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第12章
93 いい潮時 ⚠
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数日が経ち、“組織の日常”が戻ってきた。私は凌遅と共に“LR×Dの遊び場”に赴き、彼が本部の用意した“素材”を解体するのを見届ける役割を担う。
私にとって最大の関心事はバエルと会うことだが、彼の帰国に関する話はまだ入って来ていない。また、処刑人“バーデン・バーデンの処女”としての役割を果たせと、携帯端末に本部から通知が来る。これはおそらくベルフェゴールの采配だ。私の存在意義を問おうとしているように思える。何とも当て付けがましくて不愉快極まりないが、逆らえば面倒なことになるとわかりきっているし、目的を果たすまではなるべく精神を消耗したくないので、従わざるを得ないというのが実情だ。
“遊び場”の多くはLR×Dが管理する廃ホテルや廃工場で、怖いもの見たさの学生や、廃墟探索・心霊系の動画配信者など、いろいろな属性の人達が犠牲になった。松葉杖を突いた私が露出度高めの服を着てうろついていると、彼らは油断しあっさり凌遅の毒牙にかかってしまうのだった。
拘束された人は当初、激しく狼狽し、怒鳴ったり泣いたりする。私に向かって、助けてくれと懇願する人もいた。だが私がうつむいたまま反応せず、紙袋を被った凌遅があまりにも事務的に肉を削いでいくので、そのうち感情が枯渇しされるがままになっていく。そして皆、自身の肉が床に並べられるのを見ながら、最後には身体の大部分を欠損した異形に変わり、息絶える……。
あんなにも恐ろしかったはずの光景が、今は一つのプロセスにしか見えない。それだけ強靭になったのだと言えば聞こえは良いが、実際はいろいろな感覚が麻痺してきているだけなのだと思う。
作業が終わった後、凌遅は可能な限り、現場を片付ける。事前にビニールシートを敷くなどして汚染が最小限になるよう配慮しているとは言え、彼自身も傷が塞がったばかりだから、それなりに疲れるに違いない。
気になって「手伝いましょうか」と声を掛けてみたところ、彼は「自分の役割を果たすことだけ考えな」と断り、決して触らせなかった。
「必要以上に心を痛めなくていい」
凌遅は毎回こう言った。
「作業をしているのは俺で、君は最前線でそれを見ているだけに過ぎない。例えば、サファリバスの車窓から猛獣を見るのと変わらない。彼らに食われている肉を見ていちいち感傷に浸っていたら、身が持たないだろう」
そんな簡単に割り切れるものではない。だが、彼の言葉は真理だとも感じる。
生きることは殺すこと。殺さなければ生きていけない。手放しで納得するのは難しいけれど、折り合いを付けなければならないことだとは思う。
ただ、それはあくまで、“生きるために必要なこと”が主体であるべきだ。だから、LR×Dを容認するわけにはいかない。しかし、現に私もその一部として、人殺しに関わっている……。
このギャップは如何ともしがたい。
私にはまだ清濁併せ呑む融通性は備わっていないので、今は己を見失わないよう、必死で踏み止まろうと決めた。
退院して1週間が経った頃には、松葉杖がなくとも歩けるようになり、長いこと居座り続けていた肋骨の痛みも落ち着いて来ていた。食欲があり、夏バテはしていない。
いい潮時だと思った。
「バエルには、いつ会えますか。もう帰って来てもおかしくない時期だと思うんですが」
私が切り出すなり、凌遅は「そろそろ声がかかる頃じゃないかと思っていた」と返し、「彼は既に帰国しているから、アポを取っておこう」と続けた。
意外な話に驚いたのは言うまでもない。しかも、私がベルフェゴールに呼び出された日には、ベリトから「翌日、帰国する」との一報が入っていたらしい。
どうして教えてくれなかったのかと不満だったが、「あの時の君はまだ回復途中だった。伝えれば血気に逸り、リハビリにも差し障りがあるだろうと思ってな。ベリトと相談して、ある程度回復するまで黙っていることにしたんだ。もちろん野ウサギにも共有して徹底させた」という凌遅の説明に納得がいったので矛を収めた。
「バエルの様子は伝わってきていますか……」
「ベリトが言うには、出発前と変わらず息災だったようだ。同伴していたらしいベリアルが存在感を増していて、何だか不穏だと言っていたな」
「そうですか……」
うつむく私に、凌遅が問う。
「本当に彼と対面する覚悟はあるのか」
正直な話、私にもわからない。怖さやストレスの方が大きいし、得るものはほとんどないかも知れない。
だが、いつかは向き合わねばならない問題だ。気力と体力が充実している今がその時なのだと思い直し、私は顔を上げた。
「はい。一刻も早く会いたいです。訊きたいことと言いたいことが、いくつもあるので」
それを聞いた凌遅は「わかった」と肯い、「日程が決まったら伝える。心構えをしておきな」と結んだ。
私はうなずく。小さく吐いた息がかすかに震えた。
日ならず、彼と相対する。冷静さを保てるかわからないが、訊くべきことは整理してある。一つ一つ、説明してもらおう。納得できない場合、敢然と反発しよう。
