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妻の愛を勝ち取れ/15
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ずれていた顔の位置を真正面に。鋭いアッシュグレーの眼光の前に、妻のクルミ色の瞳を連れてきた。
「何言ってやがんだ? 小説の世界にはまっちまって忘れちまったってか?」
妻は急にニコニコの笑顔になり、語尾をゆるゆる~と伸ばす。できるだけ凛とした澄んだ声で。
「こちらの世界は重力が十五分の一。ですから、重くないんです~」
明引呼の脳裏に鮮やかに浮かんだ。自分の運命を変えた、あのマゼンダ色の長い髪とヴァイオレットの瞳を持つ夫のことが。しかも今日は、女装をしているという。いつもふざけている野郎のことが。
夫はたくさんいる。それなのに、あの夫の真似してきた妻の前で、明引呼は口の端をニヤリとさせた。
「てめえ、わざとやってやがんな?」
俺が一番惚れてる野郎の真似しやがって――。アッシュグレーの鋭い眼光の向こうには、笑いという性格が隠れている。妻は知っている。だからこそ、ボケ倒しができるのだ。颯茄は彼女なりの含み笑いをした。
「むふふふ……」
ドキドキしすぎて困ることなどあるか。勝手に結婚してしまったが、自分たちの間には子供がもういるのである。ときめきがないとは言い切れないが、初恋みたいな手に負えないものではない。
妻もふざけた女郎だった。明引呼はしゃがれた声で、野郎どもにいつも口走っている言葉を吐き捨てた。
「てめえ、ジャーマンスープレックスだ!」
颯茄は目を見開いて、
「いやいや、プロレスの技でリングに沈めるのはやめてください!」
ジタバタしたが、夫の腕の力は強く、逃げることはできなかった。そして、明引呼から技の内容でツッコミ。
「できっかよ。オレの背中を後ろにブリッジさせんだろ」
地面を下にしている状態ではできないのである。相手の背中から両腕を回してつかみ、そのままブリッジして、リングに相手の頭を沈める、技なのだから。
「むふふふ……」
含み笑いをする妻。できない技だと知っていて、ふざけてみた。全然、ラブロマンスにならない二人。笑い笑いなのだ、このペアは。
「少しはキスさせろや」
耳元で黄昏気味な声がささやくが、その言い回しに妻はほれ込んで、親指を立て、歯をキランときらめかせながら渋く微笑んだ。
「兄貴、カッコいいっす!」
「家で兄貴って呼ぶんじゃねえ」
妻の手をつかんで封印し、自分の体の上でバランスを崩させて、再び密着した。だがしかし、颯茄は男らしい胸板に埋もれた顔を上げて、猛抗議。
「え~!? 呼びたいです!」
なぜだ。部下は呼んでもいいのに、妻が呼んでいけない理由がどこにあるのだ。颯茄の首の後ろに花柄のシャツの腕が回され、無理やり引き寄せられた。
「静かにしろや」
負けてなるものか。颯茄は沈ませられたリングからパッと起き上がり、
「いやいや、全然静かにしな――」
「キスで口ふさいでやっからよ」
アッシュグレーの鋭い眼光は、カウンターパンチを放つボクサーのように鋭く切り込んできた。布を強く引っ張るような感触が、唇に急に広がる。
「ん……」
黙らせられた妻は瞳を閉じた。真っ暗になった視界の中で、相手の温もりがお互いの胸を通して伝わってくる。
――溶けてしまうほどの熱いキス。
二人の上を、他の宇宙へ向かう飛行機が飛んでゆく。心地よい風が頬を服を柔らかに揺らす。しっかりと地面の上にいるはずなのに、フラフラとめまいがするような灼熱が、唇から全身へと燃え伝わってゆく。
どれだけ時が過ぎたのだろう。朦朧とする意識の中で、いつの間にか離れた唇。まぶたを開く前に、颯茄は大きな手で頭を抱き寄せられ、頬がすり合う位置で、しゃがれた明引呼の声がささやいた。
「惚れてんぜ――」
藤色の長めの短髪と芝生だけの視界で、鉄っぽい男の匂いを颯茄はあおる。
――この男はいつも熱いハートで生きている。二千年という月日で手に入れた知恵を持っている。感覚なのに理論。
妻の夢を叶えるために、陛下の元へ直談判に行き、約束を取り付けてくるような、恐れも何もかもを、熱さで乗り越えていってしまう。超絶タフな男。野郎どもに慕われてやまない男の中の男。
爆弾が投下され続ける危険な戦地でも、颯茄を抱えて、情熱と勘だけで前へ前へと走り抜けてゆくような男。
下ろしてほしいと頼んでも、最後まで力づくで連れてゆく男。立ち止まる暇があるくらいなら、燃えたぎる熱情でがむしゃらにはいつくばってでも立ち向かえと背中で語る豪勇。
自分と同じ感情で動いているのに、決してあきらめない。どんなに危険な道だろうと進めと、一緒に走ってやると言う。
そんな愛の形もあったのだなと、今まで出会ったこともない男だった――
「愛してます……」
心が熱くなり、目頭もついでに熱くなった颯茄だった。だが、明引呼はふっと鼻で笑い、
「あの野郎、嘘つきやがったな」
「えっ?」
颯茄はびっくりして、涙も引っ込んだ。驚いている妻はとりあえずいい。それよりもあの、クールなパンチをいつもしてくる夫のことが今は優先だ。
瞬間移動をする気はないが、到達地点をのぞき見ることはできる。本人がフィルターをかけていないのなら。
