18 / 28
妻の愛を勝ち取れ/14
しおりを挟む
恥ずかしがり屋の独健など本当はいないのだ。二千年以上も生きているのだから、もうずいぶんいい大人だ、この男は。
「返事がないってことは、いいって取るぞ」
黒のフードつきジャケットの長い腕が、颯茄の背中の真ん中に回され、あっという間に洗いざらしの白いシャツに引き寄せらた。
そして、夫の顔と同じ位置に持ち上げられた妻のそれ。
百九十八センチの世界がこんなに高いとは思っていなかった。いつも見上げていた顔が真正面にある。
目は心の窓。独健の人柄を表すように、どこまでも透き通る若草色の瞳がすうっと近づいてきた。そして、唇が触れた瞬間、風が吹きぬけ、サワサワと笹が鳴り出した。
――どこまでも温かいキス。
しばらく二人の髪だけが、葉音の中で揺れ続けていた。
*
時間切れというように、夫二人のいる竹やぶから追い出された颯茄。芝生の上を歩いていた彼女は、遠くにガーデンテーブルを見つけた。降り注ぐ空の青の下でピンとひらめく。
「あっ、テーブルの下!」
ベルベットのブーツで即行走り出そうとしたが、今までの隠れ場所を思い出して、慌てて急ブレーキをかけた。
「いやいや、それじゃ、ピアノの下と同じだな」
外に出たのはいいものの。家が地球一個分。庭はもっと広い。物陰は少なく、見晴らしのいい風景。
隠れる場所がなかなか見つからない。時間だけが悪戯に過ぎてゆく。それでも、どこかずれているクルミ色の瞳に、綺麗に整えられた植え込みが映った。
「よし、あっちだ!」
自分の腰の高さまでもある植木の城壁。その向こうは、首都の街が広がる断崖絶壁。本当なら、景色を存分に楽しみたいところだ。
しかし、今はとにかく隠れるだ。
急がば回れ――。そんな言葉がある。だが、颯茄の辞書からは抹消されていた。
いつもなら、しゃがんで垣根の向こうを確認するくらいのことはする。だが今は違った。
植え込みの向こうではなく、パニクっていて、自分が歩いてきた背後に振り返っただけだった。
「ん? 誰もいない」
よそ見したまま、一歩踏み出そうとしたところで、何かに足を引っ掛け、
「っ!」
前へと倒れ始めた。はるか下に広がる街並みが見る見る近くなり、落ちてゆくしかない運命の中で、Gを感じる転落が幕開けだ。
体は宙を舞い、捕まるものはどこにもなく、次に意識が戻るのは、身体中を貫く激痛の中。
だったが、一瞬のブラックアウトが起き、体の前面に何かが突如広がった。
「いつにも増して、落ち着きねぇな」
何がどうなっているのかわからないが、ガサツな声があきれた感じで、重力的に下から響き渡った。
「明引呼さん?」
目を開けると、雄牛のツノと羽根型の、兄貴がこだわり抜いたペンダントヘッドがすぐ近くに見えた。
足を引っ掛けたのは、ウェスタンブーツの側面。明引呼とは直角の位置で転んだはず。完全に体が崖の向こうへと出ていて、落ちそうになっていたはず。
それなのに、夫の上に全身を預けるように倒れていたのだった。
「あれ? どうして……」
慌ててやってきた妻の下で、夫は口の端をニヤリとさせる、その心の内は……。
――隠れんぼをしている。
始まってから時間はだいぶ経過している。
見つかっては隠れるを繰り返している。
いつも一生懸命な妻。
何度も失敗しているのなら、必死になる。
妻が慌てている可能性は大。
きちんと確認しない可能性が大。
断崖絶壁にある場所。
人が来る方向は決まっている――
だから、ウェスタンブーツを妻がわざと引っ掛けやすいところに出しておいたのだ。
それに見事につまずき、落ちそうになった妻。目をつぶった隙だらけの颯茄は、明引呼の上に瞬間移動をかけられてしまったのだ。
他の配偶者から見たら、妻が夫を押し倒しているの図。庭の隅っこで。情事以外の何物でもない。
「すみません。すぐどきます」
夫の気も知らず、礼儀正しく芝生の上に降りようとする妻。明引呼は筋肉質な両腕で颯茄をしっかり捕まえた。
「このままでいろや」
「えっ?」
どこまでも突き抜けてゆくような高く広い空の下。夫のガタイがいい体の上で、妻の長い髪も服も何もかもが、淫らになだれ込んだままになった。拘束された体。
急に吹いてきた風が、カウボーイハットをふわっと巻き上げ、首都の街の彼方へあっという間に消えてゆく。
「でも、帽子が――」
「飛ばせておけや」
そんなのはどうでもいいのだ、今は。それに、瞬間移動ですぐに手元に戻ってくるのである。
芝生の緑の匂いと空の青と、冬の風という野外。隠れんぼをしているのに、自分たちだけ、色欲漂う夜のようだった。
鉄っぽい男の匂いが容赦なく体のうちへ入り込んでくる、ウェスタンスタイルの厚い胸板の上で、颯茄の鼓動は勝手に早くなってゆく。ドキドキが、顔の火照りが止まらない。
今は隠れんぼをしているのであって、何とか落ち着いて考える。この状態から解放される言い訳を。そして、思いついた。
「明引呼さんが私の下敷きになってるので、重いからどきます」
往生際のよくない妻。夫はもう一度瞬間移動というカウンターパンチをお見舞いしてやった。
「返事がないってことは、いいって取るぞ」
黒のフードつきジャケットの長い腕が、颯茄の背中の真ん中に回され、あっという間に洗いざらしの白いシャツに引き寄せらた。
そして、夫の顔と同じ位置に持ち上げられた妻のそれ。
