bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

文字の大きさ
104 / 151
第12章

94 意志あるところに道は開ける

しおりを挟む
 翌日、凌遅からアポが取れたと報告された。約束の日は明日──奇しくも私の誕生日だった。たまたまという可能性もあるが、もし故意だとしたら嫌なことをしてくれる……。だが、そんな揺さぶりに大した意味はない。むしろ、との対話を通して道が開けるかも知れないと考えれば、打って付けの日だとすら思った。

 当日は気合を入れねばならない。何か、意気が揚がるものはないか思案した結果、あるアイテムが頭を過ぎった。

「買いたいものがあるんですが」

 私の申し出に、凌遅は「備品の中にないものなのか」と訊いてきた。あるかも知れないが実際に目で見て選びたいのだと伝えたところ、理解を示し、車を出してくれた。

 向かったのはスクェア・エッダのアパレルショップだ。ツェペシュとの一件で迷惑をかけたことが気になっていたし、棚の陰に隠れていた時、目に入った服が印象に残っていた。季節が変わっているからもう取り扱いがないかも知れないと不安になったが、店の奥で無事発見できた。
 パンツスーツタイプのブラックフォーマルだ。慶弔両用のクラシカルなデザインで、昔、母が授業参観に着て来たものに似ていた。それを纏った母が凛としていて、とてもカッコ良かったのを思い出したのだ。
 フィッティングルームを借りて試着してみると、幸いにしてぴったりだった。

「思ったより、いい感じかも……」

 鏡に映る自分に母の面影を見たことで、勇気を貰えた気がした。
 せっかくなのでパンプスも新調し、万全の準備を整える。

「目当てのものは見つかったのか」

 店の外で待機していた凌遅が声を掛けてきたので、私はうなずき、ショップの名前の入った紙袋を見せる。そして、中から取り出した小さな袋を彼の前に差し出した。

「何だ、それは」

「ハンドミストです。微香ですし、アルコール配合なので、消毒液代わりに使えるんじゃないかと思って。よかったらどうぞ」

「君からそんなものを受け取るいわれはないんだがな」 

 怪訝そうな凌遅に、私は購入の意図を明かす。

「以前、こちらの商品をいくつも台無しにしてしまいました。だから、いくらかでも償いたいと思って買ったんです」

「店に損害を出したのはツェペシュと俺だ」

 凌遅は腑に落ちない様子でつぶやく。

「君には一切責任はないし、本部が対応済みのはずだから、こんなことをする必要は──」

「いいんです。私の気持ちの問題ですから」

 私は凌遅の言葉を遮る。

「あと、今日付き合ってもらったことへの感謝の気持ちも少し、込めています。いらないなら自分で使うだけなんで、回収しますけど……」

 それを聞いた凌遅は、「なるほど」と言って袋を受け取った。

「君は誠実なんだな、バーデン・バーデンの処女。ありがたく使わせてもらう」

 彼が軽く目を細め、またもらしくない台詞を言うので少々動揺したが、悪い気はしなかった。


 偏食の凌遅に“食事を奢る”というパターンはないため、私達はそのまま部屋に帰ることにした。明日に備えて気持ちを作っておく必要もある。

 私はダイニングで読書をすることにした。本棚を見ていた時、『はじめてのおつかい』が目に入った。これも子供の頃に父が買ってくれたことのある絵本と同じものだ。私はそれを手に取る。パラパラとページをめくるうち、昔、主人公の女の子に自分を重ねて読んだ記憶が蘇ってきた。
 ドキドキしながら小さな失敗と挑戦を繰り返して、最後には目的を果たす主人公の姿に、私は再度、自分を重ねる。

 いよいよ明日だ。焦燥感が募り、身の置き所がない。自分で言い出したことなのに、おかしな話だと思う。だが、客観的に考えればやむを得ないことだと自分に言い聞かせ、私は読み終えた本の上に突っ伏した。

 ふと聴覚が優位になり、それまで部屋の隅で聞こえていたパソコンの操作音が止んでいることに気付いた。凌遅はいつも通り動画の編集をしていたはずだが、今日はもう作業を終えたらしい。代わりに、さらさらとペンを走らせる音がし始める。
 興味を引かれ、私は音のする方に顔を向けて目を開く。うつ伏せになった時、眼鏡を外しているのでまったく見えないが、彼がこちらを向いているのはわかった。

「……何ですか」

 私が上体を起こし、眼鏡をかける間に、凌遅はこちらへやって来ていた。彼はすいと何かをテーブルの上に置き、キッチンへ向かった。
 見れば、小さなカードが置かれていた。そっと手繰たぐり寄せると、一輪の花を持つ女性のイラストが一筆書きのようなタッチで表現されていた。髪の長さや眼鏡などの特徴からして、モデルは私らしい。どうやら、さっき描いていたのはこれのようだ。カードの材質やインクなど、すべてにこだわりが感じられ、デザインもセレクトショップに並ぶレベルのクオリティでつい見入ってしまった。

 裏返すと、美しい文字でメッセージが書かれていた。

 “Where there's a will, there's a way.”

 これは知っている。第16代アメリカ大統領が引用したことで有名になった西洋のことわざだ。

「このカード、私にですか」

 キッチンに足を運び、凌遅に訊く。すると彼はフライパンで卵を揚げながら、「ああ。気が乗ったんで描いてみた。明日の君に向けてのエールだ」と答えた。

「ありがとう、ございます……」

 予期せぬことで戸惑ったが、彼の気遣い自体は嬉しかったので、素直に感謝を伝えた。その直後、

「──この花って、ピンポンマムですか」

 自分でも意図しない質問が口をついた。

「そうだ」

 凌遅が肯定するのを聞いた私は、「あなたにとって、何か特別な意味を持つ花なんですか」と続けた。

「父の時も……この花をモチーフにしていましたよね」

 自分は何故、こんなことを訊いているのだろう。

「特別な意味はない」

 凌遅はコンロの火を止め、揚げたまごを皿に取りながら言った。

「ただ、頭に浮かびやすいんだ。描きやすいというのもあるが、単純に好きなんだと思う」

「そう、ですか。なるほど……」

 唐突に的外れな質問をしてしまった。臨戦態勢に入って気が立っているせいかも知れない。

 私はカードを携帯端末の上に乗せ、テーブルに置いた。
 “意志あるところに道は開ける”──改めて考えると、今の私に一番必要な言葉だ。

 明日、に会ったら、とにかく怯まず、話をしよう。こちらに非はない。堂々と向き合うんだ。正直なところ、とても、とても、恐ろしいけれど……。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...