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7:解放②
しおりを挟む牛獣人達が第二階層に移住し二日後……大分困った事態になっていた。
「ホープ! 魔王様から離れろってば!」
「やだぁ!」
「わがまま言って困らせるな!」
「やだぁ! 一緒に行く!」
「…………」
鉱山へ向かうセリアスからホープが離れないのだ。
抱き上げられながら、どうしたものかと頭を捻るセリアス。
タスクが引き離そうと叱っているが、火に油だ。
「ストールさんも何か言ってやってください」
《うーん、そうですね……今から魔王様が向かう場所は、貴方には辛い場所です。悪い事は言いません。ココで帰りを待っていてください》
「余計にだめ、辛い場所にセリアス様を一人に出来ない!」
「はっはっは。ホープは優しいな」
大きな子どもの頭を撫でるセリアスは、少し考えてから結論を出した。
「そこまで言うなら仕方ない。今回は連れて行こう」
《よろしいのですか? 隠密行動が出来なくなりますよ?》
「炭鉱の人間を逃さず全員皆殺しにすれば、すぐにはバレないはずだ」
「やったぁ」
同行を許可されて喜ぶホープ。その隣で不安気にセリアスを見上げるタスクが反対の声をあげた。
「魔王様、それは少々……甘やかし過ぎでは?」
「甘やかしてなどいない、現状を知らないホープには必要なことだ。それに本人が付いてくると言うなら致し方ない」
「…………そうですか」
セリアスを抱っこした状態のホープが、嬉しそうにセリアスの髪に頰を擦り寄せる様子を見て、諦めたタスクは嫉妬混じりの深いため息をつくのだった。
その日の夜に仮面をつけたセリアスは夜狼の背に乗って鉱山へ向かった。
「……本当に大丈夫か?」
「はい!」
『ドドドド!』
ホープを乗せて走れる夜狼が居ない。セリアスは魔法で浮かせて引っ張っていくつもりだったが、現在ホープは夜狼と並走している。
「(獣人達に体力がある事は知っていたが、牛獣人はココまでスピードを出せるのか)」
ホープは息を切らす事なく、鉱山へ辿り着いた。
「来たからには離れるな」
「はい」
内部へ繋がる通路には見張りが居た。
セリアスは指先を突き出して、水を弾丸のように打ち出した。
『ダァン!』
「うぁ!?」
「っ!」
『ダァンダァン!』
牛舎の時と同じように眉間を貫く。透明な弾道は夜闇に紛れ、こちらを認識する事なく見張り達は簡単に沈黙した。
「すごい……」
「中ではこうはいかん。しっかり着いてこい」
「はい!」
炭鉱内部に侵入し、慎重に進んでいく。
補強された通路は見通し易くもあるが、遮蔽物が無い為、身を隠す事は出来ない。
『ガツン!』
「いて」
「ああ、お前はデカいからな」
天井に頭と角をぶつけたホープを見ると……頭に靴が乗っていた。
「ん?」
正確に言うと、靴を履いた足がホープがぶつけた天井から突き出していた。
「(この気配は……)」
「セリアス様、なん、なに? これ?」
わたわたと動く頭上の脚を掴んで観察するホープ。
「引き摺り下ろせ」
「あ、はい」
『グイ……ガラガラガラガラ!』
「うわあ!」
天井の一部が崩壊し、脚の持ち主が落ちてきた。地面にぶつかる前にセリアスは小型な人影を受け止める。
「よっと。やはりドワーフか」
「だ、誰!? 黒い顔のお化け!?」
仮面をつけていたセリアスの顔を指差して太い手足をバタつかせる煤だらけのドワーフ。
「安心していい。お化けでも敵でもない。私は君の味方だ」
仮面を外したセリアスの顔を見て、相手が上位種の魔族である事を察したドワーフの子どもは目を輝かせた。
「助けに来てくれたの!?」
「ああ。君は何処から……」
「脱出経路作ってた。俺達サイズの。鬼達と人間挟み討ち出来る」
「く、はは。なんと逞しい」
ただただ人間に強いられる過酷な労働に徹していただけではなく、虎視眈々と反撃の機会を作っていたようだ。
人間は子どもに甘いところがある。まだ髭の生えていないドワーフの子どもは特に人間と見た目がよく似ている。同族に対する共感性が仇っとなった。
「すまない。その経路は無駄になる。今から私がココの人間を全て殺すからだ」
「え? 一人で?」
「ああ。心配いらない」
