僕が一目惚れした美少女転校生はもしかしてサキュバスじゃないのか!?

釈 余白(しやく)

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咲の苦手なもの

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 すっかり満腹になった僕はソファへ戻ってココアの残りを飲み干した。咲は食器をワゴンへ乗せている。

「僕も手伝うよ、洗い物は得意なんだ」

「いつも家事のお手伝いをしているの?」
「朝から晩まで野球と家の手伝いしているなんて疲れちゃうでしょ?」

「母さんは水泳の指導でしょっちゅう家を空けるからね」
「いない間は僕が家のことをやらないと家の中が大変なことになっちゃうんだ」

「だから授業中は寝てばかりいるのかしら、うふふ」

「いや、それは、まあ……」

 痛いところをつかれた僕は思わず頭をかいた。咲は笑いながら食器をすべて乗せたワゴンを押して台所へ向かおうとしている。

「そっちが台所? 一緒に行くよ」

「無理はしないでいいのよ、後片付けも別に大変なわけじゃないし」

「でも手伝いたいんだ、咲と一秒でも長く一緒にいたいんだ……」

「あら正直ね、じゃあ洗い物をお願いしようかしら」
「私はその間にお茶を淹れるわね」

 咲の後ろから台所へ入った僕はワゴンを押すのを交代して流しへ向かった。そして一つ一つの食器を丁寧に洗い始める。

「あら、本当に手際がいいのね、頼りになるわ」
「それじゃお茶の用意するわね」

 それを聞いて頷いた僕は次々に食器を洗っていく。咲の家の台所は僕の家とは大分違い、タイル張りの壁と床がおしゃれで、キッチン台は部屋の中央にある変わった作りだった。

 洗い物をしている僕の右手にガス台がありやかんが火にかけてある。カップを用意している咲は向かい側のキッチン台にいるので向かい合う形だ。

「なんだか変わった配置の台所だけどかわいらしくておしゃれだね」
「それに台所に洗濯機があるのもなんだか不思議な感覚だよ」

「そうかもしれないわね、日本だと壁沿いに直線で配置してあるのが一般的かしら?」
「それに洗濯機はバスルームの近くよね」

「うん、僕の家だとガス台とキッチン台は並んでて、その横に冷蔵庫かな」
「横の壁沿いには食器棚があるし、洗濯機は脱衣場に置いてあるよ」

「うふふ、なんだか主婦同士の会話みたいよ」
「キミは野球の話ばかりするのかと思っていたけど全然そんなことないのね」

「そうかな、おかしいかい?」

「ううん、おかしくはないわ、野球一筋ってわけでもないみたいで意外だっただけよ」
「そういえば、今日の授業中ほとんど寝ていたでしょう?」

「ま、まあそうだね…… 今日だけってわけじゃないけど……」

「良かったらノート写していく? 私もわからないところがあって聞きたいと思っているのよ」

 まさか、学業優秀な咲が僕に聞いて解決するようなことで悩むんだろうか。僕は首を傾げながら咲へ聞いてみた。

「咲がわからないことが僕に聞いてわかるとは思えないんだけど、それはどんなところ?」

「それはお茶を飲みながら教えてもらおうかしら」
「私のノートはもっていっていいわよ、キミのために取っておいたものだから」

「えっ、そうなの? 僕のためにわざわざノート取ってくれたの?」

「まあね、でも読みにくいかもしれないからその辺りを見てもらって教えてほしいの」
「日本語を話すのは大分できていると思うんだけど、読み書きはあまり得意じゃなくてね」

