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再十話 お前がな

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「……その動き、やっぱり素人か。馬鹿が油断しやがって」

 坊主が私を見て言うと、次に地面に気絶中の猿助に言った。
 オデコがヒリヒリ痛いけど、これで私の予定通りに行きそうだ。
 あとは強そうな坊主を有紗に押し付けるだけだ。

「おい、さっさと武器を捨てろ。俺はコイツほど優しく出来ねえ。武器持って調子に乗っているだけの素人には負けねえよ」

 やっぱり良い坊主みたいだ。私に降参するように言ってきた。でも、それは私には禁句だ。
 調子に乗った女子が先輩数人に人気のない校舎に呼び出されて、イジメられた時の対処法が使える。
 この方法で先輩達に精神的ダメージを与えて、半泣きで追い返してやった。

「お前がな」
「何だと? ふぅー、もう一度警告してやる。大人しく武器を捨てろ。そしたら、痛い目に遭う必要はない」
「お前がな」
「…………何を言っても無駄らしい」
「お前がな」
「……殺す」
「お前がな」

 最後のやつは言わなくてよかったけど、反射的に言ってしまった。
『お前がな』の一言だけで、全ての面倒な会話を処理する事が出来る禁術だ。
 当然、やられた方はブチ切れてしまうので要注意だ。
 向かってきたら頭突きで攻撃するか、殴られた後に先生に訴えるしかない。
 今回のような強い相手で先生がいない場合は……

「てぇにゃあー!」

 全速力で逃げるのが正解だ。坊主から回れ右して有紗の方に向かった。

「アリサ! 後は任せたよ!」
「ル、ルカ先輩ッ⁉︎」

 有紗の横を素早く通り抜けて、面倒事は全て任せた。
 生きて帰って来れた時は、ご褒美に頭ナデナデぐらいはしてあげるから。

「逃げられると思うなよ!」
「何でぇ‼︎」

 だけど、予定外の事が起きてしまった。坊主が有紗を無視して、私を全力で追ってきた。
 まあ、あれだけブチ切れされたら追いかけられて当然だ。私だって追いたくなる。

 だけど、このまま捕まるつもりはない。
 包丁を胸にしまうと、息を大きく吸い込んで周囲の人達に聞こえるように叫んだ。
 
「き、きゃ~~~~あ‼︎ 誰か助けてください‼︎ 変態が、変態大男に襲われるぅ~‼︎」

 ゴキブリ見ても叩き潰す私が、生まれて初めて女子っぽい悲鳴を上げてみた。
 映画の金髪セクシーモブ女子なら誰も助けの来ない路地裏で上げるけど、私はしっかり表通りで上げた。
 近くに見えるだけで五十人以上はしっかり人がいる。

「何だって? うっひぉー♪ こりゃー確かに変態だ」

 表通りにいたおじさんが、ジッと私の左胸の切れ目から見える黒い布を凝視しながら呟いた。
『変態はあんただよ!』と言い返したいけど、偽ブラ見せ女が何を言っても時間の無駄だ。
 今は「きゃ~! きゃ~!」叫んで逃げるのが最優先事項だ。

「おい、コラ! やめないか!」
「邪魔だ、退け!」
「ひいいい!」

 くぅぅぅ! しつこいなぁー!
 何人かの勇敢な住民が坊主の前に立ちはだかってくれるけど、怒鳴れ、剣を振り回されて逃げていく。
 あの巨体で走るの速いとか狡すぎる。こっちは胸が邪魔でいつもより走りにくいのに。

「ハァハァ! ハァハァ!」
 
 坊主を巻く為に叫ぶのをやめて、細い裏道に入って、右に左に適当に進路を変える。
 ペトラの行き先が家なら、この坊主を巻けば安心して向かえる。
 とにかくまた隠れるしかない。今なら巨乳女子トイレ以外にも隠れられる。

「先輩、こっち‼︎」
「——うわぁ⁉︎」

 隠れ場所を探していると突然建物の扉が開いて、その中に引っ張り込まれた。
『誰だか知らないけど、ありがとう』とお礼を言いたいけど、私を先輩呼ばわりするのは一人しかいない!

「こお——ふみあやや‼︎」
「うんんんんっ♡」

 殴ろうと右手を上げたのに、口の中に何かが入ってきた。
 オエッ、このクソ尼‼︎ またディープデスキスしてきた‼︎
 もう許さない! 舌引き抜いて、私の持っている塩でタン塩にして、口の中にリバース(戻す)してやる!

「ぷはぁ! いいんですか、ルカ先輩? 大きな音出すと坊主に気づかれちゃいますよ」
「——ふがぁぁ‼︎」

 キスやめたと思ったらこの腐れ尼、私のお尻撫でながら脅してきた。
 人が追われている事をいい事に、好き放題やるつもりだ。

「もう一度キスしてもいいですよね? 拒否したら大声出しちゃおうかなぁ~?」
「フゥーッ! フゥーッ! い、いいよ」

 落ち着け私、落ち着け私、ここは冷静に考えるんだ。
 今にも大噴火しそうな頭を抑えて、サイコパス有紗に同意した。
 この唇はもう奪われている。一度も二度も三度も同じだ。
 そう思うしかない。

「んっ、んっ、はふぅ……んっ」

 何も考えるな、何も感じるな、だ。
 今の私は座禅や滝行を受けている修行僧だ。
 心を鎮めて、無の境地に至らなければならない。
 決して変態に唇と身体を犯されていない。

「くぅっ! 逃げられたか。……仕方ない、町の入り口を警戒してもらしかないな!」

 外の方から坊主の声と走り去っていく音が聞こえてきた。
 つまりはもう修行僧は終わりだ。ここからは破戒僧で行ける。
 右手を握り締めると、目の前のクソ尼の左腹に舌ではなく、拳をねじ込んだ。
 
「はぅっ! ちょっと先輩、危ないじゃないですか!」

 スカッと右拳が空を打ち抜いた。腐れ尼の分際で身体を素早く後ろに捻って躱しやがった。
 坊主を追い抜いて、私の前に先回りして、私を犯して、さらに拳まで楽々躱しやがった。
 なんて無駄に速い女なんだ! 世の中どうかしている!

「ペェッ、地獄に行く準備は出来ているよね?」

 口から汚い唾を吐き出すと、左胸から包丁を引き抜いた。
 もう殺されるつもりはない。殺される前に私が殺してやる。
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