「人間の場所わかる? 教えてあげよっか?」
「それは助かる」
経路を掘り進めるのに、人間の配置は重要になってくる。目を盗んで事を進めるには、正確な位置情報が肝となるからだ。
「もうみんな限界なんだ。早くしないと大変な事になる」
「そうか……」
「堪忍袋の」
「そっちか……」
ホープに抱かれた子どもの案内があったおかげで、順路にいる人間をスムーズに撃ち殺していく。
「……別れ道」
「こっちが俺達の収容区。そっちが作業現場」
「…………奥に強い人間がいる」
「一人、鎧着てる人間がいて、鬼達も歯が立たないんだ」
「暴力の抑止力か……支配するには効果的だが、反発は常に発生する。強い精神力を持つ種族は特に」
鉱山の最深作業現場へと向かう前に、ホープと子どもに目を向ける。
「ホープ、その子をしっかり守れ」
「はい!」
ツルハシの音が延々と聞こえる。
低い呻き声が反響し、命からがらに聞こえた。
曲がり角からソロリと目をやれば、驚く程広い範囲で採掘作業が行われている。ドワーフが掘り起こした鉱石を鬼達が運んで、また別の場所へ……その繰り返し。
人間が何十人でやる事をドワーフと鬼達は少人数でやらされている。
それを指揮している人間と、鎧を着た人間が数人。
「……誰だ」
鎧の一人が、こちらに気付いた。勘の鋭い人間がいるようだ。
「ホープはココで待ってろ」
「はい……」
ホープと子どもを待たせて、セリアスはスッと前に出る。
「怪しい者だ。武器を取れ、人間」
「魔族?」
「侵入者だ! 報告を」
『ダァン』
指示役の人間の頭を吹き飛ばし、警戒する鎧の四人衆に敵意を向ける。
唐突な展開に、ドワーフと鬼達が呆気に取られていた。
いち早くセリアスの強さを察した鎧の一人が指示を出す。
「殺せ」
指示は的確で、残りの三人は素早く反応した。
『ダァン』と激しい射出音が響き、水の弾丸が飛んでくる。透明な弾道を捉える事など出来ない……一人を除いては。
──パァン! 水の魔弾を弾き返し、跳弾した弾は地面に小さな穴を作る。
それは三人に指示を出した者だった。
セリアスに向かった他の三人は鎧を貫かれ地に伏した。
「情け無い。子ども騙しの狙撃にやられるとは」
「……ドワーフに鬼達。今のうちに脱出するといい」
「!」
仮面を外して、呼び掛ければ真意は全員に伝わる。
「魔王様だ!」
「魔王様!」
「なんと……」
「質問は後だ。お前達が生きていてくれて良かった。動ける者は負傷者を支えて外へ向かってくれ。鬱憤を晴らしたいものは好きにするといい」
魔族の王から解放の令が放たれれば、ドワーフと鬼達の怒号のような歓声があがる。
「「「ウオオオオオオオオオオオ!!」」」
「……本当に逞しい者達だ」
仮面を付け直すセリアスを見つめ、鎧の一人は信じられないといった様子で動揺しているようだった。
「ま……まさか、生きていたとは。悪逆非道の魔王セリアス……はは、勇者様もとんだ大嘘吐きだ。これでは、俺が勇者になってしまう」
「私に人間を痛ぶる趣味は無い。さっさと死ね」
『ダァン』
魔弾を再び撃ち込むも見切られている為、鎧は再度剣で弾く。その動作の間に、弾速を越えた速度で距離を詰めたセリアスは、魔弾に気を取られた鎧の後頭部を掴んで地面に叩きつける。
『ガァアアアン!』
「……しぶとい」
「速い。流石魔王」
地面を割る程の威力の打撃も、鎧の男には効果が薄い。
上位の物理耐性が施された鎧のようだ。頭は潰れる事なく、多少の流血で済んでいた。
『ザン』
掴んだ腕に剣を振るい、セリアスからの接触を逃れ距離を取る。
「強力な魔法を使えば、鉱山が崩れる。お優しい魔王様は魔族を巻き込むような戦闘はしない」
「…………」
セリアスの得意な魔法による戦闘は、いくら作業場が広かろうと閉所での使用は非常に危険が伴う。鉱山内部の崩落によりドワーフ達が生き埋めになってしまうからだ。
「肉弾戦の方が勝機はある」
「……それは生前の話だ」
フッとセリアスが臨戦態勢を解く。
「ん? 舐めてるのか?」
「違う。もう終わった」
セリアスの余裕の表情にゾクリと背筋に悪寒を走らせた鎧はすぐさまその場を離れようと足を動かしたが、遅かった。
『シュバ!』
「っ!?」
「やはり、勘が良いな」
地面を潜り進んでいた触手に両足を拘束された。
