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第五章 迷子のドラゴン

178 また会う日まで

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「くきゅくきゅ~!」
「ちょ、いきなりなにすん、だっ!」

 くぐもった声とともにマキトはなんとか両手を使い、子ドラゴンを引き剥がす。ようやく拝めたその表情は、明らかに悲しそうであり不満そうでもあった。

「マスターと離れたくないって、そう言ってるのです」
「そう言われてもなぁ……」

 多分そうなんだろうなぁとは思っていたマキトだったが、流石にこればかりはすぐに頷くわけにはいかなかった。

「なんでかテイムできないってのもあるけど……お前がこれから成長していくことを考えると、やっぱりちょっとなぁ」
「森で暮らすよりも、このオランジェ王国のどこかのほうがいいのです」
「ん。そのほうがチビも、環境的に断然過ごしやすい」
「キュウキュウ」
『だよねー』

 示し合わせたかのように、ノーラや魔物たちも同意する。実際、旅の途中でマキトたちが、こっそりと話し合っていたのだった。
 子ドラゴンは、ここオランジェ王国で暮らしていくべきだろうと。
 ユグラシアの大森林の環境が、決して子ドラゴンと合っていないわけではない。しかし一番ベストでもない。
 それはこの数日で、明らかに証明されているようなものであった。

(どれだけ俺たちと楽しそうにしていても、コイツの故郷に帰りたいって気持ちが薄れたことは、今まで一度もなかった)

 それだけ子ドラゴンにとっては、この国が紛れもない『帰る場所』なのだ。
 数日に及ぶ森の暮らしも、決して馴染んでいなかったわけじゃない。しかし、オランジェ王国に入国してからの子ドラゴンは、まるで不思議な力を取り戻したかの如く元気になった。
 その瞬間、マキトたちは悟ったのだ。やはり『森ではない』のだと。
 来るべき時は必ず来るのだと。
 マキトは胸が締め付けられるような思いに駆られていた。それでも今は、心を鬼にしてしっかりとしなければならない。
 そんな決意とともに、マキトは表情を引き締め、子ドラゴンと視線を合わせる。

「俺たちは、お前に強くなってほしい。だからお前とはここでお別れするんだ」
「わたしたちも寂しいのです。でもこれっきりじゃないのですよ」
「ん。必ずまた会える。そう信じることが大切」
「キュウッ!」
『ぼくたちはずっとともだちだもんね!』
「あぁ、フォレオの言うとおりだ」

 マキトたちからの強い視線は、子ドラゴンも感じ取っていた。そこには確かな意志が込められている。
 別れたくない。でもマキトたちの気持ちにも、しっかりと応えたい。
 子ドラゴンは体を震わせながら、小さくコクリと頷いた。

「……ありがとう」

 マキトは子ドラゴンの背中を優しく撫でる。ラティたちはもう、何も言葉をかけようとはしなかった。
 子ドラゴンも俯くだけで、涙を流すようなことはなかった。

「ねぇねぇ、そのことなんだけどさ――」

 するとそこに、リスティがてくてくと歩いてきた。

「良かったらおチビちゃん、私が引き取って育ててもいいかなぁ?」

 そしていきなり、笑顔でそんなことを言ってきたのだった。
 マキトたちはこぞって目を丸くする。このお姉さんは、いきなり何を言い出してくるんだろうかと言わんばかりに。

「一応言っておくけど、別に私がマキト君たちの代わりになるとは思ってないよ」

 そんな彼らの表情をそれとなく察したのか、リスティは苦笑する。

「この子は、マキト君たちとこれっきりになりたくないってことでしょ? 私も全く同じ気持ちなんだ。絶対にまた会いたいし、サヨナラなんか言いたくもない」
「……そりゃ、俺たちもなぁ?」

 マキトがノーラたちに視線を向けると――

「ん。同感」
「ですよねぇ」

 ノーラとラティも同意し、ロップルとフォレオも無言でコクコクと頷いた。なんだかんだで皆、リスティともそれなりに打ち解けていたのだ。
 正体が王女だと分かった今でも、マキトたちは接し方を変えるつもりはない。
 本人がそうしなくていいと言っているのだから、尚更であった。
 また会いたい――そうリスティが言ってくれたことも、嬉しく思っていた。むしろそう言ってくれるとは思わなかったほどであり、少し驚いてもいたが。

