上 下
156 / 533
六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 18

しおりを挟む


「――では、この砂はお預かりして帰ります。また、改めてお礼に伺いますので」
 小鋭は、そう言って、デューイの屋敷――マクレー家を、後にした。
「ところで、舜――」
「さあっ、寝よ。今日は結局、ちっとも遊べない内に朝になったちゃったし」
 舜は、話を聞く様子もなく、立ち上がった。
 しかし、デューイは、諦めない。この一年余りの歳月で、打たれ強くなっているのである。
「従兄妹の家が、オークランドにあるんだけど。今、ハイスクールに通ってる、金髪の――」
「少しくらいなら、話を聞いてやる」
 この少年の扱い方も、少しは覚えたようである。
「さっきのこと、黄帝様に相談できないかな? あの人――小鋭っていう人、本当に困ってるみたいだったし……」
「ハッ。黄帝が善人面して、困ってる人間を助けるはずがないだろ。あいつは悪魔なんだぞ。代わりに魂を抜き取るような奴なんだ」
 その悪魔の息子が、この少年である。当人は、親子であることすら忘れているようだが。いや、思い出したくもないようだが。
「そんなことは――っ。黄帝様は、とてもお優しい方で、ぼくなんかにも、色々なことを教えてくださるし――」
「まだ解ってないみたいだな。――いいか。あいつは、今回のことにも、絶対、絡んでるに決まってるんだ」
「え?」
「突然、あんたに、里帰りしてみたらどうだ、とか言って持ちかけて、その結果が、早くもこれじゃないか。全部、あいつが仕組んだことに決まってるんだ。これ以上、こんなことに拘わってたら、あいつの思惑通り、オレはあいつの罠にかかって、殺されることになるかも知れないんだぞ」
 勘が良いのか悪いのか、判らない少年である。
「そんなことはないと……」
 デューイもさすがに、舜が父親を嫌っていることだけは知っているが、何故、あんなに素晴らしい人物を嫌っているのかは、理解できていない。
 舜に言わせると、極悪非道の血も涙もない冷血漢で、あまりに長く生き過ぎて来たために、自分の人格も判らなくなっている変人、プラス、ボケ老人らしいが、少なくとも、デューイには、そう思えない。――いや、そんなことを思うのは、息子の舜だけであっただろう。
 万人が思う黄帝は、とてつもなく美しい上に、限りなく優しく、聡い人物なのだ。
 まあ、実の息子たる舜と、客人の立ち場たるデューイでは、見解の相違があるのかも知れないが。
「明日、陽暮れと共に、オークランドだぞ。忘れるなよ」
 この年頃の男の子の興味、といえば、やはり、女の子のことだけである……。



 さて、陽暮れと共にオークランドで、金髪の従兄妹とご体面――が、どうなったかは、一週間経った今、この二人の様子を見てもらえれば、判るだろう。
「あの、舜――」
「ふんっ」
 舜は、つん、と鼻を持ち上げ、使い捨てディスポーザブルの血液バックを片手に、そっぽを向いた。
 その輸血用血液は、二人の食事であり、病院から合法的に売ってもらったものである。
 シスコの病院にも、やはり、二人の同族はいて――付け加えておくなら、片親が吸血鬼、というだけで、当人は普通の人間なのだが――その人に頼んで、用意してもらったものである。
 吸血鬼と人間との間に生まれた子供は、大抵が普通の人間で、『夜の一族』の血を引くことはほとんどないため、そういう子供は、街で何不自由なく暮らしているのだ。
 そして、舜が怒っている理由は、オークランドの金髪従兄妹が、バカンスに出掛けていて、家にいなかったためである。
 まあ、夏休みたるこの時期のことを考えれば、それも当然のことなのだが。
 ちなみに、デューイは、それから一度も、口を利いてもらっていない。
 デューイにとっては、最低の里帰りである。家族には会えないし、舜は口を利いてくれないし。
「舜、ぼくは騙すつもりだった訳じゃ――」
「ふんっ!」
 女に関しての恨みは、恐ろしいのである。
 そうする内に、来客を告げるチャイムが鳴り、デューイは、とぼとぼと肩を落として、玄関の方へと、歩き始めた。
「……セールスマンだったら、話相手になってもらお」
 どうやら、まだ冗談は言えるようである。――いや、冗談であってほしい。


しおりを挟む

処理中です...