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第一章 色無しの魔物使い

020 偶然の産物

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 それから、数日が経過した――
 魔力を錬金素材とするポーション作りは、そう簡単なことではなかった。そもそも物質でも液体でもない魔力を、どうやって素材にすればいいのか――まずはそこから考えなければいけなかったのである。
 しかしアリシアは、やってみる価値はあると意気込んでいた。
 何もせずに諦めることだけはしたくないという気持ちに、ラティもその意気なのですと応援し、協力を惜しまなかった。
 それでも最初の二日はまるで成果が出ず、先がまるで見えない状況に、アリシアは悩んだ。そこでまたマキトが、思わぬ一言を放ったのだった。
 ――スライムの粘液って使えないのかな?
 なんてことない思いつきであった。スライムが『僕もこんなことできるよー』と言わんばかりに、自身の体から粘液を抽出する姿を思い出したのだ。
 しかしその言葉が、アリシアの実験を先に進ませるカギとなってくれた。
 魔力を持つスライムが存在することを、アリシアは思い出した。
 もしかしたら粘液に魔力を包ませ、それを錬金釜に素材として投入することができるかもしれないと。
 その目論見は大成功だったと言えるだろう。
 アリシア特性の魔力ポーション作りは、順調に進められていくのだった。

「ポヨー」

 粘液を抽出を終えたスライムがアリシアを呼ぶ。

「ありがとうスライムちゃん。それじゃあこの粘液に――」

 アリシアが粘液に手をかざすと、手の先が淡く光り出した。そこから青白い粒子が粘液に注がれていき、やがて粘液が形を変え、小さな球体へと化していく。
 素材用魔力玉の完成である。
 もっともこれは、偶然の産物に過ぎない。アリシアが試しに魔力を込めたら、たまたまこのような形に出来上がったというだけの話だ。それにどのような理屈が隠されているのか、アリシアたちは全く知らない。
 とりあえず錬金素材には使える――それが分かればいいやと、アリシアも軽い気持ちで実験の先へ進んでいったのである。
 普通ならば『それでいいのか?』みたいなツッコミが来るような状況だったが、残念なことにマキトもラティも、調合の理屈は分からない上に分かろうともしていなかったため、そーゆーもんかと流す程度に終わってしまった。
 そんなこんなで数日が経過した今も、なんとか問題なくアリシアの錬金実験は行われているのであった。

「――よし!」

 完成した素材用魔力玉を、他の素材とともに錬金釜へ投入。何十回目かの魔力ポーションを作り始めた。
 魔力玉に込められている魔力量で、錬金されるポーションも変わってくる。
 どれぐらい魔力を注ぎ込むのがベストなのか、数日かけても未だに掴めそうで掴めていない。そんな途方もない作業をアリシアは楽しそうに行っていた。
 よくもまぁ、そこまで頑張れるもんだ――それがここ数日でマキトが抱いた、率直な感想であった。

「そういや、こないだから気になってたんだけど――」

 近くの椅子に座り、頬杖をつきながらマキトが問いかける。

「魔力の抽出って、そんな簡単にできるもんなの?」
「んー、簡単でもないかなぁ」

 椅子に座り、頬杖をつきながらマキトが問いかけると、アリシアが錬金釜の液体をかき混ぜながら苦笑する。

「私の場合は必要に迫られてって感じかな。魔法が使えないから、体の中にどんどん溜まっていく魔力を放出させないといけなかったし」
「ふーん……じゃあ、それを利用して、粘液に魔力を染み込ませたってこと?」
「そんなところね」

 クスッと笑いながらアリシアが棒で錬金釜の中身をかき混ぜる。
 程なくして――新たなポーションが生み出された。

「今度こそっ」

 まだほんのりと温かい出来立てホヤホヤを手に取り、アリシアはラティに引き締めた表情を向ける。

「ラティ、味見お願い!」
「お任せなのです」

 小瓶を受け取り、ラティがその中身をコクコクと飲んでいく。この数日で、何度も見られた光景であった。
 魔力のあるラティやアリシアが試飲することで、その効果を確かめられるのだ。
 森にいる魔導師たちにも協力を求めたらとマキトは提案したが、アリシアは即座に却下した。下手に広めれば他の錬金術師に真似をされかねないからだ。
 錬金術師も立派な競争社会であり、成果は早い者勝ちである。
 先に成果を上げたい気持ちはアリシアも強いのだった。
 一応、アリシアからマキトとスライムにも、この件は人に話さないようにと強く言い聞かせている。もっともそれは心配ないとアリシアは思っており、当の本人たちも同じことを言っていた。
 そもそも他の誰かと話す気も予定もないからと。
 おまけにマキトは、この数日は全く森の散策に出かけていない。広場には近づこうとすらしていないほどであった。
 森の中はそうそう人はうろついていないが、全くいないということはない。
 魔物たちと遊んでいるところに、誰かがちょっかいをかけてくるのを、途轍もなく面倒に思えていたのだ。
 先日のディオンやダリルの一件が影響しているのは、言うまでもないだろう。

