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僕は悪くないです。
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僕は悪くないです。悪いことなんて何もしていません。正しいことをしただけなんです。
僕が責められる理由はありません。だって、そうでしょう? 僕は何も悪くないんですから。
教え子が殺人を犯した。被害者も教え子だった。担任として、何が起こったのか知らなければならない。
使命感に駆られた私は、少年院に行った。初めての面会室に、私は心がそわそわとするのを隠せなかった。
「お久しぶりですね、先生」
少年は爽やかに笑った。人を殺すような子には見えない。彼に何があったのだろう?
「君に何があったの?」
少年の顔から笑みが消えた。キュンとした。写真に収めたい。
「顔を輝かせないでください」
怒られてしまった。呆れたような表情もいい。
「鼻血出てますよ」
しまった。興奮しすぎた。拭くものがないから、服の袖で拭うことにする。汚いという表情で見られたけど気にしない。
「あなたはいったい何をしに来たんですか?」
目的を忘れるところだった。私は少年を愛でに来たのではない。凶行に至った理由を聞きに来たのだった。
「殺した理由を聞きに来た」
私がそう言うと、少年は居住まいを正した。待っていましたと言わんばかりに顔が輝いている。誰かに話したかったのだろう。
「そうですね。あなたは知らないでしょうが、僕はいじめを受けていたんですよ」
少年は衝撃的なことを口にした。まさか信じられない。私のクラスで、いじめが起きていたなんて。
「そのいじめっこというのが、僕が殺した相手なんですがね」
「あの子がいじめを?」
「そうです。彼はずる賢くてね。学校ではいじめのそぶりなんて見せやしない」
あの子が誰かをいじめている姿なんて見たことがない。むしろいじめられるようなタイプの子だった。
「ところがどっこい。学校の外に出れば話は別。借りてきた猫の皮をどこへやったのか、醜い顔の下には獰猛な虎が」
少年はどこか楽しそうだった。自分自身が受けたいじめの話をしているようには見えない。
「彼は僕をうとましく思っているようでして。何度も殴る蹴るの暴行を受けましたよ」
何度も殴る蹴るの暴行を受けた? ということは服の下には青いあざが……ヤバい、また鼻血が出てきた。
「何を想像したんですか、あなたは」
見たい。服の下がどうなっているのか。できることなら体に触れたい。
でもその願いは叶わない。この一枚の板が、私と少年の距離を隔てている限りは。
「話を聞く気あります?」
ハッとした。教え子の話を聞こうとしないなんて、私はいったい何をしにきたのだ。これではいけない。心を引き締めなければ。
大丈夫。私は教師だ。やればできる。
「話を続けても?」
私は視線で、話の続きを促した。少年は続きを話し始める。
「僕は学校の外でいじめを受けていたわけですが、ある日、体育教師が通りがかったんですよ」
体育教師といえば、女子生徒から評判の悪い男だ。何度かセクハラめいた発言をされたことがある。あれでよく教師になれたものだ。
「なんて言ったと思います?」
「さぁ?」
「いじめられるほうが悪いってはっきり口にしたんですよ、あの教師は」
いじめられるほうが悪い……か。興味がなかったんだろう、男子の揉め事には。
女子とお近づきになるために学校に来ているようなものだから。生徒のことなんて一切考えていない。
あの体育教師なら助けを求められたところで、手を差し伸べようとしないだろう。そういう生き物だ、あれは。
「先生、僕はね、我慢がならなかった。いじめを耐えることはできたのにね。不思議と体育教師の発言には、怒りを抑えることができなかった」
おかしい。今の話なら、少年の怒りの矛先は体育教師に向いている。でも殺されたのは体育教師ではない。いじめっこだ。なぜだろう?
