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五夜 木乃伊(ミイラ)の洞窟(ペチェル)
五夜 木乃伊の洞窟 17
しおりを挟む「夢、というのは、ある意味では、正直なものです。――私が昨日見た夢も、一夜でムーを沈め、そこに住む六四〇〇万人の人々を、一瞬にして殺してしまった、というものでしたが、今日の君の現実と、重なり合っていたのかも、知れません」
のんびりとした口調で、黄帝は言った。
しかし、その内容は、あまりにもスケールが違い過ぎている。
ムーといえば、今から約一二〇〇〇年前に、一夜にして海に沈んだ、とされる伝説の大陸であり、それを自分が沈めた、などという夢を見るなど、普通の人間には、想像もつかないことであっただろう。
果たして、それは本当に、ただの夢、なのであろうか。
それとも……。
その青年なら、本当にそんなことをしていても、おかしくはない。
それに、それ以前に、一〇〇人と、六四〇〇万人とでは、あまりに桁が違い過ぎている。
本当に、六四〇〇万人の人間を殺せる者など、この世の中には、いはしない。その青年を除いて……。
「一つ訊いてもいいですか、お父様?」
真意を掴めないままに、舜は訊いた。
「もちろんですよ。子供の言葉を聞いてあげるのは、父親の努めなのですから」
一番、父親らしくないのが、この父親である。
「ムーを沈めて、六四〇〇万人を殺した夢を見て眠れなかった、って……。やっぱり、あんた――お父様くらいの化け物でも、人を殺すのは気が咎めるんですか?」
多少、皮肉を込めて、舜は訊いた。
「さて」
と、黄帝は惚け、
「少なくとも、夢の中の私は、罪悪感など感じてはいませんでしたね。ムーの人々は、とっくの昔に、得ることばかりを考え、与えることを忘れた民になっていましたから。放っておいても、その内、ムーが各地に持っていた植民地で革命が起こり、滅びの道を辿っていたでしょう」
夢にしては、リアルである。
それに――。
「だけど、今、眠れなかった、って――」
「ああ、それですか。それは、ムーの人々を殺したことではなく、ムーと一緒に海に沈んだ私を生き返らせるために、一人の女性が死んでしまったことを思い出していたからですよ」
「へ……?」
六四〇〇万人を殺しても気は咎めないが、たった一人の女性が死んだことには哀しむ、というのだろうか。恋をしたことのない舜には判らないが――いや、母親が死んでしまったら哀しいが、全世界の人間が死んでも、さして哀しくはない、という表現の仕方なら、判る。
それでも、自分で六四〇〇万人を殺す、というのは……。
「何か……頭が痛くなって来た」
「おや、それはいけませんね。君も早くお休みなさい」
「……そうする」
やはり、この青年のことは、解らない……。
そうして、舜が悶々と考え込んでいた頃、デューイは、部屋のベッドに腰を下ろし、多くの人狼を殺してしまった、自分の手のひらを見つめていた。
まだデューイ自身は、長過ぎる生命の辛さ、というものを味わったことはないが、喉の渇きと、体中を犯す悪寒だけは、充分過ぎるほどに知っている。今もそれは、デューイの体を、絶え間ない苦痛として、襲っているのだ。
まだ一人で、それら――血を飲みたい、という衝動を完全に抑え切れないために、黄帝の元で暮らし、街で暮らせるようになるまで、舜がお目つけ役としてついているのだが、その二人の力がなければ、デューイも彼ら――今日の人狼のように、見境なく人間を襲う吸血鬼、となっていただろう。
自分がどんなにそのことを拒んでいても、体の苦しみの方が大きいのだ。
「しっかりしなきゃな……。ぼくの方が年上なんだから、舜が傷つかないように、ちゃんとしなきゃ……」
と、開いた指を、握り締める。
吸血鬼になって一年とはいえ、人生経験は、舜よりも遥かに豊富なはずなのだ。何しろ、舜は、まだ山を下りるのも四度目、という少年で、しっかりしているように見えても、子供でしかあり得ない。
それに……。
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