役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)

文字の大きさ
上 下
60 / 86
連載

君は、薄情な人間なんかじゃない

しおりを挟む
 こんなにも好きなのに、どうか嫌ってくれと願うこの矛盾に、心が軋んで壊れてしまいそうだった。

「……」

 しばらく沈黙していたカーティスだったが、やがて契約書の紙をスッと手に取った。
 一瞬、身構えるダリルだったが、恐れるようなことは何も起こらなかった。
 カーティスは傷ついた胸の内を無理に隠すように薄く微笑んで言った。
 
「君は、薄情な人間なんかじゃない。自分の身を案じるのは当然のことだ。だから、自分をそんなに責める必要はない」

 そう言って契約書を優しくダリルの膝の上にのせた。

「……ッ」

 ダリルはたまらず泣きそうになった。
 カーティスを守るための嘘であれ、ダリルの申し出はあまりに身勝手なもので、非難されても仕方がないものだ。
 なのに少しも非難や恨み言を口にすることなく、それどころか優しい言葉をかけてくれるカーティスに、胸が締め付けられた。
 いっそひどくダリルを責め立てて、幻滅させてくれた方がずっと楽なくらいだった。

「……すまないが、今から私の部屋まで来てくれないだろうか。契約関係のことだ。こういうことはきっちり書面で残しておいた方がいい」

 言いながら、カーティスは腰を上げた。
 先ほどまでの悲痛な表情が嘘のような冷静さに、ダリルは少し拍子抜けした。
 話がこじれずことなく、別れを受け入れてもらえたことに安堵しつつも、一方でそのことにひどく寂しさを覚えてしまう。
 そんな身勝手な心の矛盾に自嘲しながら、ダリルは「そうですね」と答えて立ち上がった。



 カーティスの部屋に行くまでの間、ダリルはカーティスの隣には並ばず彼の後ろをついて歩いた。
 その背中から怒りめいたものは感じられなかったが、歩みはいつもより速く、普段はダリルに歩調を合わせてくれていたのだと今更ながらに知って、胸がきゅっと締め付けられた。
 婚姻関係の破棄について手続きを終えれば、もう二度とカーティスに会うことはないだろう。
 そう思うと悲しくてたまらず、いっそずっとこのまま部屋にたどり着かなければいいのに、と非現実じみたことを考えてしまう。
 しかしそんなことは起こり得ず、すぐにカーティスの部屋に着いてしまった。
 分かりきったことなのに落胆してしまう。願望じみた妄想に逃げることすら許されないのだと、着々と完全なる別れに近づいていることを思い知らされているようで暗澹とした気持ちになる。
 扉を開けたカーティスに、無言だが柔らかな所作で中へと促され、先に部屋へと入った。
 最近は食堂や寝室で語らうことが多く、カーティスの部屋を訪れるのは久しぶりのことだった。だからつい、部屋を懐かしい気持ちで見渡した。

(最初この部屋に呼ばれた時は緊張したなぁ……)

 あの時はハウエル公爵家当主と使用人という関係で、まさかこんな関係になるとは夢にも思っていなかった。
 しんみりと過去に思いを馳せていると、背後でガチャ、と扉を施錠する音が重く響いた。

(え……)

 思わず振り返った。
 部屋を出る時に施錠することはあったが、部屋にいる時に鍵を閉めることは滅多になかった。
 違和感が妙に胸を騒がせた。しかし、なぜ鍵をと問うより早く、カーティスがダリルの腕を引いて抱きしめてきた。
 腕の中に閉じ込めてしまうような強い力に、体が冷たく竦んだ。

「……カ、カーティス様、これは――」
「ダリル君、どうして私が君をここに連れてきたか分かるか」
しおりを挟む
感想 132

あなたにおすすめの小説

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

だから、悪役令息の腰巾着! 忌み嫌われた悪役は不器用に僕を囲い込み溺愛する

モト
BL
2024.12.11~2巻がアンダルシュノベルズ様より書籍化されます。皆様のおかげです。誠にありがとうございます。 番外編などは書籍に含まれませんので是非、楽しんで頂けますと嬉しいです。 他の番外編も少しずつアップしたいと思っております。 ◇ストーリー◇ 孤高の悪役令息×BL漫画の総受け主人公に転生した美人 姉が書いたBL漫画の総モテ主人公に転生したフランは、総モテフラグを折る為に、悪役令息サモンに取り入ろうとする。しかしサモンは誰にも心を許さない一匹狼。周囲の人から怖がられ悪鬼と呼ばれる存在。 そんなサモンに寄り添い、フランはサモンの悪役フラグも折ろうと決意する──。 互いに信頼関係を築いて、サモンの腰巾着となったフランだが、ある変化が……。どんどんサモンが過保護になって──!? ・書籍化部分では、web未公開その後の番外編*がございます。 総受け設定のキャラだというだけで、総受けではありません。CPは固定。 自分好みに育っちゃった悪役とのラブコメになります。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです

飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。 獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。 しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。 傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。 蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。