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第三章 子供たちと隠れ里

086 三羽烏

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 ネルソンとエステル、そしてディオン。この三人は、いわゆる昔馴染みという名の腐れ縁であった。
 かつては冒険者として世界各地を渡り歩き、各国に知れ渡るほどの名立たる実績を残した『三羽烏』と言われ、ギルドの間でも有名な存在だった。パーティを解散して長い年月が経過している今でも、彼らのファンを名乗る者は少なくない。
 当時、まだ生まれていなかった今の子供たちも、例外ではなかった。

「スッゲー! マジで三羽烏揃ってんじゃん!」
「素敵……まるで夢みたい」
「お、俺、後で絶対にサインをもらうぜ!」
「生でディオンさんを見れるなんて、生きてて良かったぁーっ♪」

 三羽烏の勢揃いしている姿に、子供たちは感激していた。中でもアレクは目をキラキラと輝かせており、いても立ってもいられず、ディオンに向かっていく。

「ド、ドラゴンライダーのディオンさんですよね? お会いできて光栄ですっ!」
「あぁ、それはどうも」

 ガチガチに緊張しているアレクに対し、ディオンはニッコリと笑みを返した。

「まだキミたちは、冒険者養成学校に入学する前なんだろう? それなのに、こんな本格的な課外活動をするとは大変だな」
「いえ、これも立派な冒険者になるためですから!」
「そうか。いい心掛けだ」
「――ありがとうございます!」

 笑みを深めるディオンに、アレクは感激しながらもガバッと頭を下げる。名立たる彼に褒められたことが嬉しかったのだ。
 周りの子供たちも、いいなぁと羨ましがる声が聞こえてくる。
 そんな中――

「ケッ! アレクのヤツ、相変わらず優等生ぶりやがって……うざってぇや」

 面白くないと言わんばかりの表情で、ジェイラスが毒づく。その言葉は当然、周りの子供たちにも聞こえていた。

「またジェイラスだよ……」
「いちいち突っかかるの止めてほしいよなぁ」

 非難を込めたひそひそ話が響き渡る。それはジェイラスも気づいていたが、毎度のことなので相手にしない。
 しかし、場所が場所なだけに、黙ってられない者も存在していた。

「ちょっとジェイラス! アンタ少しは空気読みなさいよね!」

 メラニーがビシッと人差し指を突き出しながら、顔を近づけて叫ぶ。それもまたいつものことであり、ジェイラスからすれば、ただの小うるさい説教に他ならないのだった。

「っせぇなぁ。お前こそ声デケェんだよ、バァカ!」
「なんですってぇ!?」

 一触即発な雰囲気を醸し出す二人。しかし周りの子供たちは、また始まったよと言わんばかりに呆れるのみ。これもまたいつものこと。今更慌てたところでどうにもならないことは、火を見るより明らかであった。
 むしろ、シュトル王国を出発してから、この大森林に到着するまでに一度も発生していなかったことが、奇跡なくらいだと思えてしまうほどである。
 故にエステルも始めての現象であり、呆気に取られていた。ネルソンは血の気の多い騎士団や兵士たちで慣れているためなのか、しょうがねぇなぁと言わんばかりに苦笑している。

「賑やかな子たちね」
「えぇ。年相応に元気がある証拠でしょう」

 ユグラシアとディオンも、小さく笑いながら見守っていた。
 いつの間にか他の子供たちも、きゃいきゃいと喋り出しており、集会所の講堂は喧騒に包まれていた。下手に声をかけたところで聞かないだろうということは、容易に想像できる。
 しかし、いつまでも放っておくわけにもいかない。
 これは課外活動――いわば授業であり『訓練』なのだ。
 そしてここにいる子供たちは皆、冒険者養成学校の入学試験に合格している。しかしまだ入学はしていない。
 そう――合格しているが入学はしていない。
 いわゆる『ゼロ年生』なのだ。
 普通の民間人でありながら冒険者への道に片足を突っ込んでいる。この課外活動に参加しているのが、なによりの証拠だ。
 故に、これまで見逃されてきた『甘え』もまた、ここでは通じさせていけないことも確かであった。

「――いつまではしゃいでるつもりだ、お前ら?」

 ネルソンの刺し込むような冷たい声が、子供たちの喧騒をピタリと止ませる。
 ハッと我に返った子供たちの視線の先に移っているのは、これまで見せたことのない威圧たっぷりな騎士団長の引き締めた表情であった。

「遊びに来てるんじゃねぇんだぞ。ガキの遠足がしてぇんだったら、さっさとここから出て行きやがれ。貴重な時間を無駄にさせるんじゃねぇよ、バカタレが!」
「えぇ、全くもってネルソンの言うとおりです」

 エステルが笑みを浮かべながら、スッと入ってきた。

「冒険者養成学校の課外活動で来ている以上、我々もキミたちを、ただの民間人として扱うつもりはありません。冒険者という職業が決して甘くはないことを、その身に叩きこまなければならないという使命がありますからね」
「そうだ。俺たちのことを、単なる『先生』だと思ってもらっては困る」

