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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶

十八夜 黄玉芝の記憶 11

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「そうそう、そうなんだよ」
 魚屋の軒先では、こんな会話が交わされていた。
「――でね、あたしが見た時は、魚は青々としてたんだけど、その色白の別嬪さんが触れた途端、たちまち白く凍りついて――。そりゃあもう、たまげて声も出なかったさ」
 女は高貴な身分がすぐに判る、透けるような白い肌と、市井の者が付けることのない赫い紅、そして、姿を隠すように、頭から白い袈裟を被っていた、という。
 また別の者は、こんな姿も目に留めていた。
「ああ、ちゃんと顔も見たともさ! あんな別嬪は見たことねえ。あれは狐狸妖怪の類に違いねえ。何しろ――」
 そう。話はここで終わりではない。むしろ、ここからが本題になるのだ――。
「あの後、建忠のところの子供が川に流されて、その女が白い息をすぼめた口から吹き出すと、見る間に川が凍っちまって……」
 話はにわかに信じられるようなことではなかったが、その話を聞いたチォンは目を輝かせた。
「――で、その妖怪は今どこに?」
 と、問いかける。
 女とはいえ、瓊は法衣を纏った方士である。そんな話を聞いて、放ってはおけない。
「さあなぁ、いつの間にか消えちまってたからなぁ……。何しろ、こっちは索冥さまが子供をお助けになるのを見るのに夢中で――。そりゃあ、お美しい姿だったさ。白い袈裟を投げ捨てて、雪のように白い麒麟の姿になり変わられて!」
「……。ほう。二人とも合わせたように白い袈裟を」
 それ以上の情報はなかったが、瓊は満足そうに唇の端を持ち上げると、虫獣や悪霊を祓うと云う錫杖を鳴らし、静かにその場を立ち去った。
 ――麒麟と同じくして現れた、魔性の女……。
 それは、恐らく、あの晩秋の名山で会った――。




 方士、瓊は夢を見た。
 薄紅に開いた荷花かせん(蓮の花)の中に、不死の雫が生まれる夢を――。いや、それは神の言葉だった。道教を開き、己を鍛え、神仙術を学び取った者に与えられる、仙境への道。
 荷花(かせん)から生まれる不死の雫は、昇仙を約束するものであったに違いない。
 神仙になるには、修業を積むことはもちろん、千二百善を積み、その善行を成し遂げるまで、一つでも悪行に手を染めてはならない。もし悪行を犯してしまうと、それまでの善行は無に帰してしまう、と云う。
 少なくとも、あの帝王は、そう言った。銀色の髪に、漆黒の瞳、目が眩んで潰れかねないほどの美しさを持つ、あの……。
 道徳に適った行いをすることは、難しくはない。これまで通りに人助けをし、病を癒し、見返りを求めず、悪しき輩を祓えばいい。
 そのためには各地を回り、様々な修行を兼ねて、旅をするのが一番だった。
 狐狸妖怪の噂を聞きつけては退治に向かい、霊山、名山に足を踏み入れては薬草を採り、病人、怪我人を癒し――。時には、どんなに望んでも手に入らないと云われる五芝の一つを見つけることもあった。
 そして、瓊がその山に入り込んだのは、翡翠(かわせみ)の羽のような芝草しそうが生える、という噂を聞いたからでもあり、もう一つ――こちらはいささか危険だが……。
 もういつ雪が降ってもおかしくない、晩秋の名山。
 仙草や霊芝草と呼ばれる茸の一種は、見つけたら皇帝に献上することになっているが、この辺りでは、そんな必要もないらしい。五芝と呼ばれる石芝せきし木芝もくし草芝そうし肉芝にくし菌芝きんしにさえ、延命などの命を養う効果はない、と誰もが悟っていたからだった。
 確かに、人の踏み込める場所には、神芝(不死の芝草)など生えてはいないだろうが、狐狸妖怪が棲みついていて、人が安易に立ち入れない場所なら……。
 ここには、人や動物、辺りの物を瞬時に凍らせ、殺してしまう雪精霊ゆきおんなが棲んでいる、と云う。
 また、善行が積めそうだった。
 もうかなり冬の色が濃くなる季節、山に深く踏み込み、高く峰を登る度に、冷え込みが厳しくなっていった。
 方士、瓊は、そろそろ陽が午後に傾き始めているのを見て、戻るかどうか考えていた。この厳しい寒さの中、山で夜を越すのは死を畏れぬ行為でもあるし、狩人小屋が使い物にならないようなものなら、やはり、山を降りて出直す方がいい。芝草、薬草を探しながら歩いていたために、狩人小屋までは、まだ距離がありそうだった。
 ――さて、どうするか……。


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