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カーティス様、私はやっぱり
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二人の間に、再び重い沈黙が落ちる。息苦しさが胸を押しつぶして呼吸すらままならないくらいだった。
カーティスはダリルの突然の非情で身勝手な申し出を責める様子はなかったが、その代わり頷く気配もなかった。
黙り込んだカーティスは、どうにかダリルの気持ちを変えられないかわずかな可能性を頭の中で必死に探って出口を見つけられずにいるようだった。
しかし、それは想定内のことだ。
ダリルはシャツの袖をまくり上げ、自身の腕をカーティスの方へ向けた。
カーティスの顔から見る見るうちに血の気が引いた。
「ダ、ダリル君、それは……」
引き攣った声でカーティスが訊く。
無理もない。ダリルの腕には痣が広がっているのだ。
「カーティス様、安心してください。ただの打撲です」
ダリルがそう答えると、カーティスは目に見えてホッと安堵の表情を浮かべた。
普段であれば見間違ったりしないだろうが、この話の流れから見せられれば呪いの痣と思うのも当然だろう。
そう思わせるために、事前にわざと家具に打ちつけて痣を作ったのだ。
「……見間違えるのも無理はありません。私自身、この痣を見た時、瞬時に呪いのことが頭によぎりました」
言いながら痣の上に手を重ね、ぎゅっと腕を胸元に抱き寄せた。
「その時、私はひどく動揺しました。……そして、後悔したんです。カーティス様との結婚を――」
まっすぐ目を見つめて、心にもない嘘をつく。
その嘘に傷つき悲痛に顔を歪めるカーティスを見て、自分もまた深く傷つく。
なんて馬鹿げた茶番だ。しかし、こうでもしないと呪いからカーティスを守ることはできないのだ。
あの日から、ずっと考えていた。
どうにかして、カーティスの傍から離れることなく、且つカリーナに治癒し続けてもらうことはできないかと。
カーティスに相談すれば何か手を打ってくれるだろうとも思ったが、聖女のカリーナはオネアゼアで強い権力を有しているのだ。国同士の対立に発展しないとも限らない。そうなればカーティスに迷惑をかけることは目に見えている。
それに何より、カリーナの治癒を受けられなくなることが、今のカーティスには大きな痛手だ。何しろ命に関わることだ。
もちろん世界中探せば、同じような力を持つ者がいるかもしれないが、絶対ではない。
もしいたとしても見つけ出す前に、呪いがカーティスを呑み込んでしまったら……――。
カーティスのずっと傍にいたいという自分の願いを貫くには、あまりに代償が大きすぎる。
ダリルと自分の命という重い選択でカーティスを悩ませたくないし、ダリルの手を取ったことで彼の手を煩わせるようなこともしたくない。そして何より、カーティスの命を危険にさらしたくなかった。
だから、これでいいのだ。
揺れる心に言い聞かせ、ダリルは込み上げてくる涙を押し殺すようにして、おどけた苦笑を浮かべてみせた。
「カーティス様、私はやっぱり呪いを恐れて逃げ出す薄情な人間だったようです」
――カーティス様に分かってほしいんです。私が呪いなんかを恐れて逃げ出す薄情な人間ではないと。
かつてカーティスに胸にできた痣のことを打ち明けられた時に言った自分の言葉を翻して、へらりと軽薄な笑いを貼り付ける。
どうか、こんな人間だとは思わなかった、と憤って、見損なってほしい。
そうすれば、この別れも多少は辛くなくなるはずだ。
カーティスはダリルの突然の非情で身勝手な申し出を責める様子はなかったが、その代わり頷く気配もなかった。
黙り込んだカーティスは、どうにかダリルの気持ちを変えられないかわずかな可能性を頭の中で必死に探って出口を見つけられずにいるようだった。
しかし、それは想定内のことだ。
ダリルはシャツの袖をまくり上げ、自身の腕をカーティスの方へ向けた。
カーティスの顔から見る見るうちに血の気が引いた。
「ダ、ダリル君、それは……」
引き攣った声でカーティスが訊く。
無理もない。ダリルの腕には痣が広がっているのだ。
「カーティス様、安心してください。ただの打撲です」
ダリルがそう答えると、カーティスは目に見えてホッと安堵の表情を浮かべた。
普段であれば見間違ったりしないだろうが、この話の流れから見せられれば呪いの痣と思うのも当然だろう。
そう思わせるために、事前にわざと家具に打ちつけて痣を作ったのだ。
「……見間違えるのも無理はありません。私自身、この痣を見た時、瞬時に呪いのことが頭によぎりました」
言いながら痣の上に手を重ね、ぎゅっと腕を胸元に抱き寄せた。
「その時、私はひどく動揺しました。……そして、後悔したんです。カーティス様との結婚を――」
まっすぐ目を見つめて、心にもない嘘をつく。
その嘘に傷つき悲痛に顔を歪めるカーティスを見て、自分もまた深く傷つく。
なんて馬鹿げた茶番だ。しかし、こうでもしないと呪いからカーティスを守ることはできないのだ。
あの日から、ずっと考えていた。
どうにかして、カーティスの傍から離れることなく、且つカリーナに治癒し続けてもらうことはできないかと。
カーティスに相談すれば何か手を打ってくれるだろうとも思ったが、聖女のカリーナはオネアゼアで強い権力を有しているのだ。国同士の対立に発展しないとも限らない。そうなればカーティスに迷惑をかけることは目に見えている。
それに何より、カリーナの治癒を受けられなくなることが、今のカーティスには大きな痛手だ。何しろ命に関わることだ。
もちろん世界中探せば、同じような力を持つ者がいるかもしれないが、絶対ではない。
もしいたとしても見つけ出す前に、呪いがカーティスを呑み込んでしまったら……――。
カーティスのずっと傍にいたいという自分の願いを貫くには、あまりに代償が大きすぎる。
ダリルと自分の命という重い選択でカーティスを悩ませたくないし、ダリルの手を取ったことで彼の手を煩わせるようなこともしたくない。そして何より、カーティスの命を危険にさらしたくなかった。
だから、これでいいのだ。
揺れる心に言い聞かせ、ダリルは込み上げてくる涙を押し殺すようにして、おどけた苦笑を浮かべてみせた。
「カーティス様、私はやっぱり呪いを恐れて逃げ出す薄情な人間だったようです」
――カーティス様に分かってほしいんです。私が呪いなんかを恐れて逃げ出す薄情な人間ではないと。
かつてカーティスに胸にできた痣のことを打ち明けられた時に言った自分の言葉を翻して、へらりと軽薄な笑いを貼り付ける。
どうか、こんな人間だとは思わなかった、と憤って、見損なってほしい。
そうすれば、この別れも多少は辛くなくなるはずだ。
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