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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 10

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「これって、黄帝様がおっしゃっていた『誰を生かすか』を決める基準の一つなのかな」
 二人のやり取りを聞いて、デューイは複雑な思いで口を開いた。
 同胞を食べてまで生き残ろうとしている者たちと、それに反対する者たち――。どちらか正しい方を生き延びさせる。それが黄帝の思惑なら――。
「あいつにそんな基準なんかあるわけないだろっ」
 何しろ、黄帝自身が同族を非情に殺して来た化け物である――炎帝や黒帝、貴妃などの同族の言葉を借りれば。
 それなのに、自分の同族殺しは正当で、他の者が同じことをするのは罪、などという身勝手な線引きはしないだろう。――いや、あの父親なら、惚けた顔をしてするかもしれないが。
 というか、殺すのと食べるのは違う、とでも言い出すだろうか。――それこそあり得ない。あの父親は、そんな【迷いを持つ】次元で生きているような、まともな生き物ではないのだから。
 ともかく、黄帝の真意は、そんなところにはない。
 そして、舜も、黄帝の思惑通りに事を為すつもりもない。
 だが、だからと言って、目の前にある氷漬けの遺体について、どう考えればいいのだか……。
 共食いをする生き物は珍しくもなく存在するし、舜の一族にしても、人間の生き血を糧にしている。たとえそれが合法的に手に入れた血液であろうと――。舜や黄帝は、共存者、という互いに糧を得るための存在を持っているから、人間の血液を必要としないだけで、そうでなければ、きっと……。
 同胞を食う魚を責める者がいないように、自分が生きるために共に生活をして来た村人を喰らおうとする者を、責めることが出来るのか、と言われれば、何とも言えない。
 黄帝ならば、迷うことも、手を出すこともしないだろう。目の前で我が子が殺されるのを見ても、一言も口出ししないような親なのだから。
 なら、黄帝が望んでいるのはそれなのだろうか。この村の人々が飢餓や病気で滅びて行くのを、第三者として黄帝のようにただ見ていることを期待しているのだろうか。――いや、見ていることしか出来ないのだと、思い知らせることこそ、あの悪魔の企みなのかも知れない。
 ――クソッ。
 舜は口の中で悪態づいた。
 自分たちは――いや、あの黄帝でさえ、この地上に生きる全ての者たちを救ってやれるわけではない。それなのに、目の前にいる者たちだけを救うことが、本当に正しいことなのか否か……。
 本来なら、助からなかった命――。舜やデューイたちが来なければ死んでいた者たち。
 ここへ来てから、すでに二人の命を救っている。
 だが、黄帝なら、あの二人を助けただろうか。――考えるまでもない。手を出すことも、口を出すこともしなかったに違いない。黄帝がそんな『人の心』を持ち合わせているのなら、我が娘である雪精霊が方士に殺されるのを黙って見ていたはずがないし、人の心を捨てることの出来ない方士に、仙人への道を示したはずもない。
 まだ見ぬ父親に会うことを望み、人と手を取り合った優しい魔物だったのに……。
 自分の信じる善を貫こうとする、心厳しい方士だったのに……。
「なんか、腹が立って来た」
「舜?」
「意地でも救うぞ、この村!」
 舜は、沸々と湧きあがる闘志を燃やし、固くこぶしを握り棲めた。
 デューイももちろん、舜のそんな健気な(?)姿に、何度も深くうなずいたのだった。そして、
「すぐに冬が来るから。五月の雪解けまでの食糧を準備しないと」
「……五月?」
 ――しかも、すぐに冬?
 この国の『冬じゃない季節』は、一体どれだけ短いんだ?
 吸血鬼であるため、気温の低さはそれほど気にならなかったが、そんなに冬が長いとなると、あの河の魚を獲り尽くしても足りるかどうか……。
「クソッ! おぼえてろよ、あいつ……」


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