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9:覚悟

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 人間を魔族にする実験は、結果的には……成功したが──

「……牛獣人達より影響が出やすいのか」
「鱗の他に、牙や爪、角まで生えてます。ですが、やはり外見のみの変化のようで魔力や身体能力に変化はありません」
「魔王様、どうでしょうか。私、見た目だけでも魔族に見えます?」

 檻の中で元気にクルクルと回って見せる人間は、どう見ても魔族にしか見えない。

「ラージャ、少し落ち着け。魔王様の前だぞ」
「はい、タスクさん」
「ラージャ?」
「この人間の名です」

 世話をしていたタスクが苦い顔をしながらセリアスに告げる。

「ふーむ。あの分量で私がここまで変化すると言う事は、子どもはもっと少量で済みます」
「……お前、人間のクセに人間を滅ぼしたいのか?」
「滅んでも良いと思っています。人間より、私は魔族が好きです。勇者が魔王に勝ったと聞いて、落ち込んだ人間は私だけですよ」
「…………そうか。では、次に何処まで摂取したら完全な魔族になるか調べてみるか」
「え……いいんですか!?」

 人間を嫌うラージャに興味が湧いたセリアスは、実験を続行する事にした。
 心が人のままでも、ラージャならば抵抗もせず、魔族になっても脅威にはならないと判断した。
 見張りも常時付ける必要も無い。
 タスクと共に自分達の生活スペースに戻った。

「……タスク、どうした?」
「ラージャから聞いた話です……ソルン帝国で、戦利品が根こそぎ無くなった事件で魔族が疑われ、魔族狩りが強化されているようです。それに反対したラージャは反感を買って国外追放されたと言っていました」
「鵜呑みには出来ないが、尚更、事を早く進めなければ」
「こと、とは?」
「…………」

 子作りの事は流石に恥ずかしくて言えないセリアスがグッと口を紡ぐ。

《子作りの事です》
「こづ!?」
「ストール!!」
《黙ってても仕方ないでしょう》

 セリアスは顔を赤くさせながらストールを睨む。
 タスクもあまりに予想外な事に居た堪れなくなり耳を掴み下ろして顔を覆った。

「子作り……そう、ですよね。魔王様にも、そういう方が……」
「いやいやいや、勘違いするな」
「?」
《しっかり説明しないと伝わりませんよ》

 タスクにわかりやすく説明するには、もう少し踏み込んだ事情を教える必要がある。セリアスが意を決した様子で語る。
 話が進むにつれて、タスクの表情が真剣なものになっていく。

「人間の繁殖妨害……」
「……ああ」
「その為の……触手の、子作り。性別も種族も、問わず」
「…………」

 タスクはセリアスの目を真っ直ぐ見つめ返しながら、震える声で溢した。

「……俺が、産みます」
「!?」
「産ませてください……魔王様、どうかご慈悲を」
「じ、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「……魔王様と、性行為が必要な事は承知しております」

 妻子が居たタスクにそこを言及するのは愚問だ。
 
「しかし……お前の心をおざなりには出来ない」
「そうですね……子を授かる行為とは、互いを思いやってこそ意味があると俺は思います。魔王様の御心も大切です」
「私の? お前のは」
「俺は何も問題ございません。俺は、魔王様になら、いいえ、魔王様に抱かれたいのです。例え、人間の繁殖妨害という理由が無くとも……貴方に」
「っ……」

 タスクの言葉の意味を察せないほど、セリアスも子どもではない。
 敬愛を越えた、確かな愛を告げられる。

「待て……待ってくれ……少々時間をくれ。お前の気持ちを利用したくない」
「してください。これは魔族の未来の為でもあります」
「違う。私はお前の気持ちを大切にしたいんだ。目の前のお前を大事に出来ないヤツが、魔族の未来を語るなど到底許せる事ではない」

 タスクの肩に手を置いて、馬鹿正直に己の気持ちを吐露したセリアスに、タスクは苦笑いを浮かべた。

「……優し過ぎますよ。本当に」
「タスク……お前の気持ちに応えたい。少し待ってくれ」
「…………魔王様」
「なんだ?」

 タスクはそっとセリアスに身を寄せて、そのまま軽く唇に触れさせた。

「……狡い方ですね」
「たすっ!? あっ! この!!」
「フフッ」

 一瞬にして顔を真っ赤にさせたセリアスが口付けの仕返しに兎耳を摘む。思いの外乙女な反応を見せたセリアスの姿にタスクは愛おしさを募らせた。

「お待ちしております」
「くっ……うう!」

 キス一つで狼狽えて小さくなるセリアスをニコニコと見守る。

《(焦ったい……何故そんな子作りに足踏みする必要があるのか……魔族間でも、生殖行為に対する意識が大分ズレがあるにしても、魔王様は初心うぶ過ぎる)》

 ストールは、あまりに純情な二人の展開に無い舌を鳴らしたくなった。

※※※

 セリアスは、魔族の平穏な世界を築く為ならば、命をかけて成し遂げるつもりでいた。
 だが、それを他の魔族に強制する気は無く、ただ安らかに穏やかに日々を過ごして欲しかった。
 魔王軍は、戦う意思の強い者達で形成されていた為、その者達の意思を尊重していたが……今回の共闘は極めてセンシティブであった。

「タスクさん、この草は」
「食べてみな」
「……げぇ~~!!」
「あっはっは! 渋いだろ? 飲み込むなよ」
「もぉ~~」

 エルフの子ども達に草の見分け方を教えているタスクを目だけで追う。

《如何ですか?》
「……よくわからん。可愛らしいとは思う。何より尊い」
《そこに在れば良いと?》
「ああ……愛おしい。私の欲で汚したくない」
《性欲が汚いみたいに言わないでください。我々が汚物になってしまいます》

 性欲の塊である淫魔族のストールがプリプリと体を揺らす。

「そういうつもりで言ったわけではない……これは、私の心の問題だ」
《魔族の為だからと、タスクさんを踏み台にしたくない御心は理解できます。ならば責任を取って末永く幸せにすればいいだけの話です。難しい事ではないでしょう》
「…………責任は取るが、末永く幸せを継続させられるか……難しい」
《いや、難しく考え過ぎです。なんでも一人で抱えようとしないでください。幸せはお二人で作っていくものですよ》
「…………」

 うだうだしているセリアスにストールがズバズバと背中を押す。

《魔王様、覚悟を決めてください。タスクさんは、もう腹を括っています》
「……ぁぁ」

 セリアスの心はまだまだ不安定に揺れていた。


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