103 / 131
第12章
93 いい潮時 ⚠
しおりを挟む
数日が経ち、“組織の日常”が戻ってきた。私は凌遅と共に“LR×Dの遊び場”に赴き、彼が本部の用意した“素材”を解体するのを見届ける役割を担う。
私にとって最大の関心事はバエルと会うことだが、彼の帰国に関する話はまだ入って来ていない。また、処刑人“バーデン・バーデンの処女”としての役割を果たせと、携帯端末に本部から通知が来る。これはおそらくベルフェゴールの采配だ。私の存在意義を問おうとしているように思える。何とも当て付けがましくて不愉快極まりないが、逆らえば面倒なことになるとわかりきっているし、目的を果たすまではなるべく精神を消耗したくないので、従わざるを得ないというのが実情だ。
“遊び場”の多くはLR×Dが管理する廃ホテルや廃工場などで、怖いもの見たさの学生や、廃墟探索・心霊系の動画配信者など、いろいろな属性の人達が犠牲になった。松葉杖を突いた私が露出度高めの服を着てうろついていると、彼らは油断しあっさり凌遅の毒牙にかかってしまうのだった。
拘束された人は当初、激しく狼狽し、怒鳴ったり泣いたりする。私に向かって、助けてくれと懇願する人もいた。だが私がうつむいたまま反応せず、紙袋を被った凌遅があまりにも事務的に肉を削いでいくので、そのうち感情が枯渇しされるがままになっていく。そして皆、自身の肉が床に並べられるのを見ながら、最後には身体の大部分を欠損した異形に変わり、息絶える……。
あんなにも恐ろしかったはずの光景が、今は一つのプロセスにしか見えない。それだけ強靭になったのだと言えば聞こえは良いが、実際はいろいろな感覚が麻痺してきているだけなのだと思う。
作業が終わった後、凌遅は可能な限り、現場を片付ける。事前にビニールシートを敷くなどして汚染が最小限になるよう配慮しているとは言え、彼自身も傷が塞がったばかりだから、それなりに疲れるに違いない。
気になって「手伝いましょうか」と声を掛けてみたところ、彼は「自分の役割を果たすことだけ考えな」と断り、決して触らせなかった。
「必要以上に心を痛めなくていい」
凌遅は毎回こう言った。
「作業をしているのは俺で、君は最前線でそれを見ているだけに過ぎない。例えば、サファリバスの車窓から猛獣を見るのと変わらない。彼らに食われている肉を見ていちいち感傷に浸っていたら、身が持たないだろう」
そんな簡単に割り切れるものではない。だが、彼の言葉は真理だとも感じる。
生きることは殺すこと。殺さなければ生きていけない。手放しで納得するのは難しいけれど、折り合いを付けなければならないことだとは思う。
ただ、それはあくまで、“生きるために必要なこと”が主体であるべきだ。だから、LR×Dを容認するわけにはいかない。しかし、現に私もその一部として、人殺しに関わっている……。
このギャップは如何ともしがたい。
私にはまだ清濁併せ呑む融通性は備わっていないので、今は己を見失わないよう、必死で踏み止まろうと決めた。
退院して1週間が経った頃には、松葉杖がなくとも歩けるようになり、長いこと居座り続けていた肋骨の痛みも落ち着いて来ていた。食欲があり、夏バテはしていない。
いい潮時だと思った。
「バエルには、いつ会えますか。もう帰って来てもおかしくない時期だと思うんですが」
私が切り出すなり、凌遅は「そろそろ声がかかる頃じゃないかと思っていた」と返し、「彼は既に帰国しているから、アポを取っておこう」と続けた。
意外な話に驚いたのは言うまでもない。しかも、私がベルフェゴールに呼び出された日には、ベリトから「翌日、帰国する」との一報が入っていたらしい。
どうして教えてくれなかったのかと不満だったが、「あの時の君はまだ回復途中だった。伝えれば血気に逸り、リハビリにも差し障りがあるだろうと思ってな。ベリトと相談して、ある程度回復するまで黙っていることにしたんだ。もちろん野ウサギにも共有して徹底させた」という凌遅の説明に納得がいったので矛を収めた。
「バエルの様子は伝わってきていますか……」
「ベリトが言うには、出発前と変わらず息災だったようだ。同伴していたらしいベリアルが存在感を増していて、何だか不穏だと言っていたな」
「そうですか……」
うつむく私に、凌遅が問う。
「本当に彼と対面する覚悟はあるのか」
正直な話、私にもわからない。怖さやストレスの方が大きいし、得るものはほとんどないかも知れない。
だが、いつかは向き合わねばならない問題だ。気力と体力が充実している今がその時なのだと思い直し、私は顔を上げた。
「はい。一刻も早く会いたいです。訊きたいことと言いたいことが、いくつもあるので」
それを聞いた凌遅は「わかった」と肯い、「日程が決まったら伝える。心構えをしておきな」と結んだ。
私はうなずく。小さく吐いた息がかすかに震えた。
日ならず、彼と相対する。冷静さを保てるかわからないが、訊くべきことは整理してある。一つ一つ、説明してもらおう。納得できない場合、敢然と反発しよう。