 再びネルソンが厳しい表情で切り出した。

「お前たちはもう、生きるか死ぬかの世界に片足突っ込んでんだ。それをこの課外活動で、しっかり胸に刻み込め。これはお願いじゃない――引率者である俺たちからの紛れもない『命令』だ。分かったな!?」
『――はいっ!』

 子供たちが一斉に返事をした。中には緊張のあまり、声が裏返っている者も何人か見られる。
 それに対してネルソンは――

「分かってくれたようでなによりだ」

 フッと小さく笑いながら、頷くのだった。

「お前たちが冒険者になりたいという気持ちを、この課外活動にぶつけて見せろ。俺たちはそれを期待している。底力を出せないヤツに、冒険者を名乗る資格はないと思っておけ。いいな?」
『はいっ!』
「フッ、返事だけは一丁前だな。いいことだ」

 あまり表情には出していなかったが、子供たちの反応に、ネルソンはまずまずの満足感を得ていた。
 自分たちの若かった頃を少しだけ思い出したのは、ここだけの話である。

「さぁさぁ、堅苦しい挨拶はこれくらいにしておきましょう」

 パンパンと手を叩きながらエステルが明るい声を出す。

「厳しさの中にも楽しさがなければ、身につくモノも身につきません。怖いオジサンにはここで退場してもらい、森の賢者ユグラシア様のやさしーいお話タイムといきましょうか」
「あぁ、そうだな。怖いオジサ……おい、ちょっと待てやエステル」

 うんうんと頷いていたネルソンが、ピタリと動きを止め、笑っていない目でエステルに詰め寄る。

「それは何か? 俺にここから出ろって言ってんのか? あん?」
「別にあなたとは一言も言ってませんよ。自覚があるようでなによりですがね」
「つまり俺のことじゃねぇか!」
「はいはい。その怖い態度を少しは抑えてくださいって」

 エステルはネルソンを抑えつつ思っていた。騎士団長としての癖が、悪い方向で出てしまっていると。
 冒険者候補である子供たちに対し、厳しく指導する必要があるのは確かだ。この課外活動がその一環であることも間違いない。
 しかし、指導する対象もちゃんと考える必要はあるだろう。
 あくまで身に沁みさせるのは『厳しさ』であって、『恐怖』ではない。
 兵士たちに対して接するのと同じやり方では、目の前の子供たちが付いて来れるはずがないと、エステルは思っていた。

「そこまでにしておけよ、ネルソン」

 いつの間にか近づいてきたディオンが、優しくネルソンの肩に手を置いた。そして目の前で呆然としている子供たちに向かって、声を上げる。

「済まないな子供たち。ネルソンは俺が責任を持って預かっておくから、キミたちは課外活動を楽しんでくれたまえ」

 そしてそのまま、ネルソンの襟首を掴み、引っ張り出していくのだった。

「だっ! おい! 首根っこ掴むんじゃねぇよディオン! 大体テメェは昔からいつもそうやって偉そうに……」
「じゃあな」
「俺の話を聞きやがれってんだあぁーっ!!」

 ディオンとネルソンは、そのまま講堂から姿を消した。子供たちが無言で閉じられた扉のほうをジッと見つめていると、パンパンと手を叩く音が聞こえた。

「はーい。それじゃあ挨拶も終わったところで、私ユグラシアの講演を始めていきたいと思いまーす」

 ――パチパチパチパチ!
 拍手が送られるとともに、子供たちの表情に笑みが戻る。森の賢者の話が聞けるというだけで、子供たちはこぞってワクワクした気持ちに駆られていた。
 ユグラシアは人差し指を立てながら、優しく微笑む。

「それじゃあ早速――ティータイムの準備を始めましょうか♪」

 その瞬間、空気がピシッと固まった。
 一体この人は何を言ったのか――そんな疑問が渦巻き、考えたくないという気持ちすら浮かんできてしまう。

「はは、きっとアレだ。場を和ませるために冗談を言っているんだよ」

 引きつった笑みを浮かべるアレクに、他の四人も無理やり笑みを取り繕い、それぞれ頷き出す。

「そ、そういうことだったのか。ハハッ、驚かせやがって」
「そうよねぇ。いくらなんでもねぇ?」
「森の賢者様も、案外おちゃめなところがあったんだね」
「うん、私もビックリしたよ」

 それは四人の――否、この場にいる子供たち全員の願いでもあった。森の賢者から真面目かつありがたい話が聞けることを。
 講演の意味くらい知っているだけに、それを期待していたのだ。
 しかし――

「この日のために、美味しい紅茶とお菓子をたくさん準備してきたのよ。きっと皆にも喜んでもらえると思うわ♪」

 どう聞いてもティータイムにしようとしているとしか思えないユグラシア。そんな彼女の笑顔に、子供たちは改めて唖然としてしまっていた。

(やれやれ、全くこの賢者様は……)

 かつて自分も経験したことがある子供たちの様子に、エステルは苦笑しながらも少しだけ懐かしく思うのだった。

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