百九十八センチの世界がこんなに高いとは思っていなかった。いつも見上げていた顔が真正面にある。
目は心の窓。独健の人柄を表すように、どこまでも透き通る若草色の瞳がすうっと近づいてきた。そして、唇が触れた瞬間、風が吹きぬけ、サワサワと笹が鳴り出した。
――どこまでも温かいキス。
しばらく二人の髪だけが、葉音の中で揺れ続けていた。
*
時間切れというように、夫二人のいる竹やぶから追い出された颯茄。芝生の上を歩いていた彼女は、遠くにガーデンテーブルを見つけた。降り注ぐ空の青の下でピンとひらめく。
「あっ、テーブルの下!」
ベルベットのブーツで即行走り出そうとしたが、今までの隠れ場所を思い出して、慌てて急ブレーキをかけた。
「いやいや、それじゃ、ピアノの下と同じだな」
外に出たのはいいものの。家が地球一個分。庭はもっと広い。物陰は少なく、見晴らしのいい風景。
隠れる場所がなかなか見つからない。時間だけが悪戯に過ぎてゆく。それでも、どこかずれているクルミ色の瞳に、綺麗に整えられた植え込みが映った。
「よし、あっちだ!」
自分の腰の高さまでもある植木の城壁。その向こうは、首都の街が広がる断崖絶壁。本当なら、景色を存分に楽しみたいところだ。
しかし、今はとにかく隠れるだ。
急がば回れ――。そんな言葉がある。だが、颯茄の辞書からは抹消されていた。
いつもなら、しゃがんで垣根の向こうを確認するくらいのことはする。だが今は違った。
植え込みの向こうではなく、パニクっていて、自分が歩いてきた背後に振り返っただけだった。
「ん? 誰もいない」
よそ見したまま、一歩踏み出そうとしたところで、何かに足を引っ掛け、
「っ!」
前へと倒れ始めた。はるか下に広がる街並みが見る見る近くなり、落ちてゆくしかない運命の中で、Gを感じる転落が幕開けだ。
体は宙を舞い、捕まるものはどこにもなく、次に意識が戻るのは、身体中を貫く激痛の中。
だったが、一瞬のブラックアウトが起き、体の前面に何かが突如広がった。
「いつにも増して、落ち着きねぇな」
何がどうなっているのかわからないが、ガサツな声があきれた感じで、重力的に下から響き渡った。
「明引呼さん?」
目を開けると、雄牛のツノと羽根型の、兄貴がこだわり抜いたペンダントヘッドがすぐ近くに見えた。
足を引っ掛けたのは、ウェスタンブーツの側面。明引呼とは直角の位置で転んだはず。完全に体が崖の向こうへと出ていて、落ちそうになっていたはず。
それなのに、夫の上に全身を預けるように倒れていたのだった。
「あれ? どうして……」
慌ててやってきた妻の下で、夫は口の端をニヤリとさせる、その心の内は……。
――隠れんぼをしている。
始まってから時間はだいぶ経過している。
見つかっては隠れるを繰り返している。
いつも一生懸命な妻。
何度も失敗しているのなら、必死になる。
妻が慌てている可能性は大。
きちんと確認しない可能性が大。
断崖絶壁にある場所。
人が来る方向は決まっている――
だから、ウェスタンブーツを妻がわざと引っ掛けやすいところに出しておいたのだ。
それに見事につまずき、落ちそうになった妻。目をつぶった隙だらけの颯茄は、明引呼の上に瞬間移動をかけられてしまったのだ。
他の配偶者から見たら、妻が夫を押し倒しているの図。庭の隅っこで。情事以外の何物でもない。
「すみません。すぐどきます」
夫の気も知らず、礼儀正しく芝生の上に降りようとする妻。明引呼は筋肉質な両腕で颯茄をしっかり捕まえた。
「このままでいろや」
「えっ?」
どこまでも突き抜けてゆくような高く広い空の下。夫のガタイがいい体の上で、妻の長い髪も服も何もかもが、淫らになだれ込んだままになった。拘束された体。
急に吹いてきた風が、カウボーイハットをふわっと巻き上げ、首都の街の彼方へあっという間に消えてゆく。
「でも、帽子が――」
「飛ばせておけや」
そんなのはどうでもいいのだ、今は。それに、瞬間移動ですぐに手元に戻ってくるのである。
芝生の緑の匂いと空の青と、冬の風という野外。隠れんぼをしているのに、自分たちだけ、色欲漂う夜のようだった。
鉄っぽい男の匂いが容赦なく体のうちへ入り込んでくる、ウェスタンスタイルの厚い胸板の上で、颯茄の鼓動は勝手に早くなってゆく。ドキドキが、顔の火照りが止まらない。
今は隠れんぼをしているのであって、何とか落ち着いて考える。この状態から解放される言い訳を。そして、思いついた。
「明引呼さんが私の下敷きになってるので、重いからどきます」
往生際のよくない妻。夫はもう一度瞬間移動というカウンターパンチをお見舞いしてやった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大人の隠れんぼ=旦那編=
明智 颯茄
恋愛
『大人の隠れんぼ=妻編=』の続編。
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
ある日、夫の提案で、夫婦だけで隠れんぼをすることになるのだが、何だかおかしなルールが追加され、大騒ぎの隠れんぼとなってしまう。
しかも、誰か手引きしている人がいるようで……。
*この作品は『明智さんちの旦那さんたちR』から抜粋したものです。


【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる