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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 11

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 翌日の魚獲りには、昨日、永久凍土ツンドラの保管庫の一件で名前を知ることになった男、コーリャも一行に加わっていた。同胞を食べる決意を固めていても、やはりそんなことは最後の選択で、出来得る限り避けて通りたい道なのだろう。
「なあ、魚を取るための道具や仕掛けを作ったら、冬の間も食糧に困らないし、村の男が大勢でかかれば、巨大魚も引き上げられるんじゃないのか?」
 河への道を辿りながら、舜は、仏頂面で歩くコーリャに問いかけた。
「馬鹿か、おまえ? 冬になったら、河そのものが凍っちまうだろ」
 この眠れる大地シベリアに訪れる冬は、想像を絶するものなのだ。あの大きな河が凍りついてしまうのだから。
 氷に穴を開けて釣ろうにも、あんな巨大魚を釣るための穴を開けるのも一苦労なら、万が一釣れて、その巨大魚が氷の上で暴れようものなら、村人たちの命が危うい。
 舜ほどの力の持ち主でもなければ、河で獲物を取るなどということは、考えられないことなのだ。
 空にも、河にも、陸地にも、村人たちを襲う化け物がいるこの現状では。
 舜の五感は、早くもその化け物たちの一つ――らしき気配と匂いを嗅ぎつけていた。
「舜――」
 どうやら、デューイも気付いたようで――。
「一匹じゃないな。村人たちを四散させないようにしろよ」
 四方八方に逃げ惑われては、守れるものも守れなくなる。何しろ、連れ立って来た村人の数は百人に上る。バラバラになられては、向こうの思う壺だ。
「おい、コーリャ、皆に動かないように伝えろ。一か所に集まって、出来るだけ密集して身を守るんだ」
 危険を告げるように、舜は言った。
「どういうことだ?」
「腹を空かせた奴らが近づいて来る」
「馬鹿なっ! 密集してたら逃げられる者も逃げられなくなる! 皆、喰われるだけじゃないか」
「だから、それはオレがなんとかするから――」
「おい、みんな、逃げろっ! 化け物が来る!」
「このバカ――っ!」
 舜の言葉も虚しく、コーリャの叫びに危機を察した村人たちが、次々に声を上げて逃げ惑った。
「助けてくれ――っ!」
「だ!」
 あっと言う間に魚捕りの一団は散り散りになった。
「逃げるなっ! ここにいろ!」
 もう、舜の声も届かない。
 途端に、針葉樹林タイガの陰に潜み、機会を狙っていた化け物たちが、バラバラになった村人めがけて襲い来る。
 ――黄鼠狼ラスカ
 村人の一人が叫んだ通り、それは細く長いしなやかな胴に、強靭な跳躍力のある後ろ脚を持つ、極めて気性の荒い化け物だった。雪の季節になると白い冬毛に生え変わり、村人たちを襲いに来るが、今はまだ茶色の毛に覆われている。それでも、後ろ脚で立ちあがった胸から腹は、真っ白い毛に覆われていた。
 黒く丸い眼が村人たちの動きを捉え、あっと言う間に鋭い牙の餌食にして行く。
 前足で一人を抑え込み、口でまた一人の村人を捕捉する。
「ぎゃあああ――っ!」
「うわああ――っ!」
 そこかしこで悲鳴が上がった。
「皆、一カ所に集まれ!」
 黄鼠狼ラスカの数は全部で六匹――。四方で暴れ回るこの化け物を、いくら舜でも刹那に倒して回ることは出来ない。せめて、村人たちが一カ所に集まり、そこめがけて相手が飛びかかって来てくれたのなら、かなり状況は違ったのだが。
 今更言っても仕方がない。
 舜は村人たちを襲う黄鼠狼ラスカめがけて、地面を蹴った。
 繊手から、鋭く美しい爪が伸び、シャっと横一線に残像が閃く。
「ひぐっ!」
 喉笛を裂かれた黄鼠狼ラスカの口から、血泡がぶくぶくと吹き出した。
 わずか、繊手の一薙ぎで――。


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