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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 24

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 まだ心臓が縛り付けられるように、苦しかった。
 突如、喋り出したゲームに驚いて逃げて来てしまったが、よく考えれば音声認識機能があるのだし、女性の声と判断した場合、ああいう台詞を喋るように設定されていたのかも知れない。
「馬鹿ね……。祐樹じゃなく、私が『らら』に取り憑かれてどうするのよ」
 たかがゲームに恐怖を感じて逃げ出すなど、本当にどうかしているとしか言えない。
 真綾は自分の馬鹿さ加減に呆れるように、バスの外をぼんやりと眺めた。
 もうすぐ駅に着く。
 ――もう祐樹に関わるのはやめよう。
 今度こそ心に決めながら、ターミナルに入るバスの先に目をやると、そこには、これ以上はないほど夜の似合う少年が立っていた。
 ――あの子……。
 間違いないし、見間違えるはずもない。ちょっと変わった『魔物退治屋』の少年である。
 だが、こんな時間に駅前で何をしているのだろうか。
 見た限りでは、誰かを待っているようだが――それとも、これからバスに乗って、祐樹のところに行くのだろうか。
 バスを降りると、
「クソっ、やっぱり途中で追い抜いてたか。駅に匂いがしないと思ったんだ」
 と、何やら犬みたいな言葉を吐き捨て、
「あいつの部屋に、もう一人誰かがいただろう?」
 と、何の脈絡もなく、訊いて来た。
「え?」
 真綾には戸惑うしかない言葉である。
 祐樹は確かに留守だったし、母親はまだ病院で、いたといえば――。
「『らら』のこと?」
 真綾は訊いた。
 他に思い当たる節もない。
「そいつからは何の匂いもしなかった。生きた人間の匂いだ。どこかで嗅いだ覚えがあるような、ないような……」
「……?」
 不思議なことを言う少年だった。――いや、それは『魔物退治屋』の貼り紙を見た時からそうだったが、「生きた人間」だとか、「匂いがした」だとか、どちらかというと人間よりも、動物の言葉を聞いているように感じる。
 もちろん、刑事ものなどでは「あいつ、臭うな」とか「クサイ」と言った言葉を犯人に対して使うことはあるが、そういうものとは少し違っているようで……。
「クソっ、なんか、あんまり鼻が利かないんだよな、最近」
 苛立つように、悪態づく。
 それだけ匂いを判別出来れば、すでに人間業以上だと思えるのだが……。
「途中で追い抜いたって……」
 まさか、走っているバスを追い抜いた訳じゃないわよね、と訊こうとしたが、馬鹿馬鹿しいので、やめた。きっとタクシーか何かだろう。――そんなお金を持っているのかどうかは別として。
「――で、何かあったの?」
 改めてそう訊くと、
「あいつの部屋に誰かいただろ? あんたと、もう一人――。どこかで嗅いだ事のある匂いだった」
 舜は言った。
 そうだった。
 恐怖ですっかり忘れていたが、祐樹の部屋は泥棒に荒らされ、惨憺たる様だったのだ。ゲームが恨みがましい声で起動したこともあって、怖くて確かめることもせずに逃げてしまったが……。
 結局、本当に誰かがいたのかどうかは、判らないまま、なのである。
「あそこの家に出入りできる人間は? もっと鼻が利けば、自分で匂いを辿れたけど、今はあんたに訊くしかないんだよ」
 本当に、おかしなことを言う少年である。
 もしかしたら、警察犬の生まれ変わりなのかも知れない。
 とにかく今は――。
「警察に電話しなきゃ! 泥棒が入ったのよ、祐樹の家に!」
 やっと思い出したそのことに、真綾は今更ながら慌てて言った。
 そして、舜から聞いたのである。部屋を荒らしたのは泥棒ではなく、保険証や入院に必要なものを捜した舜たちであったことを……。


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