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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因
十五夜 穆王八駿の因 4
しおりを挟むそれは、ここで目覚めた時に最初に目にした、どこか影の薄い、儚げな印象の少女だった。あの時と同じように、大きな樹の後ろから、隠れるようにして、白い手と顔を覗かせている。
靄でよく判らなかったが、ここは、最初に舜が寝ていた辺りらしい。
「君は――」
そう言いながら、舜は一歩踏み出したが、
「駄目!」
少女が言った。
「え?」
声をかけて来たのは、その少女の方だったと思うのだが。
それでいてダメと言われても、全く意味が解らない。
とにかく、それ以上、足を進めることも出来ずに立ち止まると、
「……わたしは、香玉たちが言っていたように、本当に病気なのです。ですから、それ以上、近づかないでください」
少女は言った。
確かに病弱そうで、今にも消えてしまいそうに儚げだが、だからといって、ああも皆から仲間はずれにされている、というのは納得がいかない。病気なら、もっと気遣ってもらえてもいいのではないだろうか。
それを問うと、
「いいえ、わたしの病気は、あなたがお聞きになった通り、移るのです……。ですから、誰も近づきはしません」
哀しそうな言葉だった。
「誰も、って……病気になってから、一人も?」
舜が訊くと、少女はコクリとうなずいた。
放ってはおけない――そんな気持ちは舜の意思とは関係なく、どこからか勝手に芽生えて来るもので、この場合の舜も例外ではなかった。
「病気なら治療法や薬があるだろうし、ここが何処なのか判れば、オレが持って来れるんだけど……」
そう。確か、身近な人物に、この世の全てを知っているかのような奴がいた。何だか思い出そうとすると腹が立つし、厭な気分にもなってしまうのだが……。
――でも、それって誰だっけ?
どうやら、黄帝の記憶もないらしい。
もちろん、記憶のない舜にとっては、その方が心も軽く、幸せだったのかも知れないが。
何しろ、この人外の美しい少年、この世で一番嫌いで苦手なものが、その父親、黄帝だというのだから。
まあ、そんなことは置いておいて。
「私の病気が……治る?」
真っ白い少女の頬に、わずかながら、朱が射した。
どうやら、すっかり期待を持たせてしまったらしい。となると、意地でも、その厭な気分になる奴のことを思い出さなければ……。
「た、多分……」
どうやったら思い出せるのだろうか。
自然と思い出すのを待つか――いや、それではいつになるか判らない。
「――実はオレ、記憶がないみたいなんだけど、何か思い出せる方法ってないかな?」
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