「どう?」

 ポーションを一口飲み、目を閉じたままジッとしているラティに、アリシアが恐る恐る話しかける。
 するとラティは目をカッと開き、満面の笑顔で振り向いた。

「――成功なのです! 体力と魔力が同時に癒される感じがしたのです!」
「ホント!?」

 アリシアが飛びつくようにしてラティに詰め寄る。そして残りの試作品を一口、ゴクリと勢いよく飲んだ。
 確かにラティの言うとおりだった。二つのじんわりとした温かさが、体の奥底から湧き上がる感じは、恐らく間違いないと。

「ってことは、薬草と魔力粘液の配合率は……こんな感じね」

 書き記したメモにペンでアンダーラインを引く。喜んでばかりはいられない。これを他のポーションと同じく、パパッと良品質で錬金できるようにする――それができなければ、本当の完成とは言えないのだ。

「ん~、なんだか体がポカポカして気分マックスなのですぅ~……えいっ♪」

 ラティがフワフワ飛びながら、洒落のつもりで手をかざすと、勢いづいて魔力が飛び出してしまう。

「はわぁっ!?」

 その魔力は、ちょうどスライムが抽出していた粘液に命中してしまい、粘液は丸い形へと変えていく。
 それだけなら、アリシアが作っていた素材用魔力玉と同じだったのだが――

「……なんか色が違う気がする」

 マキトが恐る恐る覗き込みながら呟く。確かにアリシアが作っていた魔力玉に比べると、明らかに色だけが大きく異なっていた。
 そしてそれとは別に、マキトは別の部分で驚いてもいた。

「魔力の抽出って、ラティにもできたんだな」
「いえ、今のは勢いづいただけで、意識してやったことはないのです」
「そっか……けどなんで、こんなにも色が違うんだろ?」
「ポヨー?」

 マキトとスライムが揃って首を傾げる。そこにアリシアがうーんと唸りながら、頭に浮かべた推測を口に出す。

「魔力の種類が違うってことぐらいしか思い浮かばないけど……」
「あ、多分それだと思うのです」
「えっ、そうなの?」

 サラッと答えるラティに、アリシアが目を見開く。

「なんとなく思いついただけだったんだけど……」
「でも実際、わたしたち妖精の魔力と、アリシアのようなヒトの魔力は、質が根っこから違っているのですよ」
「へぇ、そうなのか。不思議なもんだな」

 マキトの呟きにアリシアも確かにと思った。ヒトや魔物、妖精などの存在の違いが魔力にも表れている――その一端を見たような気がしたのだった。

「でもそれなら、魔力玉の色が変わるのも納得できるわね……ちょっと試しにコレで錬金してみようかしら?」

 ある意味、またとないチャンスでもあった。妖精の魔力が込められた素材用魔力玉など、このような時でもない限り手に入らないため、興味が動いてしまうのも致し方ないだろうと、アリシアは誰に対してでもない言い訳を心の中でする。
 アリシアはラティに魔力玉を使い、早速魔力ポーションを錬金し、それ自体は難なく成功させた。
 そして出来上がったポーションを掲げ、アリシアはそれをマジマジと観察する。

「やっぱり、色が違うわね。ポーションには違いないんだけど……」
「問題は効果なのです。どんな感じなのでしょうか?」
「そこなのよねぇ」

 ラティの問いかけにアリシアは顔をしかめる。

「魔力を修復させる特殊な効果を持つ魔力ポーション――読み取った情報にはそう出ていたのよね。一体どーゆーモノなんだか……」

 錬金術師が錬金したアイテムは、錬金した本人のみ、その情報を読み取れる。それもまた、この世界における錬金術師の特殊な能力の一つであり、昔から当たり前となっているため、誰も疑問を抱いていない。
 敢えて例えるならば、『そういうものだ』と言ったところだろうか。

「修復って、要は直すってことだよな? 魔力って壊れたりするもんなのか?」

 マキトが尋ねると、アリシアとラティが揃って首を傾げる。

「魔力が込められている道具――魔法具ならあり得ると思うけど……」
「普通に考えれば、壊れるより尽きるって言葉のほうがお似合いなのです」
「そうよねぇ」

 いずれにしても、出来上がった魔力ポーションが謎めいた代物であることに変わりはない――そうアリシアが思っていた時だった。

「アリシア! アリシアはいるかっ!?」

 ――ドンドンドンドンドンッ!!
 激しく扉を叩く音が響き渡る。もはやノックの域を超えているレベルだった。

「俺だ。エドワードだ! いるならここを開けてくれえぇーっ!」

 必死な叫び声。酷く慌てていることがよく分かる。アリシアは急いで玄関の扉を開けると、筋肉質の青年がローブを羽織った青年を連れて入ってきた。

「すまねぇ。コイツが……ウィンストンがヤベェんだ!」

 エドワードが軽く息を切らせながら、ウィンストンを見下ろす。ローブのフードから見えるその顔は、酷く息を乱していて苦しそうだった。
 間違いなく非常事態だと、アリシアも察する。

「一体何が――とにかくこっちへ!」
「おう!」

 アリシアがエドワードを中へ案内する。そんな慌ただしい様子を、マキトとラティとスライムが、神妙な表情で傍観していたのだった。

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