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98. ルールに厳しい女

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「お……お前なんか、もう、怖くニャイんだからな!」

 ブリトニーが、尻尾を丸めながら、シャンティーに嘯く。

「アンタ、何言ってんのよ?折角、サルガタナスを見つけたのに、逃がしておいて!」

「ニャンだって!?」

 シャンティーの指摘に、ブリトニーが後ろを振り向く。

 しかしそこには、もう、異界の悪魔は居なかった。

「アンタ、異界の悪魔を相手にする時は、転移魔法に気を付けるのが基本だって、覚えてなかったの?
 それで、第1次ベルゼブブ討伐レイドで、最強の戦力を整えていながら、殆ど全滅させられたんじゃなかったっけ?
 私達は、ガブリエルに参加させて貰ってなかったから、知らないけど」

 そう、第1次ベルゼブブ討伐レイドは、その当時の最強戦力を整えて臨んだのだ。
 ブリトニーの姉の、当時、剣姫だった、カレン・ロマンチックに、ブリトニーの父親の、当時、剣聖だったガリム・ロマンチック。

 ブリトニーは、身内が2人も亡くなってしまっていたというのに、反省もしていないようだった。

 とか、やってるうちにも、サルガタナスにやられたじゃなくて、塩太郎にやられたハラダ家、ハラ家の者達が、アンに姫ポーションを掛けられ回復していく。

「クッ! 千載一遇のチャンスだったのに、無念じゃ……」

 スエキチ爺さんは、塩太郎を睨みつけながら悔しがっている。

「はぁ? 何、睨んでやがんだ? お前ら裏切り者の薩摩の末裔が偉そうにすんじゃねーよ!
 俺の仲間は、お前ら、薩摩の裏切りで何百人も死んでんだよ!」

 塩太郎も、逆に、スエキチ爺さんを睨み返す。

「ちょっと、ちょっと、何やってるの!
 ハラダ家も、塩太郎君も、ベルゼブブを討伐する為の味方同士でしょ!」

 アンが、直ぐにでも殺し合いをしそうな、ハラダ家、ハラ家の者達と、塩太郎の間に割って入る。

「はぁ? コイツらが味方だ? コイツらは裏切り者の薩摩の末裔じゃねーかよ!
 俺達、長州の人間は、夷狄から日本を守る為に、殿様も含めて戦ってたのに、コイツら薩摩ときたら、日本の為じゃなくて、薩摩の殿様が天下を取る為に、戦ってやがったんだよ!
 そして、京都での勢力争いで長州に負けてるとみるや、幕府と会津と組んで、俺達、長州を京都から追い出す為に、仕掛けてきやがったんだ!
 本当に、クソ野郎じゃなければ、なんだってんだ!
 俺自身も、薩摩の奴らに殺されて、この世界に転移させられてんだよ!
 これ以上の恨みって、ねえだろうが!」

 塩太郎の話を聞いて、流石に、ハラダ家、ハラ家の者達も言葉を失っている。

 まさか、塩太郎自身が、自分達の祖先である薩摩の人間に殺されてたのが原因で、この世界に転移させられたとは思ってもみなかったからだ。

「塩太郎殿……」

 ハナは、何か言い出そうとしたが、途中で言葉を詰まらせる。
 ハナは、当事者ではないけど、当事者なのだ。
 ハラダ家は、薩摩の末裔だが、江戸時代初期にこの世界に異世界転移してきたので、塩太郎とは直接的に関係無い。
 しかしながら、薩摩の末裔ではあるのだ。

 塩太郎は、蛤御門の変で、壮絶な戦いをして死んだ。
 上司の来島又兵衛も、久坂玄瑞も、蛤御門の変で、壮絶に自害してる。来島又兵衛の自害する現場には、実を言うと、塩太郎も居合わせていたりもする。そして、槍で首を突いて自害した後、薩摩の示現流の使い手に、首を斬り落とされたのも見ているのだ。
 因みに、その時、薩摩軍を指揮してたのは、西郷隆盛。

 長州の人間からしたら、幕末後に、尊王志士だったフリをする薩摩の人間など、絶対に許せなかっただろう。

 しかしながら、長州の人間は違った。
 日本を良くする為に、薩摩の蛮行を不問にし、目をつぶったのである。
 そう、全ては、日本の為なのだ。

 それに比べて、薩摩の奴らときたら……。

 明治に入って西郷隆盛など、薩摩の不平士族の為に西南戦争起こしちゃってるし、ことごとく薩摩中心に動いている。

 しかしながら、日本の歴史の教科書ではそう習わない。西郷隆盛は、鹿児島のヒーローなのだ。
 全て言葉を濁し、名誉が落ちないように明治維新の立役者のように描かれている。
 勝てば官軍。歴史など、勝者の都合の良いよいよう書き換えられるものなのだ。

 実際は、無茶な征韓論を唱えたり、明治維新のお荷物だったのだけどね。
 挙句に、朝鮮併合を反対してた長州の伊藤博文が暗殺されてしまうというオマケ付き。

「ようするに、塩太郎君が元居た世界では、ハラダ家の侍とは、敵同士だったという訳ね」

 優等生タイプのアンさんが、話を纏める。

「そういうこった! だから、俺はコイツらを殺す!」

「ハナ以外なら、殺していいニャ! 美少女はお宝ニャ!」

 ブリトニーが、鼻糞をほじりながら結論を出す。

「だから、ブリトニー姉様ダメですって!
 ハラダ家も、ハラ家も戦力なんですから!」

「だったら、ベルゼブブを殺してから殺せばいいニャ」

「それだったら、いいかもしれないですね」

 アンも、ブリトニーの意見に同意する。

「え?! ベルゼブブ殺した後なら、コイツら殺していいのかよ?」

 ちょっと、まさかの展開に、塩太郎は驚愕する。

「いいですよ。だけど、ベルゼブブもハラダ家も含めて、倒せれたらですけど。まあ、私達は、ベルゼブブを倒す事を一番に考えてますから、それ以外の事を全て多めにみるだけですけどね!」

 なんかよく分からないが、アンはサバサバしている。
 アンの立ち位置は、中立なのだ。

『犬の肉球』側にも、『犬の尻尾』の側にも平等。

「兎に角、ベルゼブブを倒すまでは、何があっても、殺しあっちゃダメですよ!
 もし破れば、その時は、僕が責任を持って、全員殺しますからね!」

 どうやら、アンが一番マトモそうで、一番マトモで無かったようだ。
 まあ、自分が決めたルールに厳しいだけかもしれないけど。
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