即、触手を断ち切ろうと振るった剣を持つ手をセリアスは掴み上げて……引き千切った。
『ギチギチ、ブチチチ!』
「う、ああああああ!」
力任せに骨と皮膚を引き千切られた激痛に悲鳴をあげる鎧。
セリアスは剣を握る手を放り投げて、悶える鎧の隙間へ触手を滑り込ませる。
「あ、あ……悪魔か。お前は……」
「お前達程じゃない。苦しませて悪かったな」
『ドォン!』
雷撃により、一撃で心臓を破壊された鎧は絶命した。
《お見事です。触手の扱いが上手くなられましたね》
「ああ……奥にまだ管理室がある。早く一掃しよう」
「セリアス様、すごいです。さっきのビカッて一瞬で」
ホープが駆け寄り興奮気味に感想を伝えて来る。
「褒めてくれるのはありがたいがそれはココを出た後に聞く。先に進もう」
「そこが一番奥」
『バン!』
中に入れば、もう人は居らず逃げ出した後のようだった。
《様子からしてドワーフ達より遅れて逃げ出しているので、恐らく逃亡は失敗していると思います》
「ああ。隠し通路が無ければな」
抜け道がないかセリアスが風の流れに耳を研ぎ澄ませていると、別の音が聞こえてきた。
管理室の壁と思しき場所から、声が聞こえた。
「隠し扉……」
『バキン、ギギギギ……』
南京錠を外し、重い扉を開ければ階段が続いていた。
地下へ続いている。
「やはり隠し通路があったのか?」
《しかし、妙です。ココを通ったのならば外から鍵をかける人間は居ないはずです》
「……確かに」
ひとまず、階段を降りて見れば、もう一枚扉が備わっている。
鍵はかかっておらず、中から異様な息遣いと水音がしていた。
「っ!!」
『ガラララ!』
「あ? おいまだ終わってないぞ」
そこに居たのは、小太りの中年男性だった。着崩した制服はそれなりの地位のある人間である事がわかる。
そして、その男の前には、雌の鬼が全裸で拘束されている状態だった。何が行われていたか一目瞭然。
「このッ!」
セリアスの怒りよりも早く動く影があった。
『バキャン!』
「…………」
ホープだった。ドワーフの子どもに目隠しをしながら突進した。角が眼孔を穿ち、勢いそのままに壁へホープ諸共激突した。
『べチャン』
「……牛のお兄ちゃん?」
「今、怖いお化けがいる。目を開けちゃダメだ」
「ぅ、うん」
頭突きで男の頭部を粉砕した血塗れのホープは、首無しとなった男の身体を忌々しげに蹴っ飛ばしている。セリアスは急いで鬼の拘束を解いた。
泣き腫らした目元が痛々しい。気を失ってもなお、悔しさが滲む表情をしている。
「僕、人間嫌いです。ああいう事する。痛いのに」
「っ……ああ」
ホープの言葉にセリアスは胸が締め付けられた。肉体改造を施されたホープは雄牛ながら乳が出る。普通は子どもを産んだ雌牛が子を育てる為に分泌するもの。
改造で行われた実験には、きっとそういう工程もあったはずだ。
「ココはそういう連れ込み場らしい。気分が悪いな。早く出『ガラララ!』
扉が開く音が聞こえた。そこに立って居たのは、ゼェゼェと肩で息をしている鬼だった。
「サキ……サキ……」
鬼気迫った形相でギョロギョロと目玉を動かし、セリアスの側で横たわる雌の鬼を視認した瞬間……堪忍袋の緒が切れた。
「あああああああああああ!! サキサキサキィイイ!! おのれおのれおのれ!!」
嫁を凌辱された事実を前に、湧きあがった激し過ぎる怒りの感情に我を忘れた鬼がセリアスへと襲いかかった。
『ガシッ!!』
「うんんん!」
「ホープ……」
暴走した鬼をホープが前に出て抱き止めるように抑え込んだ。ドワーフの子どもはいつの間にかセリアスの腕の中に収められていた。
「許さん許さん許さん!! 殺してやるぅ!! 殺してやるうう!!」
「……落ち着け。事は終わった」
「怖い。お化けまだいる」
目を覆うドワーフの子を抱き上げながら、セリアスが鬼の前で指を振るう。
すると、ガクリと脱力した鬼が跪いた。
「…………寝てます」
「眠らせたからな」
雌の鬼を布で包んで肩に抱き上げて運ぶセリアス。眠った鬼はホープが運ぶ流れとなった。
「夜狼との並走で見せてもらっていたが。予想以上に見事なスピードだ。おかげで助かった」
「へへっ」
褒められて嬉しそうに尻尾をパタつかせるホープと共に鉱山の外へ出れば、血塗れのドワーフ達と鬼達が家族で集まっていた。
