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8:逆襲の狼煙
しおりを挟む「まさか、鉱山がドワーフと鬼の住処だったとは……人間も大胆な事をしたものだ」
「はぁ……それで、人間に気付かれたら二の舞になるからと鉱山丸ごと地下に移したんですか」
「久しぶりに魔力切れでぶっ倒れた」
タスクの膝の上で、魔力切れから目を覚ましたセリアスは、その状態のままタスクに先日のドワーフと鬼の避難所生成の理由を説明した。
「……ホープが思った以上に役に立ったそうで」
「ああ。予想外の活躍だった」
「…………俺も、魔王様のお役に立ちたいです」
「立っているさ。今もこうして甘えさせてくれるじゃないか」
蘇ってからストールの次に長く共に過ごしているタスクには、セリアスは非常に無防備でだらしない部分も見せ始めた。
同族の居ないタスクとセリアスが同じ生活スペースで共に過ごしている影響もある。
「俺に出来る事なら、なんなりと」
「別に僕が欲しいわけじゃないぞ。私はただ、一個人のお前と共に居たい」
「っ……はい」
セリアスの言葉には親愛の情しか無い事はわかっているが、タスクは毎度ドキッとさせられている。
虐げられた魔族ならば誰しもが敬愛する魔王に対して、個人的な感情を持ってしまったタスクは日常的に胸を高鳴らしていた。
「魔力が戻るまで、動けん」
「……ぁ、はい」
膝の上で寝返りをうつ。暫くしたら寝息が聞こえてきて、タスクは起こさぬように魔王の頭を撫でる。
「(……魔王『軍』が形成出来ない以上、魔王様の孤独な戦いが続く。共に戦いたいのに……帰りを待つ事しか出来ない)」
自分の不甲斐なさに、タスクはしょんぼりと白い耳を垂れさせた。
もし、今、勇者達が来たらセリアスはきっと一人で立ち向かって命懸けでタスク達を守るだろう。そこにはきっとストールも居ない。本当に一人で行ってしまう。
「(どうすれば……いいんだ)」
悶々と悩みながら、眠っている魔王の頭を撫で続けるタスク。
撫でられているセリアスが密かに目を開けたが、タスクの手が心地良くてまた目を閉じた。
※※※
魔力回復期間中に、事件が起きた。
「……なんだ、これは」
「雄牛の数名に魔王様と同じ色の鱗が身体にポツポツ出ているようです。それ以外は、魔力の増減も無く体調も変化ありません。ただ、鱗が日に日に増えています」
エルフのヘルクラスが、異変の起きている雄牛達をセリアスの元へ引き連れてきた。
「薬を飲んでも塗っても治りません。剥がしても、三日後には再生しています」
「俺も初めて見るものです。鱗のような模様が浮き出る病はありますが、本物の鱗が発生する病は聞いたことありません」
不安気な雄牛達を診察しながらタスクが首を傾げる。
「……ん? お前達は……」
フッと、雄牛の顔ぶれにセリアスは共通点を発見する。
彼らは瀕死の重傷を負い、触手治療を施した者達だった。
「…………まさか」
《流石魔王様。遺伝子が強いですね》
「遺伝?」
《我々の特性が魔王様に現れたように、魔王様の一部を取り込んだ彼らに龍人の特徴が現れたのです。僅かな量だったので表面上だけですけど》
「…………寿命や内臓に影響は」
ストールがぴょいんと雄牛の肩へ飛び乗って、身体の状態を確認する。
《今のところはありません。鱗だけ魔王様とお揃いです》
「そうですか……はぁ、病ではないのですね」
「お揃いだってさ」
「へへ」
ヘルクラスが心底ホッと胸を撫で下ろし、タスクは興味深そうにストールの説明を聞いている。
病ではなく、セリアスに助けられた影響だと知った雄牛達の不安は吹き飛び、お揃いの鱗にキャッキャとはしゃいでいた。
「ふぅ……大事に至らなくてよかった。しかし、あんな微量で影響が出るものなのか」
《魔王様程の肉体であれば、水にマグマを垂らすようなもの。必ず影響が出るでしょう》
「…………」
セリアスは、自身の影響力について熟考し始め、難しい顔をしている。
その間に雄牛達とヘルクラスは仲間へ説明をしに階層へ戻っていった。
「……影響……外見に……」
「?」
《魔王様?》
「如何なさいました?」
「…………現実的ではないか。いや、少々考え事をしていただけだ」
頭の中で何かを練っていたようだが、放棄したようだ。
『ガウ! バウバウ!』
『グルルルゥ!』
「今度はなんだ……」
セリアスは、何事かと外へ出て、魔王城跡地を縄張りとする夜狼達が集まっている方向へ視線を向ける。
『ガゥ!』
「……珍しいな」
群れに囲まれていたのは、人間だった。
所々破けた白衣を身に付け、武器も持たずにただ一人。
不思議な事にその人間は、今にも噛み付きそうな夜狼に怯える事も敵意を向ける事もせず、ただジッと目を輝かせて眺めていた。
「昼に……夜狼が……コレは希少な体験だ」
「……ああ、そういうタイプの人間か」
「!!」
『クゥン』
今まで接してきた人間の中にも、セリアス相手に友好的な態度を示す人間は僅かだが存在した。
だが、その半分が闇討ちの為の嘘だった。セリアスの期待と僅かな希望を裏切って、人類滅亡への歯車を加速させただけ。
「ま、おう……」
「…………」
本物であれ、偽物であれ、人間ならば、殺してしまおう。
そう思ってスッと前に手を差し出した。
『ガシッ!』
「!?」
「本物、本物だ! 魔王セリアス! 生きてた! コレは奇跡だ!」
