透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第一章 色無しの魔物使い

021 偶然の産物の効果

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「なるほどねぇ……」

 敷布団にウィンストンを寝かせ、マキトと魔物たちが看病を務める。その間にアリシアは、エドワードから粗方の事情を聞いた。

「要するにあなたたちは、クエストで相当な無茶をしてこうなっちゃったと」
「……そのとおりだ。返す言葉もねぇ」

 エドワードが悔しそうに項垂れる。淹れられた茶には口一つ付けられておらず、完全に冷めてしまっていた。

「格上のクエストだったんだが、俺たちならイケると思ってた! 最近はウィンストンの魔力も上がってたし、俺も筋力が付いてきて……」
「それ、若手冒険者がハマる落とし穴の、典型的なパターンじゃないですか」
「……だよな」

 容赦ない指摘に、またしてもエドワードは項垂れる。歳だけで言えばアリシアよりも四つ上という先輩なのだが、もはやその威厳は欠片もなかった。

「とりあえず、改めて確認させてもらいますけど――」

 腕を組みながらアリシアが切り出す。

「逃げ出すためにウィンストンさんが転移魔法を使い、それは無事に成功。しかしあまりにも遠距離を飛び過ぎたがために魔力が一気に枯渇状態……なんとか魔力溢れるこの森に来たまでは良かったけど、直せる手段が見つからないと」
「あぁ。そうだ。診療所にも行ってみたが、専門外だと言われてしまってな」
「でしょうね」

 アリシアは再びため息をつく。外傷や病気であれば診てもらえたのだろうが、ウィンストンの場合は体内を循環している魔力が尽きそうな状態。普通の医者には太刀打ちなどできない。
 それこそ魔法専門の医者でもいれば良かったのだが、生憎この森には、そのような者は存在していなかった。

「それで今度は、錬金術師を片っ端から頼ろうとしているって感じでしょうか?」
「まぁ、確かにそのとおりでもあるんだが……」

 エドワードは認めつつも、どこか歯切れの悪い態度を示す。それに対してアリシアは首をかしげた。

「どうしたんですか? 別に的外れな考えとは思いませんけど」

 藁にも縋る思いで、錬金術師の元を訪れる冒険者も少なくない。市場に出回っていない試作品の一つや二つが存在し、それが特効薬になる可能性も十分にあり得る話だからだ。
 自分のところに駆け込んだのも、まさに最後の手段だったのだろう――アリシアはそう思っていた。
 しかしエドワードは、意を決したような態度で首を左右に振る。

「広場の冒険者が聞いたんだ。アリシアが最近、新しいポーション作りに本腰を入れているってな。とある魔導師曰く、お前さんの家から魔力の動きがたくさん感じられたから、魔力絡みかもしれないとも言ってたんだよ」
「……そうだったんですね」

 よくよく考えてみれば、感づかれても不思議ではないことに、アリシアは今更ながら気づかされる。魔力がたくさんある森ともなれば、魔力を察知できる優秀な魔導師の一人や二人は毎日のように訪れるだろう。その者からエドワードが話を聞いたとしても、何ら不思議ではないのだ。
 しかしながら、妙な意味でタイミングがいいのも確かであった。
 アリシアは神妙な表情でエドワードを見据える。

「可能性は……ないワケでもないですよ」
「な、なんだと?」

 目を見開くエドワードに、アリシアは小さく頷いた。

「ついさっき、たまたま錬金に成功したポーションがあるんです。それは確かに魔力に絡んでいる代物で、理論上は回復薬の類になります」
「マジか。じゃあそれをアイツに――」
「ただし!」

 喜びの表情を浮かべるエドワードだったが、そこにアリシアが待ったをかけるようにピシャリと言う。

「上手くいく保証は全くないです。一応、鑑定はしましたけど、あいまいな答えしか出てこなかったので……まだ効果の検証すらもできていないモノなんです」

 少し言い淀んだが、アリシアは正直に告げた。下手に隠して大事になるほうがよほど怖いからだ。
 エドワードが息を飲むが、アリシアからすれば想定の範囲内である。

「確かに魔力を回復できるポーションのはずだけど、試作を通り越した、本当に偶然という偶然が重なった産物。どんな副作用が出るかも分からないというのが、正直なところですね」

 本当にそれでもいいですかと、アリシアは視線でそう呼びかけた。
 エドワードもそれを察し、思わず緊張でゴクリと喉を鳴らす。しかし、もはや選択の余地は残されていないも同然であった。

「……頼む。その薬をウィンストンに飲ませてやってくれ!」

 ガバッと椅子から飛び上がり、そのままエドワードはアリシアに土下座をする。

「もしダメでも、その時はその時だと割り切る。俺も覚悟を決める。頼むっ!」

 ギュッと目を閉じて頭を下げるエドワード。彼がそれだけ本気なのだと、アリシアも感じ取るのだった。

「――分かりました。念を押すようで悪いですけど、恨まないでくださいね」

 その瞬間、エドワードはガバッと顔を上げた。

「ありがとう。約束する!」

 そして再び頭を下げる。しかしその表情は希望にあふれた輝きがあった。
 そんな彼の姿にアリシアは苦笑しつつ、先ほど錬金したばかりの液体が入った小瓶を持ってくる。

「特殊な効果を持つ魔力ポーション――試作品だから代金はいりません」
「あぁ。それをアイツに飲ませればいいんだな?」
「どうなるかは分からないですけどね」

 アリシアは小瓶を差し出すと、エドワードがそれを慌てて受け取る。やや乱暴な形となったが、緊急事態と言うことでアリシアも何も言わない。
 エドワードはすぐさま隣の部屋へ駆け込む。
 偶然にもマキトたちは、替えのタオルを取りに席を外しており、そこにはスライムだけが居座っていた。
 派手な音により、うつらうつらとしていた表情が驚きの反応に切り替わる。

「ポ、ポヨッ!?」

 スライムはあたふたしながら部屋の隅に駆け寄る。エドワードもそれに気づいてはいたが、それどころではないとスルーした。
 ウィンストンは苦しそうだった。顔が真っ赤になっており、乗せられているタオルも温かくなっていた。

「……な、何だ?」

 マキトが部屋を覗き込む。ラティもマキトの肩の後ろから覗き込んでおり、エドワードは彼らの存在に気づいていない。

「頼むぞ、これで元気になってくれ!」

 エドワードはウィンストンを軽く起こし、小瓶の中身を飲ませる。幸い意識は軽く残っていたため、無理なく飲み干すことに成功した。
 その瞬間、ウィンストンの体が淡く光り出した。
 周りが目を見開く中、光がウィンストンを包み込み――やがて収まった。

「なっ、こ、これは……」

 まさかの結果に、エドワードは信じられない気持ちでいっぱいだった。
 ウィンストンの呼吸が整っている。やや息は乱れているが、ほんの数秒前まで見せていた苦しそうな表情は、明らかに和らいでいた。
 まるで、峠を越えたかのように。

「信じられない……本当に治ったっていうの?」

 アリシアも呆然と立ち尽くしていた。成功こそしたが、どうしてそうなったのかが分からないため、喜びたくても喜べなかった。

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