《ああ……どうやら、男手は妻や子どもを人質にされていたようです》
「なるほど。武力的に優れた彼らが暴力に従いイイようにされていた理由がわかった」
「コフレ!」
セリアスに駆け寄ってくる二人のドワーフ。名を呼ばれた子どもがパチっと漸く目を開いた。
「父ちゃん……母ちゃん……みんな居る」
「こっちにおいで」
「魔王様、ありがとうございます」
「きっと私が来なくともなんとかなっていただろう」
「なんとか出来たとしても、我々だけでは何人か命を落としていたと思います。こうして全員怪我なく抜け出せたのは奇跡です」
確かに目立った怪我は無く、ドワーフ達も鬼達も生きている。
だが、問題を抱えた者達もいた。
「やっと外に出れたんだ。しっかりしろ」
「何か食べ物を……」
鉱山での生活でロクな食事が与えられていなかった所為か、何人か餓死寸前で意識が朦朧としていた。立つ事も出来ず、衰弱しきったドワーフや鬼を仲間が支えている。
「くそ、足が動かねぇ……」
「鉱山地帯で岩ばかりだ。食糧の調達に時間がかかる」
皆、疲労困憊で動くにしても長距離を往復する体力は無かった。
「私の」
《触手化した手を切って食べさせる、なんて事言わないでくださいよ? 流石に見過ごせませんし、皆が魔王様の肉を口にするとは思えません》
「…………ならばどうする」
「ぁ、あの、魔王様」
皆が困っているのを見たホープが、もじもじしながらセリアスの指を引っ張る。
「どうした」
「……ぼ、くの……その……乳は、お役に立ちますか?」
「!!」
ホープの言葉にセリアスは目を見開いた。
確かに、今最も身近で最良の手段である。
乳ならどの種族にも共通する資源である為かなり有り難い。
「いいのか? お前だって、辛いだろ」
「大丈夫です。なので、セリアス様……乳搾りを、お願いします」
「……わかった」
動ける者は食糧を探しに出ていく。それに便乗し、物陰に隠れてセリアスはホープの服を捲る。張りのある胸に触手を巻き付けて、乳頭を即興で作った石の器に向ける。
『ピュク、ビュルル』
「ん、んん……」
「痛くないか?」
「はい……もっと激しくても、平気です」
両胸から溢れて噴き出す母乳を、器で受け止める。
たっぷりと人数分の器が満ちるのに十分とかからなかった。
「……短時間でこんなに出たの、初めてです」
「そうか……偉いぞホープ」
「んへへ」
ホープを労いながらドワーフと鬼達のところへ戻り、瀕死の者を支え起こして器を口へとあてがい、ゆっくりと流し込む。
「……っ……ん、んく!」
口を付けた全員が、虚ろだった目に光を宿し、器を自分で傾けて喉を鳴らし豪快に飲み干していく。
『ゴキュゴキュゴキュゴキュ』
「ッッ~~ーー……ぷはぁ」
「生き返る……」
身体に染み渡る栄養満点の母乳は、餓死寸前の者達を死から遠ざけた。
「魔王様……何処から、このような」
「ああ。皆感謝するといい。この子の乳が皆を救ったのだ」
「ぇあ!? セリアス様!?」
まさか出所を暴露されると思っていなかったホープが素っ頓狂な声を上げるが、救世主には変わりない。
死にかけていた者達がホープの手を取って感謝を伝える。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「今まで生きて、こんなに美味い乳は初めてだよ!」
「本当に……ありがとう……貴方が居てくれて助かりました!」
「助けてくれてありがとう」
予想外の反応に狼狽えるホープ。
命を助けたのは紛れもなく自身の母乳だが、雄牛である自分の物だとバレたら嫌悪を向けられると思い込んでいたのだ。
だが、ここまで有り難られるとホープの意識にも変化が起きる。
「僕の体質で皆を助けられたなら……良かった……嬉しい」
恥ずかしがりながらも、コンプレックスだった肉体で助けられた命がある。手を取り合って、嬉しそうに微笑むホープ。
セリアスは、ホッと息を吐きながら空を仰いだ。
「(連れてきて正解だったな)」
ホープの大活躍により、誰一人欠ける事なく、ドワーフと鬼の救出は完了した。
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