「このおチビちゃんが、私たちの絆の証になってくれる――ううん、むしろ私がそうしたいから、この子を引き取りたいって思ったの」

 リスティが子ドラゴンを抱きかかえる。子ドラゴンも驚きはしていたが、拒否することもなく大人しい様子であった。

「いつか、私が育てたこの子に乗って、もっと成長したフォレオちゃんに乗ったマキト君たちと再会する――それができたとしたら、面白いと思わない?」

 ニカッと笑うリスティは、心から楽しそうであった。マキトは試しにその光景を思い浮かべてみる。

「……確かにいいな、それ」
「でしょー♪」

 無意識に呟いたマキトの言葉に、リスティが嬉しそうに笑う。そして子ドラゴンを両手で抱え上げ、互いの視線を重ね合った。

「ね、どうかな? 私と一緒に来ない?」

 澄んだ瞳に爽やかな笑み。抱える手は柔らかく、どこまでも優しい感じ。
 何一つ嫌な要素が見つからない――それが子ドラゴンにとっての、リスティに対する感想であった。
 マキトたちと一緒にいられないのは残念だ。しかし――

「私は絶対に、あなたを立派に成長させてあげる。マキト君たちとまた会って、一緒に冒険するためにね」
「くきゅ……」

 リスティの優しい言葉が、子ドラゴンの心を少しずつ動かしていく。しかしまだ迷いがあり、決断しきれないでいた。
 子ドラゴン自身、決して優柔不断というわけではない。しかし大きな決断に対していきなり決めることは、まだできないのだ。
 無理もないと言えば無理もない話だが。

「――行け!」

 その時、重々しくも力強い声が聞こえてきた。
 マキトたちが振り向くと、親ドラゴンがジッと子ドラゴンを見つめていた。

「お前はここから旅立つ時が来たのだ。生まれたての雛ではないのだから、何の問題もないだろう」
「く、くきゅっ?」

 突然の言葉に子ドラゴンは驚きを隠せない。そんな子ドラゴンに構いもせず、親ドラゴンはリスティに視線を向けた。

「我が子をそなたに託す。どうか強くなれるよう、厳しくしてやってほしい」

 そして深々と頭を下げてきた。リスティは呆気に取られていたが、すぐさま気を持ち直し、笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。必ず私が、この子を立派に育ててみせますわ!」

 そう力強く決意表明する姿は、リスティに加えて、王女クリスティーンとしての気持ちも含まれていた。
 リスティは改めて子ドラゴンに視線を向け、ニッコリと笑いかける。

「――私と一緒に来てくれるかな?」

 その申し出に対し、ジッと視線を合わせる子ドラゴン。そして――

「くきゅっ!」

 笑顔で力強く頷いたのだった。そして子ドラゴンは飛び上がり、親ドラゴンへと向かって行く。

「くきゅくきゅ、くきゅきゅーっ!」
「うむ」

 話しかけている子ドラゴンに対し、親ドラゴンは一言頷くだけだった。しかしそれでも会話が成立しており、親子そろって満足そうであった。

「なんか、決まったみたいだな」
「ん。本当に良かった」

 マキトとノーラがそれぞれ笑い合う中、リスティが彼らの元へやってくる。

「皆、この度は本当にありがとう」

 そしてリスティは、元気よく深々と頭を下げた。

「マキト君たちと出会えて本当に良かった。絶対にまた会おうね!」
「――もちろん!」

 差し出してきた右手をガシッと掴む。固い握手を交わしつつ、マキトも力強い笑みを浮かべるのだった。

「いつかまた、絶対に」
「ん。絶対に」
「また会える日が楽しみなのです」
「キュウッ」
『たのしみたのしみ♪』

 ノーラと魔物たちも笑顔を見せる。彼らの別れの挨拶は、実に明るく楽しそうな雰囲気を出していたのだった。

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