いや、納得できたとしても糾弾するつもりだ。何をしているんだ、貴方は、と――。
私にとって最大の関心事はバエルと会うことだが、彼の帰国に関する話はまだ入って来ていない。また、処刑人“バーデン・バーデンの処女”としての役割を果たせと、携帯端末に本部から通知が来る。これはおそらくベルフェゴールの采配だ。私の存在意義を問おうとしているように思える。何とも当て付けがましくて不愉快極まりないが、逆らえば面倒なことになるとわかりきっているし、目的を果たすまではなるべく精神を消耗したくないので、従わざるを得ないというのが実情だ。
“遊び場”の多くはLR×Dが管理する廃ホテルや廃工場などで、怖いもの見たさの学生や、廃墟探索・心霊系の動画配信者など、いろいろな属性の人達が犠牲になった。松葉杖を突いた私が露出度高めの服を着てうろついていると、彼らは油断しあっさり凌遅の毒牙にかかってしまうのだった。
拘束された人は当初、激しく狼狽し、怒鳴ったり泣いたりする。私に向かって、助けてくれと懇願する人もいた。だが私がうつむいたまま反応せず、紙袋を被った凌遅があまりにも事務的に肉を削いでいくので、そのうち感情が枯渇しされるがままになっていく。そして皆、自身の肉が床に並べられるのを見ながら、最後には身体の大部分を欠損した異形に変わり、息絶える……。
あんなにも恐ろしかったはずの光景が、今は一つのプロセスにしか見えない。それだけ強靭になったのだと言えば聞こえは良いが、実際はいろいろな感覚が麻痺してきているだけなのだと思う。
作業が終わった後、凌遅は可能な限り、現場を片付ける。事前にビニールシートを敷くなどして汚染が最小限になるよう配慮しているとは言え、彼自身も傷が塞がったばかりだから、それなりに疲れるに違いない。
気になって「手伝いましょうか」と声を掛けてみたところ、彼は「自分の役割を果たすことだけ考えな」と断り、決して触らせなかった。
「必要以上に心を痛めなくていい」
凌遅は毎回こう言った。
「作業をしているのは俺で、君は最前線でそれを見ているだけに過ぎない。例えば、サファリバスの車窓から猛獣を見るのと変わらない。彼らに食われている肉を見ていちいち感傷に浸っていたら、身が持たないだろう」
そんな簡単に割り切れるものではない。だが、彼の言葉は真理だとも感じる。
生きることは殺すこと。殺さなければ生きていけない。手放しで納得するのは難しいけれど、折り合いを付けなければならないことだとは思う。
ただ、それはあくまで、“生きるために必要なこと”が主体であるべきだ。だから、LR×Dを容認するわけにはいかない。しかし、現に私もその一部として、人殺しに関わっている……。
このギャップは如何ともしがたい。
私にはまだ清濁併せ呑む融通性は備わっていないので、今は己を見失わないよう、必死で踏み止まろうと決めた。
退院して1週間が経った頃には、松葉杖がなくとも歩けるようになり、長いこと居座り続けていた肋骨の痛みも落ち着いて来ていた。食欲があり、夏バテはしていない。
いい潮時だと思った。
「バエルには、いつ会えますか。もう帰って来てもおかしくない時期だと思うんですが」
私が切り出すなり、凌遅は「そろそろ声がかかる頃じゃないかと思っていた」と返し、「彼は既に帰国しているから、アポを取っておこう」と続けた。
意外な話に驚いたのは言うまでもない。しかも、私がベルフェゴールに呼び出された日には、ベリトから「翌日、帰国する」との一報が入っていたらしい。
どうして教えてくれなかったのかと不満だったが、「あの時の君はまだ回復途中だった。伝えれば血気に逸り、リハビリにも差し障りがあるだろうと思ってな。ベリトと相談して、ある程度回復するまで黙っていることにしたんだ。もちろん野ウサギにも共有して徹底させた」という凌遅の説明に納得がいったので矛を収めた。
「バエルの様子は伝わってきていますか……」
「ベリトが言うには、出発前と変わらず息災だったようだ。同伴していたらしいベリアルが存在感を増していて、何だか不穏だと言っていたな」
「そうですか……」
うつむく私に、凌遅が問う。
「本当に彼と対面する覚悟はあるのか」
正直な話、私にもわからない。怖さやストレスの方が大きいし、得るものはほとんどないかも知れない。
だが、いつかは向き合わねばならない問題だ。気力と体力が充実している今がその時なのだと思い直し、私は顔を上げた。
「はい。一刻も早く会いたいです。訊きたいことと言いたいことが、いくつもあるので」
それを聞いた凌遅は「わかった」と肯い、「日程が決まったら伝える。心構えをしておきな」と結んだ。
私はうなずく。小さく吐いた息がかすかに震えた。
日ならず、彼と相対する。冷静さを保てるかわからないが、訊くべきことは整理してある。一つ一つ、説明してもらおう。納得できない場合、敢然と反発しよう。
いや、納得できたとしても糾弾するつもりだ。何をしているんだ、貴方は、と――。
3
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる