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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 10
しおりを挟む重瞳――舜帝には二つ目の瞳がある。
この二つの瞳を合わせて四つになる瞳は、四方を見渡し、全ての方位を見ることが出来る、という。
今を見つめる瞳の他に、そのもう一つの瞳に視えているものは何なのだろうか。
彼は、その瞳があったからこそ、別の角度から物事を見つめ、親兄弟に辛い目に合わされても耐えることが出来たのだろうか。
なら、触れるもの全てを魔氷の気で凍らせてしまう雪精霊の非道さにも、その裏にある哀しみが視えたのかも、知れない。
助けた子供は、親元ではなく、索冥がすぐに虞氏の屋敷へと運び込んだ。
結界に守られた場所でもあるし、雪精霊の魔氷の気で奪われた体温も、ここの方が早く戻る。親元に帰し、この冬の季に心もとない炉端の火だけでは、助けることは出来なかったに違いない。
凍てついて白くなった体が解け、柔らかさを取り戻しても、鼓動はすぐには戻らなかった。外から心の臓を動かしてやり、やっと動き始めたのだ。
まともに氷気を食らっていたのなら、助かることはなかっただろうが、川に立ち込める氷気で急速に冷やされただけであったため、何とか命は取り留めた。
毛地黄を煎じて抽出した薬を含ませたことも、回復を助ける一つになった。
そして、雪蘭の姿は、屋敷にはなかった。
恐らく、索冥に己の正体を知られたことで、山に帰ってしまったのだろう。無論、索冥は以前から雪蘭が魔物――雪精霊であることは知っていたが。
そう思っていたのだが――。
勢いよく表の戸が開く音がしたかと思うと、程経たずして、雪蘭が部屋へと飛び込んで来た。手に持つありったけの草花を、索冥の前に差し出して、
「これ……薬なの……」
魔物であるのに、息を切らしてそう言った。
それは確かに、どれも薬になる草花で、どこから持って来たのか、すでに乾燥させてあり、煎じて飲ませるだけになっている。
山越えの商人が持っていた荷に入っていたものなのか、それとも、どこかからくすねて来たものなのか。――いや、山に住まう者が、例え魔物であれ、日々薬草摘みをしていたとて、何の不思議があるだろう。
人間だから、薬草を摘む。
魔物だから、薬草は摘まない。
何故そんな風に考えていたのだろうか。
「私と……話をしてくれる人も、あったの……。いつも、こうして摘んで、凍らせて……、そうすることを教えてもらったの……。でも……」
「……」
恐らく、その者も彼女から離れて行ったのだろう。
ただでさえ大変な冬の山越えに、雪精霊と共に居ては、命を蝕まれるに決まっている。彼女が纏う魔氷の気は、人などたちまちの内に弱らせてしまうのだ。里に下りるまで命が持たなかったのかも知れない。
「山に戻れ」
索冥は言った。
彼女がここに留まっていては、いつか虞氏にも災いが及ぶ。さっきのことにしてもそうだが、雪精霊は人の集う里では暮らせない。――いや、人とは共に暮らせない。今まで、彼女に近づいた旅人や猟師、山越えの商人たちが、何人も命を落としてしまったように……。
「……それだけは、イヤ」
雪蘭が言った。
「もう一人は嫌! 虞氏が好きなの! 愛しているの! ――お願い、索冥。もうこの屋敷から出たりしないから、このことは虞氏に言わないで!」
「……」
「この屋敷の中でなら、何も起きない……。だから、虞氏には何も言わないで……」
白い頬を涙で濡らす彼女の言葉は、狡い言葉でもあったが、誰よりも真っ直ぐで、一生懸命な言葉でも、あった。
索冥は何も言わず、また、言うことも出来ず、ただ黙って背中を向けた。
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