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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 7
しおりを挟む部屋には、コーヒーの匂いが漂っていた。
鼻を摘まむほど厭な匂いではないが、デューイが言うほど、いい匂いとも思えない。それでも、舜がこうしてテーブルについているのは、所謂、入郷随郷(郷に入っては郷に従え)、というもののためであった。
朝はバイキングになっているらしいが、あれから何の得策も思いつかなかったので、部屋から出る気もせず、こうしてルーム・サービスを頼んでいるのである。
もちろん、舜は食べなくてもいい訳だが、昨日から何も食べていないとなると、デューイも訝しく思うだろうし、舜も、こういう食事をしてみたい、という気になっていた。
その結果は――。
「マズイ……」
「え? ああ、まだコーヒーは飲めないのかな。見たところ、十五、六歳くらいだし――。オレンジ・ジュースでも頼んであげようか?」
飽くまでも優しいのである、この青年は。
そして、勝手に自分で理解して思い込んでくれるから、舜に取っては、説明する手間も省けて、何かと楽である。
もちろん、あわよくば舜をモデルにしたい、という下心もあるのだろうが。
「いらない」
そう言って、舜はパンを口の中に詰め込んだ。
それも大して美味しいものでは、ない。体に害はなさそうだが、栄養にもならないだろう。
一族の中には、普通の食事でも充分に栄養が取れ、街で暮らしていける者もいるが、舜はそういう体質ではないのだ。
これが、黄帝の言っていた、舜の母親は街でも暮らしていける人間だ、という意味であったのかも、知れない。
とにかく、今の問題はそんなことではなく、いつまでもこのホテルに閉じ籠もっている訳にはいかない、ということである。
「昼間なら大丈夫かなァ……」
舜は、ぽつり、と呟いた。
朝の光はきつ過ぎるが、午後からなら、舜も何とか倒れずに歩けるはずなのだ。朝の光りは、空気がまだ澄み切っているために、まともに肌を焦がすのだが、昼からなら、塵や砂ぼこりが舞い上がり、幾分、太陽の光を遮断してくれる。そして、土は、舜とは相性の良いものである。
だが、それは相手にも言えることであり、舜や黄帝以外にも、昼間歩ける同族がいてもおかしくはない。たとえ、より過去の姿に近い体質を持っている同族だとしても。
「やっぱり、無理かなぁ……」
「さっきから、何をぶつぶつと言っているんだ?」
向かいの席では、デューイが訝しげに眉を寄せている。光の当たるその位置で見る彼の瞳は、琥珀色に透けて、いつも以上に優しく見える。髪の色も、また同じで、光の中が、よく似合う。
「別に……。あのさ、モデルのこと、考えてもいいから、サングラスと帽子を買ってくれないかナ?」
舜は言った。
デューイの瞳が、パッと輝く。
「本当に?」
と、腰を浮かせて身を乗り出す。
少し後ろめたい気もするが、背に腹は替えられない。昨夜の炎の主と、舜の力が違い過ぎていることは、たったあれだけの時間の接触の中でも、容易に知り得たのだ。夜は絶対に出歩けない。
「考えるだけだけど……」
「ああ、それで構わない。取り敢えず、一歩前進だ。――でも、どうしてサングラスなんか――。あ、ああ、そうか。人に見られるのは困るだろうからな。帽子も、顔が陰になるような物がいいな。――すぐに買って来るから、待っていてくれよ」
デューイは、また勝手に思い込んでくれたようで、もうドアへと走り始めている。
もしかすると、舜には、意識的に力を使わなくても、人を意のままに動かしてしまう力があるのかも知れない。
何より、顔がいいと得である。それが、あの変態の父親から受け継いだものでなければ、という但し書き付きで、だが。――いや、母親に似て顔がいい、と考えれば、気分も良い。
「あのクソおやじっ。帰ったら、昨日のことを全部吐かせてやるからなっ。あの炎を見ただけで、オレなんか寿命が一〇〇年は縮んだんだぞ」
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