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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 8
しおりを挟む舜が悪態づく中、デューイは、エレベーターが上がって来るのを、もどかしい思いで待っていた。
もちろん、楽しみはサングラスと帽子を買いに行くことではなく、その結果、世にも稀なる神秘的な容貌を持つ少年を被写体に出来る――かも知れない、ということである。
喋っていると、普通の少年のような気もするのだが、黙って考え事をしていたり、時折、フッと垣間見せる表情は、人外のもの、としか呼べないような神秘を放っているのだ。
もちろん、彼が本当に人外のものである、と思っていた訳ではないが、伝説の美姫の姿を想像させる、というほどには、人間離れした容姿を持っている少年だ、という風に思っていた。その美しさも、存在感も――。公園で初めて逢った時、一番に彼に目が行ってしまったように。
エレベーターが、フロアに着いた。
扉が開くと、中にはトレイを持つボーイが、乗っていた。だから、ふと、それを思い出しのだ。
「ああ、君――」
デューイは、そのボーイに声をかけた。
「ぼくの部屋に、オレンジ・ジュースを一つ運んでくれないか」
「……お部屋に入っても宜しいのですか?」
「ああ。中に一人いるから」
「かしこまりました、ミスター.デューイ・マクレー……」
まだ名前もルーム・ナンバーも告げてはいないのに、ボーイはそう言って翻って行った。
外国人客のことだから、よく覚えているのかも知れない。――とはいっても、このホテルには、海外からの客など珍しくもないだろうが。
「上海には粗雑な人間が多いと聞いていたけど、ホテル・マンともなると、さすがにマナーが行き届いてるな。――おっと、扉が閉まる」
閉じかけているエレベーターの扉を見て、デューイは急いで乗り込んだ……。
背筋が、ゾクっ、と総毛立った。何か得体の知れない、それも、とてつもない種類の恐怖が迫っているような、そんな悍ましい感覚である。
舜は、ガタン、と椅子から腰を上げ、光を避けながら、窓の外を覗き見た。
そこには何も、映ってはいない。
「朝から襲って来るなんて、ルール違反だぞ……。どんなに部屋に入りたくても、おまえはこの部屋には入れないんだからな」
誰に言うでもなく、強いて言うなら、ホテル全体を覆っている不穏な空気に、舜は言った。
同族の者なら、招かれない限り、部屋には入って来れないはずなのである。
だが――。
カチャ、とドアの鍵が開いたのは、その時であった。
「え……?」
舜としては、呆然とするしかない出来事である。デューイがそれを招いてしまったことなど、舜は知りもしないのだ。もちろん、それはデューイのせいではなく、彼はただ、ボーイにオレンジ・ジュースを頼んだだけなのだが――。もう少し詳しく言えば、催眠術でボーイに見えるようにしていたそれに。
闇が部屋へと入って来た。胸や腰の凹凸からして、女であろう。存在自体が影であるかのように、漆黒の姿をしている。黒いマネキン人形に、黒い衣を羽織らせたようなものだ、と思っていただければいい。
「そなた……変わっておらぬな、黄帝よ……」
やはり、女の声で、黒いものは言った。昨夜聞いた、地の底から響いて来るような声とは、違っている。
「黄帝、って……オレは……」
さっきほどの悍ましさは、その影からは感じなかったが、それでも、あれが近くにいることは、判っていた。
黒いものが、ニヤリ、と笑った。――いや、笑ったように、感じた。
「今のわらわとそなたとでは、勝負にもならぬな……。おとなしく盃を渡すのじゃ、黄帝……。そうすれば、匏奴(手足を斬り落とす)だけで許してやろう」
匏奴だけで、と言われても、手足を斬り落とされてしまっては、不自由極まりない。
「あの、オレ、盃って言われても、何のことだか……」
「惚けるでない!」
グワっ、と空気が、波打った。
手を翳したものの、その波動をまともに食らい、舜は数十センチも後ろへ、圧し弾かれた。
だが、体は無事らしい。
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