いや、納得できたとしても糾弾するつもりだ。何をしているんだ、貴方は、と──。
私にとって最大の関心事はバエルと会うことだが、彼の帰国に関する話はまだ入って来ていない。また、処刑人“バーデン・バーデンの処女”としての役割を果たせと、携帯端末に本部から通知が来る。これはおそらくベルフェゴールの采配だ。私の存在意義を問おうとしているように思える。何とも当て付けがましくて不愉快極まりないが、逆らえば面倒なことになるとわかりきっているし、目的を果たすまではなるべく精神を消耗したくないので、従わざるを得ないというのが実情だ。
“遊び場”の多くはLR×Dが管理する廃ホテルや廃工場で、怖いもの見たさの学生や、廃墟探索・心霊系の動画配信者など、いろいろな属性の人達が犠牲になった。松葉杖を突いた私が露出度高めの服を着てうろついていると、彼らは油断しあっさり凌遅の毒牙にかかってしまうのだった。
拘束された人は当初、激しく狼狽し、怒鳴ったり泣いたりする。私に向かって、助けてくれと懇願する人もいた。だが私がうつむいたまま反応せず、紙袋を被った凌遅があまりにも事務的に肉を削いでいくので、そのうち感情が枯渇しされるがままになっていく。そして皆、自身の肉が床に並べられるのを見ながら、最後には身体の大部分を欠損した異形に変わり、息絶える……。
あんなにも恐ろしかったはずの光景が、今は一つのプロセスにしか見えない。それだけ強靭になったのだと言えば聞こえは良いが、実際はいろいろな感覚が麻痺してきているだけなのだと思う。
作業が終わった後、凌遅は可能な限り、現場を片付ける。事前にビニールシートを敷くなどして汚染が最小限になるよう配慮しているとは言え、彼自身も傷が塞がったばかりだから、それなりに疲れるに違いない。
気になって「手伝いましょうか」と声を掛けてみたところ、彼は「自分の役割を果たすことだけ考えな」と断り、決して触らせなかった。
「必要以上に心を痛めなくていい」
凌遅は毎回こう言った。
「作業をしているのは俺で、君は最前線でそれを見ているだけに過ぎない。例えば、サファリバスの車窓から猛獣を見るのと変わらない。彼らに食われている肉を見ていちいち感傷に浸っていたら、身が持たないだろう」
そんな簡単に割り切れるものではない。だが、彼の言葉は真理だとも感じる。
生きることは殺すこと。殺さなければ生きていけない。手放しで納得するのは難しいけれど、折り合いを付けなければならないことだとは思う。
ただ、それはあくまで、“生きるために必要なこと”が主体であるべきだ。だから、LR×Dを容認するわけにはいかない。しかし、現に私もその一部として、人殺しに関わっている……。
このギャップは如何ともしがたい。
私にはまだ清濁併せ呑む融通性は備わっていないので、今は己を見失わないよう、必死で踏み止まろうと決めた。
退院して1週間が経った頃には、松葉杖がなくとも歩けるようになり、長いこと居座り続けていた肋骨の痛みも落ち着いて来ていた。食欲があり、夏バテはしていない。
いい潮時だと思った。
「バエルには、いつ会えますか。もう帰って来てもおかしくない時期だと思うんですが」
私が切り出すなり、凌遅は「そろそろ声がかかる頃じゃないかと思っていた」と返し、「彼は既に帰国しているから、アポを取っておこう」と続けた。
意外な話に驚いたのは言うまでもない。しかも、私がベルフェゴールに呼び出された日には、ベリトから「翌日、帰国する」との一報が入っていたらしい。
どうして教えてくれなかったのかと不満だったが、「あの時の君はまだ回復途中だった。伝えれば血気に逸り、リハビリにも差し障りがあるだろうと思ってな。ベリトと相談して、ある程度回復するまで黙っていることにしたんだ。もちろん野ウサギにも共有して徹底させた」という凌遅の説明に納得がいったので矛を収めた。
「バエルの様子は伝わってきていますか……」
「ベリトが言うには、出発前と変わらず息災だったようだ。同伴していたらしいベリアルが存在感を増していて、何だか不穏だと言っていたな」
「そうですか……」
うつむく私に、凌遅が問う。
「本当に彼と対面する覚悟はあるのか」
正直な話、私にもわからない。怖さやストレスの方が大きいし、得るものはほとんどないかも知れない。
だが、いつかは向き合わねばならない問題だ。気力と体力が充実している今がその時なのだと思い直し、私は顔を上げた。
「はい。一刻も早く会いたいです。訊きたいことと言いたいことが、いくつもあるので」
それを聞いた凌遅は「わかった」と肯い、「日程が決まったら伝える。心構えをしておきな」と結んだ。
私はうなずく。小さく吐いた息がかすかに震えた。
日ならず、彼と相対する。冷静さを保てるかわからないが、訊くべきことは整理してある。一つ一つ、説明してもらおう。納得できない場合、敢然と反発しよう。
いや、納得できたとしても糾弾するつもりだ。何をしているんだ、貴方は、と──。
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