 これは意外だったがむしろ当然とも言えた。海外から越してきたという咲は周囲に日本語のない環境で育ったのだろう。あまりに自然に話しているので気にもしなかった。

 その辺りをわかっていて真弓先生は勉強を教えあうように言っていたのだろうか。そのことを咲が知っているのか気になったので僕は思い切って聞いてみた。

「今日さ、真弓先生が僕へ言ったんだけど、咲に英語を教われって」
「やけにタイミングが良かったけど咲も言われてた?」

「いいえそれは知らなかったわ、でも彼女は他の教師とは違う雰囲気あるわよね」
「良く言えば生徒との距離が近い、悪く言えば公私混同ってとこね」

「そうだね、よくそのことで副校長に怒られてるよ」

「そんなことで怒るなんて心が狭いのね、なんだか窮屈でかわいそうだわ」
「日本の学校はどこも同じようなものなのかしら?」

「そうだね、中学以上は似たようなものだよ、目上の人には敬語使うのが当たり前だね」
「今までの学校はどうだったの?」

「学校によっても違うみたいだけど、私が通っていたところはとても事務的だったわ」
「勉強がすべて、その他は興味なしって感じね」

「個人的な付き合いと言うか、生活面の話とかはしないってことか」
「それはそれでつまらなそうだなあ」

「そうね、きっと学力至上主義なのね」
「でも日本語の先生は違ったわ、まあ学校ではなくて家庭教師だったけど」

「なるほど、日本語は家庭教師に習ったのか、ちなみに習ってからどのくらいなの?」
「というか、いつから日本に住んでるの?」

「ママは日本人だから幼いころからたまに聞いてはいたけど、ちゃんと話すよう練習したのは日本へ来ることを決めてからね」
「去年の十月にここへ引っ越して来たんだけど、今まで人が住んでいるのに気が付かなかった?」

「うん、毎朝ランニングで通っていたけど、もう何年も空き家だったから気にもしてなかったよ」
「引っ越しで荷物を運び込んだりもあったはずなのに不思議だなあ」

「うふふ、きっと野球以外は目に入ってなかったんじゃないの?」

 まあ咲の言うことは当たらずとも遠からずと言ったところかもしれない。なんといってもランニング中に周りの家をじろじろ見ることはないし、家の前の直線に入ったらいつも全力疾走なのだ。

 それにしても、日本語の勉強を始めてから数か月しか経っていないのに会話に不自由はないし訛りもない。読み書きもそれなりにできるなんて、やはり地頭がいいのだろう。

 話をしながら洗い物を終えたころ、紅茶がいい香りをたてはじめていた。用意しておいたカップへ咲が紅茶を注ぐ。それをまたワゴンへ乗せ、いつの間にか用意してあったクッキーを乗せた皿も一緒に乗せた。

 リビングへ戻った咲は、先ほどまで食事をしていたダイニングテーブルへお茶を並べた。一つ一つの動作が丁寧で上品だと感じるのは、気のせいではなく育ちの良さゆえなのだろう。

 そして今度は向かい側ではなく並んで置かれたカップを見て、僕はまた胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

 隣同士に座った僕と咲の距離は、よくよく考えるとそれほど近いわけでもない。つい先ほど食事前ソファへ座っていたときに比べればとてつもなく遠く思える。

 なんといっても二人の間には今日取ったノートが置かれているので、僕にとっては咲までの距離がより遠くに感じるのだ。

 咲が広げたノートにはアルファベットが沢山書き込んであったが、どうやら英語ではないらしく、たまに文字の上に記号のような点が振ってある。

 そしてその文章の下に日本語が書かれているのだが、確かに日本語は苦手というのも頷けるものだった。

「これは何語で書いてあるの? なんて書いてあるかさっぱりわからないや」

「ドイツ語よ、先生が話しているのを読みだけ拾ったものだから意味はないわよ」
「その下は日本語で書いているつもりなんだけどあっているかしら?」

 そこに書かれている日本語はそのほとんどがひらがなであり、時折裏返しに書いてあるものもあった。たまに使われている漢字も微妙におかしかったりする。それはまるで小学校へあがったばかりの子が書いたようなノートだった。

 そのノートを見た僕は思わず頬を緩ませた。すると咲が少しむっとした顔をしているのが目に入る。

 それはいつもクールな咲が初めて見せた意外な表情で、それを見た僕は胸が苦しくなるのを感じた。

「なにか間違っているのならはっきり言ってちょうだい、そうやって含み笑いするの失礼よ」

「あ、ごめん、バカにしてるとかじゃなくてさ、咲にもかわいいところがあるんだなって思ったんだよ」
「僕からすると頭が良くて料理が上手でなんでもできる完璧な印象だけど、苦手なものがあるもんなのかってね」

「褒められているのかけなされているのかわからないわ」
「日本語ってそういうところ曖昧よね」

「でも僕は咲のことをもっと身近に感じることができたよ、なんというか…… もっと好きになった……」

「あら? 物は言いようね、でも悪い気分じゃないわ」

 笑いながらそう言った咲は椅子から乗り出し体を寄せた。僕も同じように咲へ近づく。

 そして二人とも椅子からはみ出た危うい姿勢のまま、ゆっくりと、ゆっくりと唇を重ねた。
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