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六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 27

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「……。そなたは何故、ここにいる? 私はてっきり、黄帝が訪ねて来たのかと――。いや、そうか。そう言えば、黄帝が予言を残していたな。そなたが予言を成就する『新たなる帝王』か」
 天帝は言った。
「生憎、オレは、その〃新たなる帝王〃とやらじゃない。黄帝の策略に嵌まって、ここに放り込まれた被害者なんだ。あんたは、今の黄帝を知らないだろーけど、あいつ、すっかりボケちゃってて、とんでもない化け物になってるんだぜ。オレなんか、何回も殺されかけたし、殺されたこともあるし、今回だって、その中の一つなんだ」
「ほう」
「あ、信じてないだろ?」
 多分、誰も信じまい。たとえ、それが事実であったとしても――。
「いや――。黄帝の子だ、と感心しただけのこと――。私は彼の幼き日を知らぬが、きっと、そなたのようであったのだろう」
「ムッ」
 天帝にしてみれば、褒め言葉であったのかも知れないが、舜としては、不愉快極まりない言葉である。
「オレは、かーさんに似てるんだ。間違っても、あいつになんか似てないからな。そりゃ――顔はちょっとくらい似てるかも知んないけど、性格はあいつみたいに冷酷じゃなくて、素直ないい子なんだ」
 頼むから、自分を褒めるクセは、やめてほしい。
 天帝も、思わず笑いを咬み殺して、いる。
「……黄帝は、とても厳しい人物だった。冬の空を飾る月のような――。また彼に逢いたいものだ」
 何故、あんな奴に逢いたいと思うのかは、舜には全く理解できない。確かに、黄帝に逢いたがっている者は、たくさんいるらしいが――恨みを持つ者も含めて。
「さて。私の感傷など聞いていても、退屈だろう。すぐ元の世界へと戻してやろう」
 天帝は言った。
「へ?」
 と、舜。
 何しろ、黄帝の知り合いで、今まで、こんなに親切な奴に逢ったことなど、一度もないのだ。
 この人は、本当に黄帝の知り合いなのだろうか、と舜は首を傾げていた。
「あの、えーと……」
「自力では出られぬだろう? もちろん、出る方法がない訳ではないが、今のそなたには、荷が勝ちすぎる」
「それって、もしかして――」
「問わぬがいい、幼き子よ。私にはまだ、見届けねばならないことがある。今、そなたに選ばせる訳には行かぬのだ」
「……。勝手なこと言うなよ」
 舜は言った。
「ん?」
「自分の娘を閉じ込めて、人間を攫わせて――。それを黙って見てるのが、親のすることかよ!」
「……」
「黄帝は悪魔だからするだろーけど――。オレも、物心ついた時から、ずっと黄帝に山奥の家に閉じ込められてて、滅多に街にも出してもらえないし、自由にもしてもらえないけど――それは、オレが、まだ自分のしたことの責任を全部自分で取れないからで、あいつに責任を肩代わりしてもらわなきゃならないことがたくさんあるからなんだ。――まあ、あいつのいびりによるところが一番、大きいんだけど――。それでもあいつは、外に出たければ人間を犠牲にしろ、なんて言ったことはないぞ!」
 舜は、きつい眼差しで、天帝を見据えた。
 内容に関しては、多々、恨みの籠もった部分が見られるが、相手に意味が伝わらないほどの酷さではない――と思うので、まあいいだろう。
「……それが正しいのだ、幼き子よ」
 天帝が言った。
「え……?」
「私の過ちを正すために、黄帝が予言を残したのだからな。そして、そなたが、その予言を成就する『新たなる帝王』なのだ。そなたの言葉こそ、正しき道を示している」
 慈しむような――寂しげな眼差しで、天帝は言った。
「くどい奴だな。オレは帝王なんかじゃない、って言ってるだろ。オレはただの被害者なんだ」
「……まこと、黄帝の子よのう。――ならば、何を成すという、舜の名を冠する者よ」
「あんたを殺して、この世界を消滅させる」



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