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十五夜 穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)の因
十五夜 穆王八駿の因 5
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「舜! 舜! 聞こえないのか、舜!」
昏睡するように倒れ込んだまま動かなくなってしまった舜を見て、デューイは灰の体で舜を包み、刺激を与えるように肌をさすった。
決して、下心があってのことではない。
実は、このデューイという青年、微細で不可視に近い灰の姿ではあるが、舜のような美しい少年が好みなのである。
もちろん、性癖は人様々で、それをとやかく言うつもりはないのだが、普通に女の子が好きな舜としては、普段からデューイの性癖を嫌っている。
何より、この青年、元から灰の姿であった訳ではなく、ごく普通の善良なアメリカ人青年だったのだが、舜の一族と関わったことで同族の女に咬まれ、今はこうして灰の姿になってしまっている……。詳しいことは、ここでは書くのはやめておこう。
「舜! 舜――!」
いつもより大きく鼓膜を震わせ、昏睡中の美しい夜の生き物に呼びかける。
灰の姿であるため、直接、声を出すことは出来ないのだ。もちろん、慣れればその身で音や声を作りだすことも可能だ、とデューイが崇拝する夜の麗神、黄帝は言うのだが……元来、器用ではないのである。そんなことは、夢のまた夢。灰で自らの姿を形作れるようになってからの話である。
舜は、と言えば、デューイがどんなに呼びかけても、どんなに肌を刺激しても、目醒める様子は全くなく、死と変わらないほどの微かな呼吸を繰り返している。
こうなった原因は、というと……。
デューイに思い当たるのは、やはり、舜がさっき食べていた実であろう。
ここは、ラオスとの国境近くにある山の一つである。
麓の村や町は、まるで時代が止まってしまったかのように、竹、木、革、萱……どれも土と同じ色で造られた、のどかな家が、ぽつんぽつんと立っている。
ラオス側に入ると、高床の集落になっている村もあり、アメリカから中国へ来て、大都会を主に生活の場として来たデューイには、つい、カメラの一つも向けたくなってしまう光景であった。
山、山、山――。
東南アジアの気候を持つこの辺りでは、熱帯の気候も手伝って、そろそろ雨期に入ろうとしている。
そんな中、纏わりつく湿気に閉口しながら、けもの道たる山道を歩いている時、舜がふと、その匂いを嗅ぎつけたのだ。
「腐臭がする……」
こんな静かな山の中で、どんな獣が果てたのか、と思いきや――。
そこにあったのは、巨大で分厚い花弁を持つ奇妙な花――。茎や葉はなく、五枚の花びらだけが重く垂れ、その中央は、すっぽりと空洞になっていた。
まだ赤く毒々しく咲いている花もあれば、土のような色になり果て、乾いて枯れているものもある。
六〇センチから九〇センチにも及ぶものが、ミツバカズラの木に寄生するよう、数カ所に花弁を広げていた。
大王花――。その中国名を持つラフレシア属のその花は、近づくと強烈な悪臭を放ち、それはまるで肉が腐ったような匂いだった。もちろん、普通の人間には、鼻を近づけなければ判らないような匂いであったかも知れないが。
「なんだ、こいつの匂いか。黄帝の『遠い知り合い』とかいう奴が死んでるのかと思った」
そんな縁起でもないことを言いながら、舜はその巨大な花に、物珍しげに近づいて行ったのである……。
昏睡するように倒れ込んだまま動かなくなってしまった舜を見て、デューイは灰の体で舜を包み、刺激を与えるように肌をさすった。
決して、下心があってのことではない。
実は、このデューイという青年、微細で不可視に近い灰の姿ではあるが、舜のような美しい少年が好みなのである。
もちろん、性癖は人様々で、それをとやかく言うつもりはないのだが、普通に女の子が好きな舜としては、普段からデューイの性癖を嫌っている。
何より、この青年、元から灰の姿であった訳ではなく、ごく普通の善良なアメリカ人青年だったのだが、舜の一族と関わったことで同族の女に咬まれ、今はこうして灰の姿になってしまっている……。詳しいことは、ここでは書くのはやめておこう。
「舜! 舜――!」
いつもより大きく鼓膜を震わせ、昏睡中の美しい夜の生き物に呼びかける。
灰の姿であるため、直接、声を出すことは出来ないのだ。もちろん、慣れればその身で音や声を作りだすことも可能だ、とデューイが崇拝する夜の麗神、黄帝は言うのだが……元来、器用ではないのである。そんなことは、夢のまた夢。灰で自らの姿を形作れるようになってからの話である。
舜は、と言えば、デューイがどんなに呼びかけても、どんなに肌を刺激しても、目醒める様子は全くなく、死と変わらないほどの微かな呼吸を繰り返している。
こうなった原因は、というと……。
デューイに思い当たるのは、やはり、舜がさっき食べていた実であろう。
ここは、ラオスとの国境近くにある山の一つである。
麓の村や町は、まるで時代が止まってしまったかのように、竹、木、革、萱……どれも土と同じ色で造られた、のどかな家が、ぽつんぽつんと立っている。
ラオス側に入ると、高床の集落になっている村もあり、アメリカから中国へ来て、大都会を主に生活の場として来たデューイには、つい、カメラの一つも向けたくなってしまう光景であった。
山、山、山――。
東南アジアの気候を持つこの辺りでは、熱帯の気候も手伝って、そろそろ雨期に入ろうとしている。
そんな中、纏わりつく湿気に閉口しながら、けもの道たる山道を歩いている時、舜がふと、その匂いを嗅ぎつけたのだ。
「腐臭がする……」
こんな静かな山の中で、どんな獣が果てたのか、と思いきや――。
そこにあったのは、巨大で分厚い花弁を持つ奇妙な花――。茎や葉はなく、五枚の花びらだけが重く垂れ、その中央は、すっぽりと空洞になっていた。
まだ赤く毒々しく咲いている花もあれば、土のような色になり果て、乾いて枯れているものもある。
六〇センチから九〇センチにも及ぶものが、ミツバカズラの木に寄生するよう、数カ所に花弁を広げていた。
大王花――。その中国名を持つラフレシア属のその花は、近づくと強烈な悪臭を放ち、それはまるで肉が腐ったような匂いだった。もちろん、普通の人間には、鼻を近づけなければ判らないような匂いであったかも知れないが。
「なんだ、こいつの匂いか。黄帝の『遠い知り合い』とかいう奴が死んでるのかと思った」
そんな縁起でもないことを言いながら、舜はその巨大な花に、物珍しげに近づいて行ったのである……。
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