「だから僕は証明することにしたんです。体育教師の発言が間違っていることを。いじめっこを殺すことによってね」
言っている意味がよく分からない。ちんぷんかんぷんだ。
「たとえば通り魔事件が起きたとしましょう。この事件で悪いのは誰ですか?」
「通り魔事件を起こした犯人」
「その通り。通り魔事件の場合、悪いのは加害者です。被害者じゃない。どういうわけかいじめだと、被害者が悪いみたいな風潮もありますが」
なるほど。おぼろげながら、少年が何を言いたいのか分かった気がする。
「いじめられるほうが悪いという言い分が通るなら、殺されるほうが悪いという言い分も通るはず。そうでなければならない。よって殺人を犯した僕は悪くない」
暴論だ。いじめと殺人は違う。大いに異なる。一緒くたにしていい話ではない。けれど少年ならきっとこう言うだろう。
いじめと殺人の違いはたった一つ。精神的に殺されるか、肉体的に殺されるかだと。
「僕は殺されるほうが悪いと、体育教師に言うつもりです。もしあのクソ教師が、僕の言い分を否定すれば、それはすなわち、いじめられるほうが悪いという理論が間違いだと認めることになる」
少年は自らの行いを通して、いじめられるほうが悪いという考えは間違っていると証明する気だ。
けれど彼は気づいているのだろうか。いじめるほうが悪いと主張すればするほど、自分の首を絞めることになると。
少年の言い分に沿って考えれば、いじめるほうが悪い=殺すほうが悪い。殺人を犯したのは彼自身。自分で自分が悪いと認めるようなもの。
自分の身を削ってまで、彼はいじめられるほうが悪いという考えを否定したかったというのだろうか?
「僕がいじめっこを殺したのは、報復でもなければ復讐でもない。いじめられるほうが悪いという考えを否定したかった。体育教師の発言は間違っていると証明したかった。ただそれだけのために、僕はいじめっこを殺すことにしたんです」
少年はしばらく何も言わなかった。無音の時間が続く。私は教師として失格だ。はなから分かっていたことだけど。
彼の言ういじめっこが殺されたと知ったとき、私は何も思わなかった。正確に言うならば、嬉しいと感じた。殺人犯が彼だったから。
私は少年の担任だ。少年の面会に行く口実をつけることができる。
私がここに来た本当の理由は、殺人の動機を聞くためではない。ただ彼と二人きりで、話をしたかった。ただそれだけの話なのだ。
正直、いじめっこが殺された理由には興味がない。どんな理由があれど、私にとってはどうでもいいことだ。
大事なことはただ一つ。彼と関係を深めたい。そのためにはどうすればいいか。
「私が体育教師を連れてくる。証明してみせて。いじめるほうが悪いと」
考えるまでもない。体育教師をここに連れてくればいい。少年の目的は、体育教師の発言を否定することにあるのだから。
「そのつもりですよ、最初から。とはいえいじめるほうが悪いと証明すれば、自分の首を絞めることになるんですが」
気づいていたようだ。殺すほうが悪いに繋がると。
「最も今回の場合、殺されたヤツが悪いんですけど」
少年はウィンクして、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
僕が責められる理由はありません。だって、そうでしょう? 僕は何も悪くないんですから。
教え子が殺人を犯した。被害者も教え子だった。担任として、何が起こったのか知らなければならない。
使命感に駆られた私は、少年院に行った。初めての面会室に、私は心がそわそわとするのを隠せなかった。
「お久しぶりですね、先生」
少年は爽やかに笑った。人を殺すような子には見えない。彼に何があったのだろう?
「君に何があったの?」
少年の顔から笑みが消えた。キュンとした。写真に収めたい。
「顔を輝かせないでください」
怒られてしまった。呆れたような表情もいい。
「鼻血出てますよ」
しまった。興奮しすぎた。拭くものがないから、服の袖で拭うことにする。汚いという表情で見られたけど気にしない。
「あなたはいったい何をしに来たんですか?」
目的を忘れるところだった。私は少年を愛でに来たのではない。凶行に至った理由を聞きに来たのだった。
「殺した理由を聞きに来た」
私がそう言うと、少年は居住まいを正した。待っていましたと言わんばかりに顔が輝いている。誰かに話したかったのだろう。
「そうですね。あなたは知らないでしょうが、僕はいじめを受けていたんですよ」
少年は衝撃的なことを口にした。まさか信じられない。私のクラスで、いじめが起きていたなんて。
「そのいじめっこというのが、僕が殺した相手なんですがね」
「あの子がいじめを?」
「そうです。彼はずる賢くてね。学校ではいじめのそぶりなんて見せやしない」
あの子が誰かをいじめている姿なんて見たことがない。むしろいじめられるようなタイプの子だった。
「ところがどっこい。学校の外に出れば話は別。借りてきた猫の皮をどこへやったのか、醜い顔の下には獰猛な虎が」
