大人の隠れんぼ=妻編=

明智 颯茄

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妻の愛を勝ち取れ/13

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 気がすんだ独健はふと手を離して、二千年も生きている夫として妻に説教をし始めた。

「お前もそうだろう? 一体いつになったら自分のことをするんだ? 人のことばかり優先させて。そうだろう?」

 何度同じことを人から言われたのだろう。颯茄の唇はぎゅっと噛みしめられた。

「はい……」
「そういうことは俺たちに任せておけばいいんだ。颯は自分の信じた道を進めばいい。そうだろう?」

 さわやか好青年で、面倒見がいい夫の温かい言葉。その前で、我慢という薄氷を張っている心が溶け、颯茄の頬を涙が伝い始めた。

「…………」

 独健は慌てるわけでもなく、ただただ謝った。

「あぁ、すまない。泣かせるつもりじゃなかったんだが……」

 颯茄は手のひらで涙をぬぐい、首を横に振る。

「違うんです。感動して泣いてるんです。みんなが想ってくれてるから、自分は何事もなく過ごせてるんだと思うんです。だから、いつもありがとうございます」

 人より幸せだと、妻は思う。自分を愛してくれる配偶者がたくさんいるのだから。勝手に結婚してしまったけれども、みんなきちんと自分を一個人として大切に思っていてくれるのだ。

「素直でいい子だ」

 ポンポンと独健は颯茄の頭を、ミサンガをしている手で優しく叩いた。これがこの男の良さ。

 だが、妻は乱れた髪をさりげなく直す。いくら愛している人であろうと、頭を触られるのは遠慮したい性格なのだ。

「……あぁ、はい」

 ふと風が吹き、笹の葉がカサカサと音を立て、二人を他の景色から切り取った。

「だから……」

 冬の冷たい風に、独健の鼻声が混じる。

「お前のことが好きなんだ――」

 ――この男はいつでも、自分のことより、妻のことが一番。優しさの塊でできている。べったりにならず離れすぎず、絶妙なバランスで距離感をたもち続ける、天性の勘を持つ。

 人に好かれるのがよくわかる。夫たちの中では異例で、感覚で動いている。その代わり、自分と同じように直感をよく受ける。そこが重なり合う。

 だが、この男が生きてきた二千年という月日は、価値観の違いを生み、それが心地よいずれをいだく。

 大騒ぎでお互い相手に手を伸ばして、かすかに触れては、もう一度挑戦するの繰り返しを、ずっとトライし続けたいと強く願える男。

 そして、今みたいに、時々出会うのだ。自分とこの男の心の手は――

「好きです」

 颯茄は晴れやかな気持ちになった。だが、独健のはつらつをした若草色の瞳は陰りを見せた。

「何だ? ずいぶん素直だな。いつも言わないのに……」

 ギクリとし、颯茄は慌てて顔を背けた。

「っ……」

 すっと直感が落ちてきた、ひまわり色の髪の中に。屋敷があるであろう方向を見つめて、あの中性的な夫の気配――いや居場所を、瞬間移動をする時に使う感覚で捉えた。

「あぁ~、そういうことか。そうか。あいつにも感謝しないといけないな」

 アーミーブーツは地面の上を何度かふみ鳴らした。うんうんうなずいている夫の整った顔を、颯茄は不思議そうに見つめる。

「え? 何で納得してるんですか?」

 独健の大きな手が頭に落ちてきて、グラグラするほど揺すぶられた。

「お前が思ってるより、俺たちは連携が取れてるからな」

 やられてばかりでいるものか。颯茄は両手で独健の手をつかんで、ぽいっと投げ捨てた。

「どういうこと?」
「お前は知らなくていいんだ」

 鼻声の夫は気にした様子もなく、首を傾げている妻を見て、楽しそうに微笑んだ。

「おや~? こんなところにいたんですか~?」

 二人が振り返ると、こんな風景が広がっていた。竹やぶの中に、白いチャイナドレスを着た、マゼンダ色の長い髪を持つ男が一人。ピンヒールに、男を釘付けにするような綺麗な足をして、ニコニコと微笑むのに邪悪な夫。

 見つかってしまった。颯茄は慌てて、瞬間移動をかけようとしたが、

「また、別のところに隠れ――」
「ちょっと待った!」

 瞬発力のある夫が、妻の肩に手を置いて引き止めた。

「え……?」

 妻は知らないのだ。夫たちにやることがふたつあるとは。なぜ止められたのかわからず、二人の夫の間で、颯茄は立ち止まった。

「月、お前わざと早く出てきただろう?」

 勘の鋭い夫が気づいていないはずがない。鬼になるなどと言ってくるとは、おかしいのだ。何かをしているのである。

 夫は夫。夫夫は夫夫。対場は対等だ。月命はこめかみに人差し指を突き立て、時刻は、

 十五時三十三分十二秒――。

 隙なく確認しながら、女装夫は怖いくらいニコニコと微笑んだ。

「おや~? 君も人聞きが悪いですね。人の恋路を邪魔するものは、馬に蹴られて何たらです~」
「どうして、十四時七分なんだ? 集合時間が。それがいまいちわからない」

 やはり理論に、直感はかなわなかった。わかりやすく、わざと七分ずらしたのだ。光命に問い詰められても言わなかった、月命だ。言うはずがない。

 さりげなくこんな言葉で、先に進めた。

「独健、颯を連れ去ってしまいますよ~。まだ他の人が見つかっていませんからね~」

 優しい男にこんなことを言ったら、どうなるか目に見えている。独健はひまわり色の髪をかき上げ、うんうんとうなずいた。

「他のやつを待たせるのはよくないな」
「うふふふっ」

 含み笑いをして、すうっと白のチャイナドレスは竹やぶから姿を消した。

「あれ? 月さんがいなくなって……」

 鬼ごっこなのに。見つかったのに。取り残された妻。意味不明で、遠くまで見ようと背伸びをしたり、落ち着きなくキョロキョロしている颯茄の後ろから、独健のさわやかな声が響いた。

「キスしていいか?」
「あ……あぁ……」

 突然すぎて、颯茄は口をぎこちなく動かしながら、戸惑い気味に振り返った。
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