明引呼の脳裏に浮かぶ。青で統一された部屋で、白と黒の鍵盤を激しく弾く綺麗な夫。彼と妻の関係は誰でも知っている。
「今日が初めてじゃねえな。前にも言われてんだろ?」
「前にも言われてる?」
「何言ってやがんだ? 小説の世界にはまっちまって忘れちまったってか?」
妻は急にニコニコの笑顔になり、語尾をゆるゆる~と伸ばす。できるだけ凛とした澄んだ声で。
「こちらの世界は重力が十五分の一。ですから、重くないんです~」
明引呼の脳裏に鮮やかに浮かんだ。自分の運命を変えた、あのマゼンダ色の長い髪とヴァイオレットの瞳を持つ夫のことが。しかも今日は、女装をしているという。いつもふざけている野郎のことが。
夫はたくさんいる。それなのに、あの夫の真似してきた妻の前で、明引呼は口の端をニヤリとさせた。
「てめえ、わざとやってやがんな?」
俺が一番惚れてる野郎の真似しやがって――。アッシュグレーの鋭い眼光の向こうには、笑いという性格が隠れている。妻は知っている。だからこそ、ボケ倒しができるのだ。颯茄は彼女なりの含み笑いをした。
「むふふふ……」
ドキドキしすぎて困ることなどあるか。勝手に結婚してしまったが、自分たちの間には子供がもういるのである。ときめきがないとは言い切れないが、初恋みたいな手に負えないものではない。
妻もふざけた女郎だった。明引呼はしゃがれた声で、野郎どもにいつも口走っている言葉を吐き捨てた。
「てめえ、ジャーマンスープレックスだ!」
颯茄は目を見開いて、
「いやいや、プロレスの技でリングに沈めるのはやめてください!」
ジタバタしたが、夫の腕の力は強く、逃げることはできなかった。そして、明引呼から技の内容でツッコミ。
「できっかよ。オレの背中を後ろにブリッジさせんだろ」
地面を下にしている状態ではできないのである。相手の背中から両腕を回してつかみ、そのままブリッジして、リングに相手の頭を沈める、技なのだから。
「むふふふ……」
含み笑いをする妻。できない技だと知っていて、ふざけてみた。全然、ラブロマンスにならない二人。笑い笑いなのだ、このペアは。
「少しはキスさせろや」
耳元で黄昏気味な声がささやくが、その言い回しに妻はほれ込んで、親指を立て、歯をキランときらめかせながら渋く微笑んだ。
「兄貴、カッコいいっす!」
「家で兄貴って呼ぶんじゃねえ」
妻の手をつかんで封印し、自分の体の上でバランスを崩させて、再び密着した。だがしかし、颯茄は男らしい胸板に埋もれた顔を上げて、猛抗議。
「え~!? 呼びたいです!」
なぜだ。部下は呼んでもいいのに、妻が呼んでいけない理由がどこにあるのだ。颯茄の首の後ろに花柄のシャツの腕が回され、無理やり引き寄せられた。
「静かにしろや」
負けてなるものか。颯茄は沈ませられたリングからパッと起き上がり、
「いやいや、全然静かにしな――」
「キスで口ふさいでやっからよ」
アッシュグレーの鋭い眼光は、カウンターパンチを放つボクサーのように鋭く切り込んできた。布を強く引っ張るような感触が、唇に急に広がる。
「ん……」
黙らせられた妻は瞳を閉じた。真っ暗になった視界の中で、相手の温もりがお互いの胸を通して伝わってくる。
――溶けてしまうほどの熱いキス。
二人の上を、他の宇宙へ向かう飛行機が飛んでゆく。心地よい風が頬を服を柔らかに揺らす。しっかりと地面の上にいるはずなのに、フラフラとめまいがするような灼熱が、唇から全身へと燃え伝わってゆく。
どれだけ時が過ぎたのだろう。朦朧とする意識の中で、いつの間にか離れた唇。まぶたを開く前に、颯茄は大きな手で頭を抱き寄せられ、頬がすり合う位置で、しゃがれた明引呼の声がささやいた。
「惚れてんぜ――」
藤色の長めの短髪と芝生だけの視界で、鉄っぽい男の匂いを颯茄はあおる。
――この男はいつも熱いハートで生きている。二千年という月日で手に入れた知恵を持っている。感覚なのに理論。
妻の夢を叶えるために、陛下の元へ直談判に行き、約束を取り付けてくるような、恐れも何もかもを、熱さで乗り越えていってしまう。超絶タフな男。野郎どもに慕われてやまない男の中の男。
爆弾が投下され続ける危険な戦地でも、颯茄を抱えて、情熱と勘だけで前へ前へと走り抜けてゆくような男。
下ろしてほしいと頼んでも、最後まで力づくで連れてゆく男。立ち止まる暇があるくらいなら、燃えたぎる熱情でがむしゃらにはいつくばってでも立ち向かえと背中で語る豪勇。
自分と同じ感情で動いているのに、決してあきらめない。どんなに危険な道だろうと進めと、一緒に走ってやると言う。
そんな愛の形もあったのだなと、今まで出会ったこともない男だった――
「愛してます……」
心が熱くなり、目頭もついでに熱くなった颯茄だった。だが、明引呼はふっと鼻で笑い、
「あの野郎、嘘つきやがったな」
「えっ?」
颯茄はびっくりして、涙も引っ込んだ。驚いている妻はとりあえずいい。それよりもあの、クールなパンチをいつもしてくる夫のことが今は優先だ。
瞬間移動をする気はないが、到達地点をのぞき見ることはできる。本人がフィルターをかけていないのなら。
明引呼の脳裏に浮かぶ。青で統一された部屋で、白と黒の鍵盤を激しく弾く綺麗な夫。彼と妻の関係は誰でも知っている。
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