少年はどこか楽しそうだった。自分自身が受けたいじめの話をしているようには見えない。
「彼は僕をうとましく思っているようでして。何度も殴る蹴るの暴行を受けましたよ」
何度も殴る蹴るの暴行を受けた? ということは服の下には青いあざが……ヤバい、また鼻血が出てきた。
「何を想像したんですか、あなたは」
見たい。服の下がどうなっているのか。できることなら体に触れたい。
でもその願いは叶わない。この一枚の板が、私と少年の距離を隔てている限りは。
「話を聞く気あります?」
ハッとした。教え子の話を聞こうとしないなんて、私はいったい何をしにきたのだ。これではいけない。心を引き締めなければ。
大丈夫。私は教師だ。やればできる。
「話を続けても?」
私は視線で、話の続きを促した。少年は続きを話し始める。
「僕は学校の外でいじめを受けていたわけですが、ある日、体育教師が通りがかったんですよ」
体育教師といえば、女子生徒から評判の悪い男だ。何度かセクハラめいた発言をされたことがある。あれでよく教師になれたものだ。
「なんて言ったと思います?」
「さぁ?」
「いじめられるほうが悪いってはっきり口にしたんですよ、あの教師は」
いじめられるほうが悪い……か。興味がなかったんだろう、男子の揉め事には。
女子とお近づきになるために学校に来ているようなものだから。生徒のことなんて一切考えていない。
あの体育教師なら助けを求められたところで、手を差し伸べようとしないだろう。そういう生き物だ、あれは。
「先生、僕はね、我慢がならなかった。いじめを耐えることはできたのにね。不思議と体育教師の発言には、怒りを抑えることができなかった」
おかしい。今の話なら、少年の怒りの矛先は体育教師に向いている。でも殺されたのは体育教師ではない。いじめっこだ。なぜだろう?
「だから僕は証明することにしたんです。体育教師の発言が間違っていることを。いじめっこを殺すことによってね」
言っている意味がよく分からない。ちんぷんかんぷんだ。
「たとえば通り魔事件が起きたとしましょう。この事件で悪いのは誰ですか?」
「通り魔事件を起こした犯人」
「その通り。通り魔事件の場合、悪いのは加害者です。被害者じゃない。どういうわけかいじめだと、被害者が悪いみたいな風潮もありますが」
なるほど。おぼろげながら、少年が何を言いたいのか分かった気がする。
「いじめられるほうが悪いという言い分が通るなら、殺されるほうが悪いという言い分も通るはず。そうでなければならない。よって殺人を犯した僕は悪くない」
暴論だ。いじめと殺人は違う。大いに異なる。一緒くたにしていい話ではない。けれど少年ならきっとこう言うだろう。
いじめと殺人の違いはたった一つ。精神的に殺されるか、肉体的に殺されるかだと。
「僕は殺されるほうが悪いと、体育教師に言うつもりです。もしあのクソ教師が、僕の言い分を否定すれば、それはすなわち、いじめられるほうが悪いという理論が間違いだと認めることになる」
少年は自らの行いを通して、いじめられるほうが悪いという考えは間違っていると証明する気だ。
けれど彼は気づいているのだろうか。いじめるほうが悪いと主張すればするほど、自分の首を絞めることになると。
少年の言い分に沿って考えれば、いじめるほうが悪い=殺すほうが悪い。殺人を犯したのは彼自身。自分で自分が悪いと認めるようなもの。
自分の身を削ってまで、彼はいじめられるほうが悪いという考えを否定したかったというのだろうか?
「僕がいじめっこを殺したのは、報復でもなければ復讐でもない。いじめられるほうが悪いという考えを否定したかった。体育教師の発言は間違っていると証明したかった。ただそれだけのために、僕はいじめっこを殺すことにしたんです」
少年はしばらく何も言わなかった。無音の時間が続く。私は教師として失格だ。はなから分かっていたことだけど。
彼の言ういじめっこが殺されたと知ったとき、私は何も思わなかった。正確に言うならば、嬉しいと感じた。殺人犯が彼だったから。
私は少年の担任だ。少年の面会に行く口実をつけることができる。
私がここに来た本当の理由は、殺人の動機を聞くためではない。ただ彼と二人きりで、話をしたかった。ただそれだけの話なのだ。
正直、いじめっこが殺された理由には興味がない。どんな理由があれど、私にとってはどうでもいいことだ。
大事なことはただ一つ。彼と関係を深めたい。そのためにはどうすればいいか。
「私が体育教師を連れてくる。証明してみせて。いじめるほうが悪いと」
考えるまでもない。体育教師をここに連れてくればいい。少年の目的は、体育教師の発言を否定することにあるのだから。
「そのつもりですよ、最初から。とはいえいじめるほうが悪いと証明すれば、自分の首を絞めることになるんですが」
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