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第十二章 姉弟の探検

53.未知の恐怖

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 まさか壁の向こうにこんな通路が隠されていたなんて、お父様もお母様もきっと知らないだろう。どういう原理で動いたのか、どうやって隠されていたのか、そもそもどのように作られたのか全く想像もつかないこの建造物……


「な、なあ、やっぱり我らだけで入るのは不味いのではないか?
 父上に、せめて母上に相談してからにしたほうが良いと提言するぞ?」

「な、なによ、ギルったら臆病ね……
 王城の一部なのだから危ないわけないでしょう?
 きっと作った誰かは私たちの祖先、いいえ、始祖様である可能性が一番高いわ!」

「で、でもさ、何かあってからじゃ遅いであろう?
 事前に伝えるくらいはしておいた方がいいのではないかな……」

「わかったわよ、私が行って来るからギルは誰かに伝えて来て。
 戻ってきてもまだここが開いたままだったら後から来ればいいのだわ」

「ダメダメダメ、一緒に行くよ、いや、参る。
 ぼ、我は男だから女を守らねばならぬでござる」

「なんだか話し方がおかしくなってるわよ?
 そんな怯えてついてこられても却って足手まといなの、わかる?」

「でも暗号を解いたのは我だ、一番槍の権利はあるであろう?
 だが戦士たる者、一人で勝手に突き進めばよいと言うわけでないのだ。
 だからせめて…… そうだ、何かあった時のために書置きをしておこう」

「そうね、それくらいはしておいた方がいいわね!」

 こうして小さな冒険家姉弟は足跡(そくせき)を残してから扉を開けた。ギルガメスの言う通り、暗号は戦場でも使われるような数字から文字へ変換するもので、その解き方をフローリアが応用し、数字から数字へと変換し解読に至った。

 その暗号とは、わかってしまえば簡単なものだった。

 元の数字である『85b』だがこれは16進数である。それを一般的に使われている10進数へと変換したのだ。つまり『8x16x16+5x16+11=2048+80+11=2139』となり、丁度四桁の数字が得られた。これを入力装置へと入れてみると、カチャカチャと音を立てながら壁面に施された意匠が積木細工のように動きだし扉へと変わったのだ。

 その扉を開いて先へ進んでみるかどうかで押し問答をしていた二人は、ようやく意見がまとまり書置きを残して先へと進んだ。扉自体に触れると予想外にひんやりと冷たい感触だったのでフローリアは一瞬たじろいだが、元来強気な性格である、気を取り直して取っ手へ力をかける。するとその意思に呼応したようにひとりでに開いていくではないか。驚いた姉弟はお互いの手を握り合いその存在を確認しながら一歩目を踏み出した。

 二人が扉を通過すると同じように勝手に閉じていく。

『シューッ、パフォン、カチャカチャカチャ――』

「あー!! やっぱり罠だったんだ!
 今の音、きっと扉が元の壁に戻った音でござるのではないか!?」

「だから落ち着きなさいってば。
 そのための書置きでしょ?
 暗号も入力方法も書いておいたのだから問題ないわよ。
 それより――」

 怯えて騒ぐギルガメスを窘(たしな)めながらフローリアが辺りを見回すと、足元がぼんやりと光っている。松明でもかがり火もないのにひとりでに光る石が埋め込まれているようだ。通路自体はそれほど大きくないので光量は十分でだ。それにしてもこんな石が存在しているなんて、夜中に本を読む時には便利そうである。

 一本道をしばらく進むとまた扉が見えてきた。今度はごく普通に明らかな扉であったが、白く滑やかなそれは今まで見たことないと言ってもいいくらいに磨き上げられている。その証拠に自分たちの姿が映りこんでいるほどだ。しかしその表面は湾曲しているため正常な姿ではなかった。

「ねえ見てこれ、私たちが映っているわ。
 でも私こんなに太ってないのに……」

「我だってこんな不格好ではない。
 日々鍛錬しているのだからな!」

 その扉には先ほどとは異なる入力装置がついていた。それはぼんやりと光る平らな部分が斜めになってせり出していて、表面には何か板状のものをかざすような図示がなされている。しかしそんなものは持っていないので探検はここで終わりになってしまいそうだ。念のため周囲を見回すが特にヒントらしきものも、扉の開錠に使えそうな板状のものも見当たらない。

「残念だが戻ってみるしかあるまい。
 この図にある板状の何かを見つけたらまた来ようではないか」

「確かにそうね、でもギルったら進めなくて安心してるのではない?
 まったく臆病なんだから、それではお父様のような強い王になれないわよ?
 もうすぐ十二歳なのにすぐ泣いてお母さまのベッドに入っているし」

「なっ、なぜそれを! くっ、我の秘密を知っているとは……
 絶対に誰にも言うでないぞ! ね? フロー、誰にも言わないで?」

「じゃあこの次にあのふわふわで果物の乗った焼き菓子(ケーキ)が出たら私に頂戴ね
 それなら黙っててあげてもいいわ」

「ズルいぞ! フローだってこのあいだおねしょしてたくせに!」

「な、何言ってるのよ! あの時は体調がすぐれなかったのだから仕方ないの!
 大体、怖い夢で泣くよりずっとマシだわ!」

「なんだと! この!」『ドンッ』

「あっ、痛っ、なによギルったら! お母さまに言いつけるんだからね!」

『ピロリン♪ ピロリン♪』

 ギルガメスに押されたフローリアがドアにぶつかり入力装置へ手を触れたところ、突然聞きなれない音が聞こえた。二人はビックリして抱きあいながら音の主を探すと、扉についている入力装置(タッチパネル)に描かれていた図がいつの間にか書き換えられているではないか。

 そこには隠し扉についていた入力装置とは異なるが、明らかに見覚えのある絵が描かれている。いかにもここを押せと言わんばかりに九つの四角が格子状に並び、一番下に長四角、それぞれの表面に例の数字が描かれた新たな入力装置(テンキー)の出現である。

「すごい! ギル! やったわね、これで進めるわよ!」

「あ、ああ、そうだな…… 我の手柄だな……」

 どうにも気の進まなそうな弟を尻目に、飛び跳ねるように喜んでいる姉の姿が対照的である。そして軽やかな指裁きで先ほどと同じ数字を入力すると、鍵を解除する音が通路に響く。当然のように扉を開けて入っていく姉と、その上着の腰辺りを摘まみながら恐る恐るついていく弟。

 二人が入った先は何もないがらんどうの小部屋に見えるが、中央にある盛り上がった台座のような箇所以外と言う注釈つきだ。

「これは何かしら、押したり開けたりするようなものではなさそうね。
 ただの石柱に見えるけど何でできているのかしら。
 ねえ、ギルは見たことある?」

「我もこんなものは見たことがないな。
 この部屋の扉と同じでツルツルして綺麗なものだ。
 一番近いのは鎧に使われているような金属かもしれん」

『カンカン』
「これが金属ですって!? やってみなさいよ。
 音からすると相当薄いし、それなのに固くて張りがあるわね。
 もし金属の類だとしたら相当の加工技術だと思うわ」

『カンカン、ゴオオーン』
「本当であるな、蹴飛ばしてもビクともしない!
 これで鎧を作ったら我が軍はもっと強くなりそうだの」

 その白い石柱は、廊下と同じように壁に埋め込まれた多数の光る石の灯りを反射して輝いている。未知の場所、未知の技術、未知の材質、未知の建造物、どれもが世界をひっくり返してしまうような代物だと小さき天才は感じ、そして恐れていた。
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