力強く両手でセリアスの手を掴みブンブンと上下に振っているのは、敵意の欠片もない平凡な男だった。
「良かった……本当に!」
「……ふん、良かった? 人類の厄災が生きているのにか?」
「厄災だなんて……とんでもない。貴方は魔族の為に戦っていただけです。あ、手型貰っていいですか? いいですよね?」
『バン!』
「…………」
忙しなく、身勝手な男は有無を言わせずセリアスの手にバシッと柔らかな板を当て、型を取った。
「やったぁ……もうコレで思い残す事はありません。さぁ、どうぞ」
「…………」
首を差し出すようにお辞儀をする男。それはそれは異様な物を目撃したような複雑な心情に陥るセリアス。
「(なんだ……今まで擦り寄ってきた人間とは違う。自殺にしては、意思が強い。なんだ? なんだ? どうする……今、殺していいのか?)」
「魔王さ……っ!」
『ダッ!』
「!? タスク! やめろ!」
セリアスの前で頭を下げる人間を見つけたタスクが、地面を蹴り上げてたったの一歩で人間の懐まで潜り込んだ。
打ち出される強力な蹴りから、セリアスは咄嗟に人間を庇った。
『ドガッ!』
「な!? 魔王様!!」
「ぅう、見事な蹴りだ。だがタスク、待て」
「……魔王様、人間を……何故?」
「…………試したい、事がある」
何故、この人間を庇ったのか自分でも理解出来ていない様子だが、先程熟考していた仮説を証明する為のモルモットが欲しかったのだと理由付けし、自分とタスクを納得させた。
檻を作り、そこへ人間を投げ入れる。
《人間を飼う趣味は無かったのでは?》
「コレは実験だ」
「……もしかして、俺、魔王の実験体? え? やば……贅沢過ぎる」
《頭が大分アレですが、対象はコレでいいのですか》
絶体絶命の状況に置かれても、人間は興奮気味にセリアスへキラキラとした憧れの眼差しを向ける。ストールが気味が悪いと無い眉を顰めた。
「用があるのは人間の身体だ」
『にゅるん』
「!」
人間の首を締め上げるように触手を巻き付け、溶け込ませていく。
「うっ……ぁ、ああ」
「まずはこれぐらいだ」
『ドサ』
《魔王様?》
「人間を魔族に出来るかの実験だ」
《お言葉ですが……もし出来たとしても、心は人間のままです。所業は変わりません》
「それでいい。外見だけでも、人間は魔族を排除する……外見主義の人間が、魔族の姿をした人間の言う事を信じると思うか?」
セリアスは、人間からしたら極めて下衆外道な手段を思い付いた。
魔王とは言え、やはり一人では限界がある。ならば、人間同士で殺し合わせればいい。
「聞くに人間同士で戦争もあったと言うではないか。数が多ければ種族内の常識はより強固で盤石になる。そこを利用し、変化を淘汰する修正力で人間の数を削る」
「ケホッ……ゴホッ……」
「……まだ死ぬなよ人間。期待しているぞ」
「は、はは……はい。魔王……様。必ず成果を」
「タスク、見張りを頼む」
「はい!」
しかし、魔族の姿に変化させ、争いを引き起こすにはそれなりの人間を変化させる必要がある。
コツコツと時間をかけてしまうと、その間に巧みなコミュニケーション能力でいつかは適応されてしまう。外見に捉われず話を聞く人間が居れば一気に円滑に進んでしまう。そこも考慮する。
「(爆発的に増やす方法を考えなければならない)」
《うーん、外見のみの魔族化人間で殺し合わせ、内からも崩したいところ》
「……内か……やはり、次世代が鬼門だな」
人間の世代交代は早い。減らした分もすぐに補填される程に。一番の懸念点である。
ストールもそれをわかっている。そして、それをどう抑えるかも繁殖のエキスパートであるストールには考えがあった。
《魔王様……子作り致しませんか? 触手の》
「は?」
《我々の特性を持った魔王様ならば、触手を孕ませる事が出来ます。性別種族問わず。しかも、その触手は魔王様の遺伝子を持っています》
「……待て待て。触手を物のように言うな。意思のある一種族だ」
《あの人間で許容範囲を知れば、命をかける必要はございません。触手は危機回避の為に自切が出来ます。切り捨てた一部をお使いください》
蜥蜴の尻尾のように、体の一部を自切して危機を脱する触手の習性を余す事なく利用すれば……悍ましくも、効果的な次世代潰しが出来る。
《そのまま溶け込ませて外見を変えるのもよし、何れ生まれてくる子どもの外見を変えるもよしです!》
「だが、私は……そういう経験がない」
《えっ?》
「…………」
五百年以上生きている魔王セリアスともあろう龍人が、童貞である事実にストールは素で困惑の声を上げてしまった。
魔王軍幹部であった同じ龍人のヴァレーリアとは良い雰囲気にあったとストールは思っていたが、戦友でしかなかったようだ。
人間から逃げ続けた幼少期から、人間から魔族を守る為に奔走し続け、現在に至る。
愛欲にうつつを抜かす暇など無かった。
《……まぁ、相手はよりどりみどりです》
「いや、相手にも選ぶ権利はあるはずだ」
《魔王様はもう少し強引になってもいいんですよ?》
「強引になっては、いずれ傷付けるだろ」
皆は散々嫌な思いをしてきたのだからと、セリアスはやり過ぎな程に魔族に優しい。だが、その優しさに、身を暴かれても良いと思う者も多いのだ。
例え、それに気付いたとしてもセリアスが欲望の赴くままに手を出す事はないだろう。
「まずは、実験を成功させてからだ」
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