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第十二章 姉弟の探検

54.残されていた物

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 老紳士は普段の佇まいと仕草、語り口からは想像もできない行動を取っていた。急がなければ、急いで国王陛下へ報告しなければ、と口にしながら汗を飛ばし王城の廊下を全速力で走っていく。その意外すぎる姿はとても老いた者には見えない。

「へ、へえ、はあはあ…… へ、陛下ああ!!
 どこにいらっしゃるのですかー!」

 だが国王も王妃も城にはいないことを思い出す。そう言えば旅行で明日まで不在だからこそ、世話係の自分が付きっきり、且つ慎重に監視をしていたのだった。それを目の前でみすみす見失ってしまうとは何事か。フローリアはいつものように書庫へ、そして珍しくギルガメスが一緒だったところまでは確認済みだった。

 しかし開けた書庫の扉から気づかれないように覗いていたはずが、ほんの少し目を離した間に消え失せてしまったのだ。見つかってしまうのを承知で中へ入って呼びかけたが何処にもいない。老いた世話係は冷や汗をかきながら廊下で足を止め呆然としていた。

 書庫をもっと詳しく探れば、二人が残していった『ろう石版』が見つかったはずなのだが、例の壁の一番下に子供が使うような小さな板が立てかけてあるだけでは、この老人が気付くことは出来なかった。

 国王不在と言うことであれば従来通り筆頭貴族へ知らせるのだが、数年前の革命により貴族議会は独立した組織となっていて城にはいない。議会貴族が住む地区まで行って誰かに相談しても良いが、時間がかかり過ぎるし、いち世話係の話をすんなりと聞いてくれる貴族がいるとも考え辛い。となると相談先は一つである。

『コンコン』
「お忙しいところ恐れ入ります。
 モグレンですがパリーニ様はご在室でしょうか。
 至急のご相談があり参りました」

「先生はただいまシャラトワ様のところへ行っております。
 すぐに戻るはずですのでこちらでお待ちください」

 以前は見習いだった少女たちはすっかり立派になり、正式な医師と言えるくらいに成長していた。しかし今探しているのは医師ではない。王族と関係の近しい者、それも王子と姫に信頼されているくらいの間柄でなくては話すら聞いてもらえないかもしれない。老人は出されたお茶をすすりながら落ち着かない様子で、入り口と茶器へ交互に視線を移しながパリーニの帰室を待つのだった。

 ほどなくして戻ってきたパリーニに事の顛末を話すと、あの二人が城から出てどこかへ行ってしまうことなどないと一笑された。それでも真剣に懇願する世話係を無碍に出来ないと考えた医師は、地下の書庫まで足を運ぶことにしたのだった。

 人の目が増えたおかげか、ようやく書置きを発見した二人はその『解読』を始める。しかし小さな板にびっしりと書かれた子供の文字と図は、頭の固くなった大人には難解で、結局何もわからずその場を去ることになった。

「恐らくはあそこの壁についていた突起のことを表しているのだと思うのですが……
 この丸い絵がそれを表し、四角いのはなんでしょうか、七つの何かをどうにか?
 それにこの数字の量は一体なんでしょうねえ」

「さあ…… わたくしにもさっぱりわかりませぬ。
 お子様方の残してくれたものが理解できないとは、このモグレン老いたと言わざるを得ません」

 ろう石版には隠し扉を出すための入力装置へ指定した数字を入力することが描かれていたのだが、この国で使われている数字との対照表があまりにも煩雑で、ろう石版の隅から隅までぎっちりと数字や図形が書き込まれていた。

◇◇◇

 さて、通路の奥の小部屋までたどり着いた二人の冒険家は、中央にある円柱を探りながら頭を悩ませていた。先ほどまでのような入力装置はなく、表面から上面までのっぺりとしていて文字どころか紋様一つ描かれていない。

 周囲の壁にも光る石があるだけで、後は同じようなツルンとした表面が光を反射するのみである。背丈よりも上の辺りの壁は真っ黒で光ってはいないのだが、ここにも何も書かれておらず殺風景もいいところだった。

「フロー? もしかしてこれは侵入者を閉じ込めるための罠ではないか?
 大げさな仕組みで引き寄せておいて何もないなんておかしすぎるではないか」

「ギルの話し方のほうがおかしいわよ。
 お父さまみたいに貫禄があるわけじゃないからやめたらいいのに」

「そ、それは今関係なかろう!
 わ、我は元からこの話し方じゃから!」

「そうね、産まれた時も『おじゃあ』って言ってたものね。
 お腹の中でもうるさくて、こんな弟持つなら苦労しそうだって思ってたわ」

「なんだと!? フローはお腹の中の記憶があるのか?
 僕はもう忘れてしまったよ…… いいなぁ」

「そんなの冗談に決まってるでしょ。
 そうやってすぐに信じるの、悪い癖よ?
 さて、戻りましょうか、もしかしたら入り口で使う板状の何かがあれば何か起きるのかも」

「何かって何さ、何とかもしとか不確定要素ばかりではないか。
 次来るときには我は来てやらぬからな」

「あーあ、次来るときは何か手がかりを見つけてからに決まってるのに残念ね。
 でももしかしたら怖いことが起こるかもしれないし、きっと泣き虫には向いていないわ」

「我は泣き虫ではない!
 フローの意地悪! 食いしん坊! おもらしっ子!」

 いつもならこれでケンカになるのだがなぜかフローリアからは何の反論もない。彼女は扉のほうを向いたままで立ち止って呆けている。そのまま扉へ向かうと、すぐわきの壁へと手を伸ばした。

「ちょっとフロー、置いていかないでおくれよ。
 ん、どうしたの? それは――」

「これがここの壁に刺してあったのだけど、ギルはコレなんだと思う?
 私はこれこそ探してたものだと思うんだけど!」

 ギルガメスは目を輝かせてうんうんと繰り返し頷いている。だが使い方がわからない。円柱の上へ置いてみたりなぞってみたり、例の数字を書くように這わせてみたりしたが何も起こらなくて拍子抜けである。だが散々考えた結果、一度出てからこの板を使って扉を開けてみようと言うことになった。

 いったん外に出て扉を閉めると部屋は再び鍵をかけた。入力装置(タッチパネル)の表示部分は最初と同じで板を翳(かざ)すような図へと戻っている。フローリアがギルガメスを見てから頷き、満を持してと言うようにゆっくりと板を翳した。すると当然のように開錠された音が響き、二人は扉の向こうへ再び足を踏み入れた。
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