上 下
58 / 86
連載

何かあったのか

しおりを挟む

 ****

 カリーナが治癒に訪れる三日前、ついにダリルは心を決めた。
 心を決めた、と言っても強い決心には程遠く、心は依然として揺れている。
 それでも、ダリルはカリーナに突きつけられた選択に答えを出した。

「あれ? ダリル君、着替えないのか」

 寝支度を終え寝室にやってきたカーティスは、夕食時と同じ格好でソファに座るダリルに軽く目を丸くして言った。

「はい、ちょっと……」

 曖昧に笑って答えると、カーティスは「そうか」と特に言及の姿勢は見せずダリルの隣に腰を下ろした。
 そのことにホッとしつつも、これから話す事柄についてどう切り出そうかと緊張して俯いていると、
 
「……何かあったのか」

 ダリルの心中を察するようにカーティスが訊いてきた。
 驚いて顔を上げると、カーティスはまっすぐダリルを見つめたまま言葉を続けた。

「ここのところ元気がないというか、どこか上の空という感じで気になっていたんだ。だからといって不躾に詮索するのもどうかと思って様子を見ていたが……。嫌なら無理をして話さなくてもいいが、もし君がよければ私に話してほしい」

 膝の上に置いた手に、カーティスの手がそっと重ねられる。
 自分のことを心から心配していて、少しでもその悩みに寄り添いたいという彼の誠実さが手の平の温もりと、真っ直ぐな眼差しから痛いほど伝わってくる。
 これから彼をひどく傷つけるのは自分だというのに、いや、だからこそか、まるで自分の方が仕打ちを受けたように胸が苦しくなって、涙が目頭に込み上げてきた。
 ダリルは俯いてカーティスの手からそっと自分の手を引き抜くと、ズボンのポケットから一枚の紙を取り出しテーブルの上に置いた。

「これは……」
「契約の延長を申し込まれた時に、カーティス様が私にくれた契約書です」

 ダリルの答えに、カーティスが困惑気味に眉根を寄せた。しかし、嫌な予感を薄っすらと感じ取っているのか、瞳には不安げな色が浮かんでいた。
 その瞳を直視するのが耐え難く、ダリルは契約書に視線を落とし、準備していた言葉を淡々と連ねた。
 
「契約延長の期間は一年でしたよね? ということはつまり、この契約書にはまだ効力があるはずです」

 そう前置きして、ダリルは契約書のとある一文――ダリルが契約期間中に婚姻関係を解消したいと申し出た時はその理由を問わずカーティスはその申し出を受け入れる旨が書かれた文章を指差した。

「この家を出たいと思っています。……ですから、私と別れてください」

 すべての感情を押し殺して絞り出した声は、自分でもゾッとするほど冷たいものだった。
 ダリルはゆっくりと顔を上げて、カーティスの反応を窺った。
 カーティスは目を見開き、顔を強張らせていた。理解が追いつかないままに絶望だけが見る間に広がっていくような表情だった。

「……どうして、急に?」

 しばらくの沈黙の後、ようやくカーティスが口を開いた。平静を装っているが声の震えは隠せていなかった。そのことが一層、ダリルの胸を締め付けた。
 しかし、ここで言葉を翻すわけにはいかない。ダリルは心を殺して冷淡に答えた。

「それは……、言わなくても分かるでしょう」

 わざとらしく胸元に視線を置いて言うと、カーティスは言葉を詰まらせた。表情を見なくとも、気配だけで彼がどれだけ傷ついているかが分かった。
しおりを挟む
感想 132

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです

飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。 獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。 しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。 傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。 蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。