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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)
五夜 木乃伊の洞窟 16
しおりを挟む灰になった人狼たちを、トニエプル川に流し、手厚く葬った後、二人が城へ戻ったのは、もう明け方近くのことであった。
もちろん、引っ掛からないことがない訳ではなかったが、それは、考えていても出る結論ではないので、舜は、真っ先に、黄帝の部屋へと足を運んだ。
「随分、ゆっくりでしたね、舜くん。遠乗りはどうでしたか?」
開口一番の黄帝の言葉が、それである。
「オレ……オレ、あんたの後継者、ってことになってるけど、あんたと同じようなことは出来ない」
「なら、君はそれでいいのですよ」
「え?」
「たかが一〇〇人殺したくらいで、そんなことを言うようでは、とても私の後継者にはなれないでしょうから、私も君を諦めます」
子供が傷ついている、というのに、慰めもしない、というのだろうか、この父親は。
こんな時でさえ、甘やかすことはしないのだと。
「オレ……後継者になんか、なりたかった訳じゃ……。あんたが無理やり……」
「でも、私の後継者として、周りの人間に敬ってもらえるのは、気分が良かったでしょう?」
「――」
「良い思いはしたいけど、厭な思いはしたくない、という君の気持ちはよく解りますし、君が無理をして、私のようになる必要は、ないのです。もっと自分を甘やかしてあげてもいい年なのですから」
月の精霊のような神秘的な面貌で、黄帝は言った。
言葉は確かに優しいものであったが、その意味まで優しいものであるかどうかは、判らない。――いや、自分を甘やかして生きればいい、という言葉が、優しいものであるとは、思えない。
「オレ……」
「心配しなくても、君が厭なことは、私がしてあげますよ。後継者候補から外れたとはいえ、君が私の息子であることに変わりはないのですから」
「……」
そんな優しい口調で、それほど冷たい言葉の吐ける父親が、どこにいる、というのだろうか。
しかも、相変わらずの、のんびりとした仕草で、少し眠たげに。
長きを生きて来た者は、全て彼のようになってしまうのかも、知れない。
正真正銘の化け物に。
舜は、ただ唇を結んで、その場にじっと、立ち尽くしていた。
あれほど厭だった後継者候補から外されて、大好きな母親の元へと帰れるのだから、喜んでもいいことであるはずなのだ。もうあんな山奥で、こんな変人の父親と暮らす必要もなく、街で母親と一緒に来らせるのだから、何よりも嬉しいことのはずなのだ。
それなのに……。
それなのに、舜は、何故か、動くことが、出来なかった。
黄帝の言葉が、全て正しい、と思っていた訳では、ない。十人いれば十人が、十六、七歳の子供に、あんなことをさせるのは哀し過ぎる、と言うだろう。
それでも……。
「さあ、もう部屋に戻りなさい。私も昨日、夢を見てよく眠れなかったので、今日は早く寝る積もりをしているのですよ」
「夢?」
舜は、その黄帝の言葉に、首を傾げた。
その青年が、夢を見て眠れなかった、など、信じ難いことである。
「あんたも、夢なんて見るのか……?」
と、ポカン、と口を開けて、問い返す。
「あのですね、舜くん。私は君の父親ですし、その呼び方はやめなさい、と何度も言ったはずですよ。君の子供らしさは、とても素晴らしいものだと思いますが、君は、相手の心を理解し、相手がどんな言葉を厭がるか、判断できる年のはずなのですから」
「……はい、お父様」
化け物の心までは判らないけど、と舜は、口の中で呟いたが、もちろん、それは口には出さず、喉の奥で圧し止めた。
その化け物が、自分の父親である、というのだから、救いようがない。
本当に何を考えているのか、判らない青年なのだ、目の前にいる父親は。
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