げた。

「不快な気分にさせてしまい、申し訳ございませんでした」
「あ、いや、別に……」

 急に態度を直してきたことに対し、マキトたちは戸惑ってしまう。それに対して苦笑を浮かべつつ、ジャクレンはキングウルフの頭を撫でた。

「今しがた、ちょっと叱られてしまったんですよ。マキト君たちを無暗にからかうんじゃないとね」
「そ、そうなんだ」
「えぇ。どうやら僕の相棒は、キミたちのことをいたく気に入っているようです」
「ウォフッ」

 キングウルフはそのとおりと言わんばかりに鳴き声を放つ。そしてのそりと動き出してマキトの元へ来た。

「ブルル――」

 鼻息を鳴らしながら、キングウルフが頭を近づける。マキトはとりあえず、そのふさふさな頭を撫でてみることにした。

「わふっ」

 キングウルフは気持ち良さそうに撫でられる。そんな相棒の姿に、ジャクレンは大きく目を見開いていた。

「驚きましたね……相棒がこんな行動を取るのは初めてですよ」
「そうなの?」
「えぇ」

 きょとんとした表情を浮かべるマキトに、ジャクレンは頷く。

(いくら気に入ったとはいえ、これは予想外の展開です。やはりマキト君、キミはただ者ではありませんね)

 ジャクレンは実に興味深そうな笑みを浮かべる。キングウルフを撫でるのに夢中となっていたおかげで、マキトはそれに気づくことはなかった。
 そこにノーラが、スッと顔を近づけてくる。

「ノーラも撫でていい?」

 一言そう尋ねた。キングウルフはジッとノーラと見つめ合い、やがて小さく鼻息を鳴らす。

「構わん、と言っているのです」
「ん。良かった」

 ラティの通訳を聞いたノーラは、即座にキングウルフの体に飛びつく。そしてその毛並みを、全身全霊を込めて堪能するのだった。

「んー、もふもふ。これはまことに至福なり」

 すりすりと頬を動かし続けるノーラは、まさに幸せそうであった。
 キングウルフも大人しく撫でられ続けている。受け入れているというよりは、気のすむまで触らせてやろう、という言葉のほうが正しいだろう。下手に拒むほうが余計に面倒となることが分かっているからだ。
 その時――どこからか間抜けな音が「ぐうぅ~」と鳴り響く。

『おなかすいたー』
「キュウッ」

 フォレオとロップルが項垂れている。その姿にマキトは苦笑を浮かべた。

「そういえば俺たち、弁当食べようとしてたんだっけ」
「あぁ、そうだったんですか。それは悪いことをしてしまいましたね」

 ジャクレンは軽く驚き、そして何かを思いついたように、フッと小さく笑う。

「折角ですし、ここは一つ豪勢なランチタイムといきましょうか」

 提案すると同時に、ジャクレンは動き出す。一体何をするつもりなのかと、マキトたちは再び呆然とするのだった。

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