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三夜 煬帝(ようだい)の柩
三夜 煬帝の柩 16
しおりを挟む路上に落ちた財布を拾い、デューイは再び夜の街を歩き始めた。
目の前に人影が立ったのは、その時であった。
不意に、何の根拠もなく、デューイはその人影が『同族』である、と感じていた。――そう。思ったのではなく、感じたのだ。『夜の一族』の血のせいかも、知れない。
顔を上げると、そこには、肩までの長さの黒髪を持つ、壮麗な青年が立っていた。
見た目の年齢で言えば、三十歳くらいであろう。燃え盛る炎のような美貌と、冷酷で圧倒的な凄まじい妖気を纏っている。それは、コートなど瞬時に灰と化し、デューイの身をも焼き尽くしてしまうのではないか、と思えるほどの力であった。
そして、男も女も虜にしてしまうような、麗容であった。
もちろん、デューイも頬を染めて、その青年を見上げていた。
恐ろしい、とは思っていたし、このまま焼き殺されるかも知れない、とも思っていたが、それでも恍惚となっていたのだ。
「逢うのは初めてだな、一度は貴妃の牙に堕ちた異国の若者よ」
黒き麗人は、静かに言った。それでも重々しく、地の底から響いて来るような声である。
「貴妃……。じゃあ、あなたは――」
その麗人は、半年前、舜を襲い、《聚首歓宴の盃》を手に入れようとしていた炎の使い手、炎帝(イエンディ)なのだ。
今、舜が《聚首歓宴の盃》を手に入れようとしているのも、その麗人を呼び寄せ、倒すためである。
黄帝や舜に匹敵するその美貌も、圧倒的なその妖気も、彼が炎帝であることを裏付けている。
そして、デューイに適う相手でないことは、容易に知り得た。その繊手の一薙ぎで、デューイなど原型も留めず、叩き潰されてしまうことだろう。
「ぼ、ぼくは《聚首歓宴の盃》なんか持ってな――」
「もちろん、承知している。黄帝の子が、私の夢枕に立ったからな」
「舜が……?」
一体、何を考えているのだろうか、あの少年は。親が親だけに、その子供の方も、掴みようがない性格である。結構、似ているのだ、あの親子。もちろん、舜はそんなことなど決して認めはしないだろうが。
「私の夢枕に立って、何と言ったと思う、あの子供?」
楽しげに唇を歪めて、炎帝が言った。
「さ、さあ……」
ここは、下手なことを言わない方が、賢明である。それに、デューイに舜の心が解るくらいなら、苦労はしない。
「クックッ」
と、炎帝は喉を鳴らし、
「早く《聚首歓宴の盃》を手に入れたければ、自分が一刻でも早く生き返れるよう、血を運ぶ役目を預かっているおまえに脅しをかけろ、とな」
「え……?」
「本来、人に命令されるのは好まないが、あの子供の言うことなら聞いてやってもいい。異国の若者よ、そなた、血を手にしたなら、這ってでも黄帝の住処に戻るがよい。途中でその血に手をつけようものなら、この私がその身を焼き尽くしてくれる」
「――」
「では、それだけだ。今の言葉、肝に銘じておくがよい」
その言葉を残して、炎帝の姿は闇に消えた。
デューイとしては、腰も立たない状況である。膝はガクガクと笑い、全身に鳥肌が立っている。
とてつもなく恐ろしい麗人であったのだ。
だが、舜の心だけは、解っていた。
「舜……。君はそんなにぼくのことを思って……」
それはちょっと、勘違いだと思う。
まあ、デューイには一応、手応えのある励まし――いや、脅しであったのだから、いいとしよう。
「舜、君の思いやりを無駄にはしない」
どこまでも思い込みの激しい青年なのだ、彼は……。
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